〈第41話〉『【レゾナンスクリスタル】』〈前編〉
闘技場―――ティファvsクラウス
「ティファニア・アッシュフィールド対クラウスクロフォード!勝者!クラウス・クロフォード!!」
手中にあるティファの【レゾナンスクリスタル】が【決闘クリスタル】の破壊を受け、オーガストの手の中で砕け散る。
オーガストは自身も才能を認めていたティファの敗北を惜しみながら、クラウスへ勝利の軍配を上げた。
観客席がクラウスの勝利に沸き立つ一方、ティファの友人たちの表情には悲壮感が漂っていた。
クラウスは限界を超えて気を失い、ぐったりと重くなったティファの体を抱き上げる。
力の抜けた彼女の手から2本の木剣がカラリと乾いた音を立てて床へ滑り落ちた。
「……レオス!!」
そう叫びながらクラウスは、自陣に控えるレオスへと視線を飛ばした。
「なんだ!?」
駆け寄ってきたレオスがクラウスに問いかける。
「アッシュフィールドを医務室に……」
武舞台の端まで移動し、抱きかかえていたティファを慎重にレオスへ託し、最後にその前髪をそっと撫でた。
「あれだけ完膚なきまでに攻めた割には、最後はえらくお優しいんじゃねぇの?」
クラウスの丁寧な振る舞いに、レオスはお得意の軽口を叩く。
「お前の軽口に付き合うつもりはない。早く連れていけ」
「ったく。やり過ぎたと思うなら自分で連れて行ってやれよ……」
文句を言いながらもティファをしっかりと抱え直すレオスに後を託し、クラウスは武舞台の教官の元へ歩み寄る。
「……」
教官の元へ向かう途中、クラウスはふと足を止め、ティファの手から滑り落ち、激闘の末に剣身がボロボロになった2本の木剣を拾い上げる。
それを両手に抱えたまま再び歩き出すと、待っていた審判の一人であるオーガストが声をかけてきた。
「おめでとう、クラウス。この【2組決闘】はお前達の勝利だ」
審判を務めたオーガストと3年魔術科教官から称賛の言葉をクラウスは受け取る。
「……」
「どうした?」
称賛を受けて無表情・無言なクラウスを見て2人の審判は怪訝そうな表情を浮かべる。
「いえ……。当然の結果です」
そう冷たく言い返しクラウスは途中で拾い上げた木剣をオーガストに預け、首にかけていたヒビの入った【決闘クリスタル】を外し3年魔術科教官に渡す。
「……時にクラウス。今一つ確認したいことがある」
無言のクラウスにオーガストが意を決して話しかける。
「本当にお前の勝利条件で構わないか?変更する気はないか?」
と、クラウスへと問いかける。
静かにそう問いかける眼差しは、オーガストの私利私欲のモノからではなく、クラウスの本心を探るものだったのかもしれない。
「……」
そう問われたクラウスは一瞬貴賓席から自分を監視しているであろう人物を睨みつけ、無言で武舞台を去っていった。
闘技場―――貴賓席
「……”剛腕”のレオスは惜しくも敗北したが、3年生勝利の下馬評は覆らず……か」
橙の公爵・コンラッドが椅子に深く腰を据えながら、少しでも1年側の勝利を期待していたのか、残念そうな言葉を漏らす。
「肉薄はしたものの、クラウス殿の方が一枚上手でしたね」
コンラッドの言葉に青の公爵・フェリックスが素直に応じる。
「クロフォード公。医務室はどちらかな?」
【決闘】が終局し、傷ついたティファを治療すべく、白の公爵・クリスティアンが席から立ち上がる。
他領の生徒の治療を自ら申し出るにあたり、彼は相手への配慮からどこか恐縮した様子を見せる。
「フェアクロフ公、お心使い感謝します。衛兵に案内させますので」
衛兵に付き添われ、クリスティアンが医務室に向かうべく貴賓室から退室する。
「……。それでは私もこれで失礼させてもらう」
ティファ対クラウスの闘いを静観していた紫の公爵・オスニエルがスッと立ち上がり、クリスティアンの後を追う形で貴賓室から去ろうとする。
「願わくば……クラウス殿が【決闘】の”勝利条件”を変更せぬように……」
と、アレクシス・クロフォードに釘を刺すように、不敵な笑みを浮かべオスニエルが貴賓室から出て行く。
「全く……食えない男よ!!」
すでに姿のないオスニエルに対しコンラッドが苦言を呈する。
「……あれがオスニエル・バートレットという男。この先、クラウスが勝利条件を撤回・変更をしないのであれば、あの2人の行先はお前に預けたいのだが……。そう甘くはいくまい」
クラウスが勝利条件を変えなければ、ティファとエルザはこのまま”追放”処分となってしまう。
その先が親友であるコンラッドの元であるなら、アレクシスも安心できる。
だが、オスニエルが特に欲しているのはティファの存在だ。
魔術に特化するエルザには元から興味がなく、エルザを捨てる条件としてティファを自領へ引き入れる可能性が最も高い。
「クラウス殿が勝利条件を変更・撤回する可能性は……低い、ですか」
国政会議の場でクラウスの事をよく知るフェリックスがクラウスの性格を熟知し、変更・撤回は難しいかもしれないと思案する。
「……そうですね。全く、頭の固い孫ですから……」
貴賓室から武舞台を去っていくクラウスの背中を見つめ、アレクシスが静かに、貴族の冷徹さに染まってしまった孫に寂しい視線を向ける。
クロフォード学園―――学園長室・【決闘】後翌日
規則正しい二つのノックが、重々しい学園長室の静寂を切り裂く。
「開いているぞ、入って構わん」
アレクシスの低い声返答を聞き、重厚な扉がゆっくりと開き、そこに姿を現したのは孫であり、現クロフォード家当主のクラウスだった。
「失礼します」
静かに扉を閉め、クラウスは整然とした足取りで学園長室の中へと歩みを進める。
机を挟んで鎮座する祖父であり、前前当主であるアレクシスの姿を見据え、クラウスは真っ直ぐに視線を向けた。
「どうした?遠慮なく座れ」
鷹揚に顎をしゃくり、来客用の椅子の腰かけるよう促す。
クラウスは短く応じると、祖父であるアレクシスの勧め通りに来客用の椅子へと腰を下ろした。
唐突に訪れたクラウスには、現当主としての気負いと、昨日の決闘を乗り越えた者特有の静かな決意が宿っていた。
「今日は何用か?」
家督を継ぐ者として、そして一人の血縁として、クラウスがどのような面持ちでこの場にやってきたのかを見極めるように、祖父は低い声で問いかけた。
「……」
問いかけられるクラウスは口を固く結び答えるしぐさを見せない。
「しゃべりたくないならそれでも良いが……【決闘】管理局に”勝利条件”の変更を申請したそうだな……その報告か?」
「……」
クラウスはなおも口を閉ざしたまま、その顔を上げ揺るぎない眼差しで祖父を見据える。
その沈黙は不遜によるものではなく、自らの決断に一切の迷いがないという無言の証明であると、アレクシスは悟った。
「……。いいのか?公正な【決闘】において”勝利条件”撤回・変更は国政の場において批判の元になりかねんぞ?特にバートレット公においては……」
祖父の言葉に、クラウスの眉根がわずかに動く。
「……構いません。俺が国政の場で批判されることと、未来ある者を守るとでは話は別……」
元来冷徹無比であるクラウスの言葉にアレクシスはフッと孫の思考の変容に驚きを隠せない。
「汚名は……自分が被ると?」
「彼女達を守れるのであれば……」
アレクシスは、孫のそのまっすぐな気概にしばらく言葉を失い、やがて満足げな、それでいて深い慈愛をたたえた笑みを漏らした。
「……そうか。元より私は隠居した身。クロフォード家の権限はお前にある。好きにすればいい」
ティファニア・アッシュフィールドという己の感情をむき出しにした者と相まみえることで、クラウスの中にある貴族思想をぶち壊してくれたことにアレクシスは心なしか感謝していた。
アレクシスは椅子からゆっくりと立ち上がり、後方に振り向き窓の外に広がる学園の空を眺めながらクラウスの貴族としての思想が変わっていくことに喜びに口元をゆがめる。
「……それではこれで。失礼します」
【2組決闘】の”勝利条件”変更の報告が主な来訪目的だったクラウスは、それを伝え終わり学園長室から退室するため椅子から立ち上がる。
「クラウス!少し待て!」
アレクシスの制止の言葉でクラウスは足を止める。
「出て行く前にこれを持っていけ」
アレクシスは机の引き出しから2つの鉱石を取り出す。
それは先日、クラウスが身に着けていた【決闘クリスタル】と審判側が所持していた『【レゾナンスクリスタル】』だった。
「これ……は?」
クラウスは机の上に置かれた二つの鉱石、同じヒビの入った結晶を見据えた。
「先日お前が身に着けていた【決闘クリスタル】とその番いとなる【レゾナンスクリスタル】だ」
クラウスは机の上に出された鉱石を静かに見下ろす。
「……。これがどうしたというのです?」
クラウスにはアレクシスの意図が理解できず、二つの鉱石を机に並べた意図を問いただす。
「わからんか?家督を継いだとはいえ、お前は公爵家当主としてまだまだ青い……」
アレクシスはクラウスに背を向け窓から見える景色に視線を移す。
「その【決闘クリスタル】に刻まれた傷は”お前の心の弱さと迷い”だよ」
アレクシスの言葉を受けクラウスは机に並べられた二つの結晶に視線を向ける。
「俺の……心の弱さ……と迷い?」
「そうだ」
アレクシスは静かに窓辺から振り返り、教え諭すような落ち着いた、しかし重みのある眼差しをクラウスへと向けた。
「表面上ではエルザの追放を建前としていたが、アッシュフィールドの直線的な感情を受け、本心を揺るがされた結果が”それ”だ」
アレクシスは視線を机の決勝へと移し、二つの決勝を手に取りクラウスへと放り投げる。
「……」
「その【決闘クリスタル】と【レゾナンスクリスタル】は、本心揺いだお前への戒めだ。大事に保管しておけいいな?」
クラウスは放られた二つの鉱石をしっかりと受け止め、表面に同じように刻まれた亀裂をじっと見つめた。
ティファとの衝突の中で生じた心の揺らぎの形。
祖父・アレクシスの言う通り、それは現当主である自分にとって目を背けてはならないものだった。
クラウスは二つの結晶を大切に懐へとしまい、再び祖父であるアレクシスへとまっすぐな視線を向け、深く一礼を残し、クラウスは踵を返して学園長室を後にした。
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