〈第39話〉『最後の一歩!』〈前編〉
闘技場―――貴賓席
「なっクラウスは本気か!?相手は1年の剣術科なのだろう!!」
上空を覆い尽くす巨大な魔法陣。
そこから迸る桁外れの魔力が貴賓席にまで押し寄せ、コンラッドをはじめとする重鎮達を絶句させる。
大気を激しく震わせる重圧に、満員の観客席を包んでいた喧噪が一瞬で霧散した。
息をすることすら躊躇われるほどの重苦しい静寂が、場内を完全に支配する。
あれは、正当な訓練を受けてきた魔術師であっても立ち向かう意欲を削がれ、その場に膝を突くレベルの絶大な威圧。
「少しでも動揺させられ正気を失ったか……! いくら何でも手加減というものを知らないのか、クラウス殿は!」
蒼白な顔をした青の公爵・フェリックスが、身を乗り出すようにして手すりを固く握りしめ、悲鳴に近い声を上げる。
「っ!クラウス!それはやり過ぎだぞ!!アッシュフィールドを再起不能にする気か!!動きを封じたならあとは【決闘クリスタル】を破壊すれば終わりだろう!!」
常軌を逸した威力の魔法を前に、アレクシスもまた立ち上がり、怒りと焦燥の入り混じった声を張り上げた。
「フッ。クラウスも容赦のない……。大人げないとはまさにこのことだな」
ただ一人、紫の公爵・オスニエルだけが不敵な笑みを浮かべ、冷徹な視線で武舞台を見下ろしていた。
闘技場―――観客席
「ねぇ……!ねぇ!あの魔法ヤバくない!?ティファは身動きできないんだよ!?」
青ざめた顔のミリアは、縋りつくように、隣に座るシンシアの腕を掴んで激しく揺さぶった。
「だ、だいじょ……うぶ!大丈夫ですよ!て、ティファさんならこんな窮地くらい……!」
シンシアは揺さぶられる腕を受け止めながらも、その視線を一度たりとも武舞台から外さなかった。
「でもあんなのどうするのよ……!上空の魔法陣、あれ絶対【決闘】で使っていい威力じゃない。クラウス様は容赦なくティファ潰しにかかっている!」
エリノアが悲痛な声をあげ、同席するファーガスや、眠気すら吹き飛んだヴィオラもまた、息をのんで絶望的な光景を見つめていた。
闘技場―――クラウス・レオス側サポーター席
「おいおい!アイツ何やってんだよ!おい!クラウス!あとはもう【決闘クリスタル】を握り潰せばいいだけだろ!それ以上はやり過ぎだ!!」
サポーター席からのレオスの悲鳴に似た怒号も、いまや上空を旋回する巨大な魔法陣の鳴動にかき消されていく。
「不本意ながらレオスの言う通りよ!相手は剣術科の1年生よ!クラウス!!」
アシュリーもこの時ばかりは珍しくレオスの意見に同調し、必死にクラウスを止めようとしていた。
闘技場―――ティファ・エルザ側サポーター席
「な……にこれ!あの上空の魔法陣……あれってクラウス様の!!」
医務室からサポーター席へと息を切らせて戻ってきたドーラの視線に、真っ先に飛び込んできたのは頭上を埋め尽くす不吉な巨大な魔法陣だった。
あまりの威圧感に、ドーラはその場に足止めされたように金縛りとなる。
「ティファ!ティファニアは!?」
ドーラは呼吸を荒らげながら武舞台の上のティファの姿を探す。
「居た!なに?何をジッとしてるの!!」
医務室から駆け戻ったばかりのドーラには、これまでの攻防を知る由もない。
頭上を覆う絶望的な魔法陣に対し、その下で剣を構えることも回避の予備動作をすることもせず微動だにしていないティファ。
ドーラの目には、あまりの魔力差と圧迫感に呑まれ、彼女が恐怖で身動きを失っているようにしか映らなかった。
冷や汗を流しながら目を凝らしたその瞬間、ティファの全身を複雑に絡め取る鎖の鈍い光が視界に飛び込む。
「!あれ、【拘束の鎖】!?動きを……封じられてるの!?」
ドーラは不自然な身構えの理由を悟り、ティファの置かれている状況を理解し顔を蒼白にさせた。
闘技場―――ティファvsクラウス
「やり過ぎ……?やり過ぎだと?お前達は今まで何を見てきた。レオス、お前は誰に敗北した!アッシュフィールドの潜在能力は脅威!この魔法すら生ぬるいわ!!」
見たこともないクラウスの激昂した表情に、レオスとアシュリーは一瞬気圧される。
上空で唸りを上げる魔法陣がさらに輝きを増し、死の光線にも似た極大の魔力が収束していく。
圧殺されそうなほどの高密度の魔力が降り注ごうとする中、ティファの全身を緊縛する【拘束の鎖】がギチギチと硬質な金属音を立て、鎖から抜け出そうと藻掻くティファの身体に食い込み自由をさらに奪っていく。
「くっ……ガ、ア……ッ……!」
締め付けられる苦しさに、ティファが低い声で苦痛の声を上げる。
「外野がうるさくてすまんな、アッシュフィールド……。これで果てろ……」
冷徹に言い放ち、クラウスは掲げた両手杖を振り降ろす。
「【雷魔法】【天裂く雷光】!!」
クラウスの宣告とともに、頭上の魔法陣から無数の”雷の雨”が逃げ場のないティファへと降り注いだ。
(は、ははっ……。なんじゃこれ。体の自由は奪われ、逃げ場もない。どうこうできるもんじゃないじゃろ……)
うちは思わず苦笑を漏らし、絶望的な光景から逃げるように顔を伏せる。
敗け……。敗け……。絶対なる敗北……。
脳裏をよぎる圧倒的な絶望。
絶対的な終わりの気配が、無意識に黒く濁った思考となって、うちの脳内を塗りつぶしかけていた。
(ごめん……、ごめんなさい……。結局、私には壁を……”お兄様”を超えることはできなかった……)
全力を尽くしたにも拘らず、兄を超えられなかった悔しさで頬を涙で濡らすエルザの姿がフラッシュバックする。
「っは!うちは何を弱気に……!」
うちには似つかわしくない諦めが頭を過り、己の一言とエルザの姿を思い出し、沈みかけた思考を鋭く切り裂く。
(ここで負けたらエルとの約束も守れなくなる!!)
伏せられていた瞳に、ギラついた狂犬のような闘志が甦った。
「これで勝ったつもりなら……アンタは大したことないですねぇ、クラウス先輩!!」
うちは完全に拘束される前に一本の鎖を断ち切っていたため、唯一自由の利く右手の木剣を足元に躊躇なく捨て去る。
そして、すでに頭上を埋め尽くし始めていた雷光の雨へ向け、その右手を真っ直ぐ高く掲げた。
「【魔法防盾】!!」
(くっ!全方位に張り巡らせるんじゃない!そう、ただ一点……頭上のただ一点にだけ範囲指定をして硬度を強化する!)
片手だけで【魔法防盾】を展開中も、【天裂く雷光】の雷の雨は容赦なく降り注ぐ。
直後、頭上で爆雷が凄まじい衝撃とともに炸裂した。
【魔法防盾】を強引に貫こうと押し寄せる雷光。
「一点集中で強度を上げた【魔法防盾】か……。雷魔法は5大属性で1番の貫通力を持っている、そんな小細工で防ぎきれはしない」
クラウスがうちの悪あがきともとれる守りの姿勢に冷徹な言葉を投げかけてくる。
「そんな……ものぉ!やってみんとわからんじゃろうがああぁぁっ!!」
うちは掲げた右腕だけでなく、両脚にも力を入れ膝が崩れ落ちないように踏ん張りを効かせる。
鼓膜を破らんばかりの雷鳴とともに、頭上の【魔法防盾】に受ける雷光が凄まじい軋みを上げる。
貫通しきれず漏れ出る雷撃の残滓が全身を焼き、修練服を焼き切り皮膚を焦がす。
「っい!……!」
全身を貫く激痛に、意識の輪郭すら真っ白く弾け飛びそうになる。
だが、胸の【決闘クリスタル】を打ち抜こうと迫る死の雷光に対し、うちは歯を食いしばり腕を押し上げた。
全魔力をこの一点に注ぎ込み、押しつぶされそうな重圧を必死に押し返す。
ここで折れれば勝敗が決してしまう、ただそれだけの思いで、【決闘クリスタル】を泥臭く死守し続けた。
武舞台の石畳を砕き爆炎を巻き上げていた雷光の雨が、少しずつ、勢いを減じながら縮小し始めていた。
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