〈第40話〉『最後の一歩!』〈後編〉
闘技場―――観客席
武舞台には魔法陣の範囲にだけ【天裂く雷光】の痕跡が残っていた。
「て、ティファ……。ティファ!ティファは大丈夫だよね!?生きてるよね!?ねぇ!!」
かけがえのない幼馴染を心配するミリアが切迫した声を荒げ周囲の友人の顔を窺う。
「お……落ち着いて……落ち着いてください!ミリアさん!い、今の、状況では無事の確認も……」
取り乱すミリアを落ち着かせるためか、シンシアもいつになく大きな声を張り上げる。
爆雷によって巻き上げられた土煙が晴れるまでティファの状況は分からない。
その場に居合わせる全員が計り知れない不安に駆られ、押し潰されそうになっていた。
「お、俺、サポーター席に!」
ファーガスは観客席から慌てて立ち上がりティファ・エルザ側のサポーター席へと駆けて行こうとした。
「!……煙……晴れてきた」
ヴィオラのその言葉にファーガスは足を止め武舞台へ振り返りティファの立っていた場所を注視する。
ミリア、エリノア、シンシアも武舞台へと視線を向ける。
風が土煙を浚っていく。
白く煙る視界の向こう、雷光によって削り取られた石畳の真ん中に、人影がひとつ立ち尽くしていた。
「……っ!ティファ!!」
ミリアは悲痛な叫びをあげ、胸元をぎゅっとかき抱く。
煙の隙間から現れたのは、攻撃が止んでも右手を掲げ続けボロボロになりながらも、しっかりと両脚で大地を踏みしめるティファの姿だった。
ティファの全身には遠目から見ても、痛々しい擦り傷や焦げ跡を纏い、肩を激しく上下させている。
「……よかった……生きてる……!」
ミリアの瞳から、耐えかねた涙が一粒こぼれ落ちた。
闘技場―――審判側
「アルドリット教官……。彼女の【レゾナンスクリスタル】は……?」
煙が晴れティファの姿は確認できるが【決闘クリスタル】の破壊の有無は審判の距離からは確認できない。
状況を確認するべく、同じ審判に選ばれた3年魔術科の教官がオーガストに問いかける。
ティファとクラウスの怒涛の攻防に息を呑み目を取られていたオーガストだったが、その言葉で我に返り手中にあるティファの【決闘クリスタル】とダメージ共有できる番いの水晶【レゾナンスクリスタル】に視線を向ける。
もし【決闘クリスタル】が粉砕されていれば、手元の水晶も砕け散りティファの敗北が決まる。
「……ヒビひとつ、入っていない……!」
オーガストの低く重い呟きに、隣の教官が目を剥く。
「なっ……!」
3年魔術科教官が信じられないという表情を浮かべ、オーガストの手中を覗き込む。
(バカな!【天裂く雷光】を受けきったのか!?)
オーガストは武舞台に立ち続け、肩を上下させながら尚も右手を掲げ続けるティファを見つめ、口元をわずかに引き締めた。
「試合続行だ。……彼女は、ティファニア・アッシュフィールドはまだ、負けてはおらん!!」
オーガストの声は、拡声の魔導具を通じて闘技場全体へと轟いた。
闘技場―――クラウス・レオス側サポーター席
「……」
「防ぎきりやがった……アイツ……」
魔術師すら防ぎきることが難しいとされる魔法を剣術科の少女が防ぎ切ったことに、アシュリーは言葉を失いレオスは驚愕する。
「……。でも……もうあの子……魔力が」
確かにクラウスの魔法を防ぎ切りはしたが、アシュリーの呟く通り遠目からでも、ティファの魔力が底を突きかけているのは誰の目にも明白だった。
「魔力はもう残っちゃいねぇだろうが、アイツはまだ立ってる!」
レオスは拳を強く握り締め、鋭い視線を武舞台のティファへと向けた。
「あるいは……。立ったまま気絶してるのかも……」
確かに、これほどの衝撃と魔力消費を受けて無事でいられるはずがない。
ティファの性格上意識を失い、ただ不屈の執念だけで脚を固定しているのだとしても不思議ではなかった。
「このまま負けたってあの子にとって誇りある【決闘】よ……」
誇りある敗北、誰が見てもそう納得し、心のどこかで幕引きを予感させる場面だった。
闘技場―――貴賓席
「【決闘】継続は審判から宣言されたが……。あれは誰が見ても……」
貴賓席から武舞台を見下ろすコンラッドは困惑と諦めの混じった溜め息を吐き出す。
「そうですね。意地で立ち続けているのか、それとももう……」
フェリックスも武舞台の状況を見つめ、コンラッドと同様に息を漏らした。
2人の諦観が貴賓席の空気を重く沈殿させていく。
「この【決闘】が終わったら彼女の治療は私が引き受けましょう」
聖職者の立場からかクリスティアンが学園長のアレクシスに申し出た。
「感謝します。フェアクロフ公」
アレクシスはクリスティアンの心遣いに深々と感謝する。
「この攻防、あのティファニア・アッシュフィールドとかいう娘の勝ちだな……」
重苦しい空気を気にも留めず、武舞台を見つめていたオスニエルが呟いた。
「なっ!?」
思わぬ人物からの肯定的な言葉に、コンラッドとフェリックスは思わず同時に声を上げ、驚愕の面持ちでオスニエルへと視線を向けた。
「どうした、なぜそんな顔をする?貴殿らも公爵家ならよく考えてもみろ。【天裂く雷光】は魔術師達ですら逃げ出す程の高位の魔法。防ぐにしても数人の魔術師の【魔法防盾】を重ね合わせて防ぐ定石。それをあの娘は頭上だけの一点だけに強度を絞り魔法を受けきるという機転を利かせた。しかも剣術科の身でありながら、だ。まぁ防ぎ切れたのにはもう一つの要因もあるが……」
オスニエルの含みを持たせた言葉に2人は首を傾げる。
「彼女が普段から扱う雷属性が無意識に【天裂く雷光】の攻撃を相殺していた……ですかな?【天裂く雷光】は範囲魔法であり、威力は魔法陣の全域に分散される。面を面として捉えれば強大ですが、一点に絞り込まれた防御を穿ちきるには、少々威力が薄まる……。まぁ、それでもなお強力な魔法であり、剣術科が防御不能なことに変わりはありません。防ぎ切った彼女には感服しますな……」
黙って会話を聞いていたアレクシスが口を挟むと、オスニエルはフッと不敵な笑みを浮かべた。
(相変わらず魔法理論に関しては抜かりがないな、アレクシス。机上の理屈としては完璧な分析だ……)
オスニエルの視線には、いかにも魔法の深淵を探求する者らしいアレクシスの緻密な洞察力を、どこか面白がるような色が混じっていた。
「確かにそこだけ見れば勝ちなのかもしれません。だが、防ぎきれてもダメージは蓄積して彼女はもう……!」
「【決闘クリスタル】はまだ砕けてはいない」
食い下がるフェリックスの言葉を、オスニエルは冷ややかに遮った。
「審判も継続と判断した。雑音を立てずに静かに見届けろ。貴殿らがここに来たのも少なからず私と目的は同じなのだろう?」
オスニエルは肘掛けに肘をつき、薄い笑みを深める。
その一言に威圧されたアレクシスと3公爵は、弾かれたように再び武舞台へと視線を走らせた。
闘技場―――ティファvsクラウス
(あ……れ)
役割を終えた【拘束の鎖】魔法構築が崩れ、光の粒子となって霧散し、身体の拘束が解かれた。
雷光の雨が降り止み、うちは掲げていた右腕を力なくダラリと降ろし、胸元でまだ輝いている【決闘クリスタル】を確認する。
(まだ……、壊れちょ……らん……。目が霞む……頭も……痛い……)
魔力が底を突きかけているせいか、割れるような頭痛が視界をグラつかせる。
うちは薄れそうな意識を必死に繋ぎ止め、クラウスに視線を向けた。
「……」
クラウスは無言でうちに歩み寄ってくる。
おそらく【決闘クリスタル】の破壊が目的だろう。
「フッ……」
うちは無意識に不敵な笑みを浮かべる。
「っ!」
うちの笑みに驚いたのか、まだ意識を保っていることに驚いたのかどちらであるかはわからないがクラウスは足を止めて身構える。
「クラウス先輩……、確か……終わり、とか言ってましたよね……。残念ながら……!防ぎ切りましたよ!うちはまだ倒れちょらん!!」
うちは防御の際、足元に捨てた木剣に手を伸ばす。
「あっ……!」
木剣を拾い、身体を起こそうとした瞬間、猛烈な眩暈で視界がぐらりと揺れる。
うちは咄嗟に左手の木剣を石畳へ突き立て、ガクガクと震える脚に力を込め、踏ん張って崩れそうになる身体を必死に支えた。
(膝……を付くな!ここで膝を付いたら立て直せん!耐えろ!!)
うちは震える両腕を上げ、交差させた木剣の切っ先をクラウスへと向ける。
「行き……ますよ!クラウス先輩!!」
クラウスはうちの闘志が失われていないと悟ると、両手杖を素早く取り回して周囲に複数の光球を発生させ、迎撃の構えを取る。
「し、っ……【紫電】……!【韋駄天】っ!」
うちはすでに満身創痍の空っぽになりかけた身体に無理やり魔力を巡らせると、全身を軋む激痛が突き抜け、クラウスへと走り出す。
「まだ、来るか……だが」
【韋駄天】を発動してはいるものの、通常時の速度には遠く及ばない。
普段であれば風を置き去りにするはずの足取りは全身の激痛で鈍くなり、走っているのに、自分でも分かってしまうくらい、ただ必死に駆け出している程度の速さでしかなかった。
(これなら小細工なしで撃ち落とせるな……。ここまでの執念は見事だったが悪く思うな)
クラウスは両手杖を掲げ光球に炎属性を纏わせ【炎球】へと変え、突進するうちの目前にズラリと立ち並んだ。
「【炎球】……」
クラウスは無情にもうちへ向かって両手杖を振り下ろし、【炎球】の群れが、視界を赤く染め上げながら突進するうちへと襲いかかる。
「これで本当に終わりだ……」
クラウスもそれを見守る観客達もこれでクラウスの勝利が確定したと思った。
――だが。
迫る赤炎の津波を前に、うちの瞳が不敵に輝く。
「【紫電】【韋駄天】【1段階加速】!」
クラウスの放った【炎球】がうちの後方の石畳に着弾し爆発を巻き起こす。
(アッシュフィールドのスピードを見誤ったとでも……!?)
「そんなはずがあるか……っ!」
クラウスは再び【炎球】を生成し、さらなる追撃をうちへと解き放つ。
「【紫電】【韋駄天】【2段階加速】!」
再び迫り来る炎の弾幕を置き去りにし、うちはまた【韋駄天】を変速し加速する。
「どうなっている!ハッ!そういうことか!」
クラウスはうちが発動している【韋駄天】のカラクリをたった2回の攻撃で気付いた。
通常、【韋駄天】は直線的な一瞬の爆発力で疾走する技だ。
だが、うちはあえて微弱なまま常時発動状態を保つことで、身体に流す魔力を緻密に制御し、起動と停止に伴う無駄な魔力ロスを極限まで削ぎ落としていた。
自由自在に緩急をコントロールした、枯渇寸前の魔力で最大のパフォーマンスを叩き出すための魔力制御に特化した【韋駄天】だった。
(残された魔力ロスを極限まで抑えた多段加速か!!)
「くそっ!」
クラウスは両手杖の石突きで石畳を叩き、うちを捉えるため【土魔法】の【拘束の鎖】で動きを止めようとしてくる。
「【紫電】【韋駄天】【3段階加速】!あっ!ぐっ!」
最初に拘束された時は【土魔法】【地を穿つ棘】での足止め、攪乱があっての拘束成功だったが、加速し続けるうちにとって【土魔法】の発動・捕縛までの流れは鈍足過ぎた。
うちは頭を割るような激痛に耐えながら、残った魔力も限界が近づく中、石畳に浮かび上がる五芒星の光から精製される鉄の鎖達を易々と置き去りにクラウスまでさらに迫っていく。
「あと……もう少し!!」
「これ以上はっ!!」
クラウスは迫りくるうちに対し、なりふり構わず【炎球】の連弾を放ってくる。
「【紫電】【韋駄天】【4段階加速】!」
【4段階加速】宣言の直後に加速した瞬間、目の前に回避不能な【炎球】が迫ってくる。
避ける猶予などない【炎球】をうちは左手の木剣で横薙ぎに切り裂く。
両断された【炎球】は爆炎を巻き起こし、うちの身体を覆い隠す。
「どうだ……!」
クラウスは構えた杖を下ろさず、爆炎で見えなくなったうちの気配を必死に探る。
「これが……『最後の一歩!』……」
「っ!」
仕留めたという淡い期待を打ち砕くように、黒煙の向こうから響く声にクラウスは驚愕の表情を浮かべる。
「【紫電】【韋駄天】!【5段階加速】!!」
視界を塞ぐ黒煙を左手の木剣で縦一閃で切り開き、真正面で立ち尽くすクラウスを射抜くように見据える。
限界を超えた最後の加速をしたうちは、剣の間合いにクラウスを捉え胸元の【決闘クリスタル】目がけて右手の木剣を真っ直ぐに突き出した。
「ちぃっ!!」
「届けえええええぇぇぇっ!!!」
迫りくるうちの突きに対し、クラウスは左利きならではの素早さで右腰の木剣を左手で抜き放つ。
身体を大きく右へ捻り木剣の腹をあわせて、うちの攻撃を受け流す。
だが、身体を激しく捻ったその瞬間、胸元の【決闘クリスタル】が浮き上がり、逸らされかけたうちの木剣の切っ先が、その結晶の表面をかすめ通る。
キィンッ!と【決闘クリスタル】の硬質な音が聞こえたが、表面に微細なヒビを入れた程度だった。
「くっ……そ……」
完全に穿ち抜くことが叶わなかったことを目の当たりにしたうちは蓄積した凄まじいダメージと魔力切れが重なり、そのまま気を失ってしまった。
突きの攻撃を放ちそのまま前のめりに倒れそうになるうちをクラウスが抱き止める。
「……」
うちを抱き止めたクラウスは身体を仰向けに変え、乱れた前髪をそっとかき分け、意識のなくなったうちの顔を見つめる。
その瞳には、かつてない激闘を繰り広げた不屈の少女への、確かな敬意とクラウスの感じたことのない感情の色が宿っていた。
「悪いな……。やはりこの【決闘】俺の勝ちだ……」
低く呟いたクラウスは、うちの胸元にある【決闘クリスタル】へと手を伸ばし、迷うことなく指先に力を込め、その結晶を容赦なく砕き割った。
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