〈第37話〉『”あの日”の少女』
闘技場―――貴賓席
「不敬……ですね」
「まことに不敬だな!」
「ふむ、不敬極まりないですな」
「……」
【決闘】醍醐味。
その一つは、対戦者同士による研ぎ澄まされた言葉の応酬が醸し出す、ヒリつくような臨場感と緊張感にある。
そして、その生の声を余すことなく観客席の隅々にまで届けるため、武舞台の四方には「拡声魔石」が配置されていた。
かつてティファ対エルザ戦において、アシュリーは読唇術を行使していた。
拡声魔石を介して声が届くわずかな時間差すら削ぎ落とし、一刻も早く戦況を把握するための選択であった。
青の公爵・フェリックスを皮切りに、橙の公爵・コンラッド、白の公爵・クリスティアンが示し合わせたように口を揃えると、それを聞いた自学園の生徒の不敬さにアレクシスは頭を抱える。
(馬鹿共が……。ここにおいて不敬だのなんだのは関係なかろう……。あの娘の感情が高ぶる度魔力が増大し、クラウスとぶつかり合う魔力の色が”虹色”に変化している……)
3公爵とアレクシスの反応とは裏腹に、紫の公爵・オスニエルだけはその不敬さすら興深そうに寛容に受け止め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
闘技場―――観客席
「……今更だけど、ティファって不敬だね……」
「そう……だね……相手……公爵家だって忘れてるのかな……」
「昔からそうだけど……、不敬……だよねぇ……」
「で、でも、そこがティファさんらしい……と、というか、あははっ……」
エリノアから始まったティファへの不敬コールは未だに眠そうなヴィオラ、幼馴染のミリア、魔術科のシンシアに波及していく。
そして、もう一人の幼馴染であるファーガストは、ティファの不敬発言よりボロボロになった武舞台の後日修復の日程を想像して頭を抱えていた。
闘技場―――クラウス・レオス側サポート席
「がっははははっ!アイツすげぇこと言うな!俺でもあそこまで不敬なこと言えねぇぞ!」
ティファとクラウスのやり取りを聞いていたレオスは、豪快に腹を抱えて笑い転げる。
「嘘つけ。アンタも大概あの子と同じくらい不敬な態度取ってるわよ」
クラウスは公爵、レオスは侯爵の立場にあり、侯爵は公爵に比べ一つ下の階級なのである。
隣に座るアシュリーはそれを踏まえ、レオスの日々クラウスに対する態度はティファと遜色ないと言い放つ。
「別にいいだろ。俺とクラウスの関係は幼馴染みたいなもんだし」
「呆れた。身内意識を盾に不敬を正当化するなんて、まったく……」
開き直るレオスにアシュリーが深々と溜め息をつき視線を武舞台に戻す。
(あの子が不敬だとかなんだとか今はそんなの関係ない!あの”虹色の魔力”はどっちのモノ!?)
ティファとクラウスの魔力が激しく衝突・干渉し合い、いつしか周囲に飛び交う魔力は”虹色”へと変容を遂げていた。
しかし、それがティファに由来するものなのか、クラウスによるものなのかは、鋭い観察眼を持つアシュリーをもってしても判断が難しかった。
闘技場―――ティファvsクラウス
「お前が俺の次期剣聖としての立場を否定するのはけっこう!!だが!エルザの追放はアイツ自身が招いたこと!”貴族は結果が全て”だ!!」
”貴族は結果が全て”それはかつて父エリック・クロフォードの教えであった。
圧倒的な魔力の衝突の中、クラウスはうちと言葉を交わしながら、苛立ちを隠すことなく本心を晒し始めた。
「結果?結果が全て!?」
「そうだ!良き結果を残せぬ者に居場所などない!ましてや、みじめな姿を周囲に晒してまでその場に居座ろうなど厚顔無恥も甚だしい!!」
お互いの思いが交錯し、うちとクラウスの鍔迫り合いが加速する。
「違う……違う!結果なんか他人が付ける身勝手な付加価値じゃ!大事なのはその結果を受け入れてどう進むかじゃろ!?エルザはうちとの敗北で”忘れちょった努力”を選んだ!それを兄のアンタが、エルザの過去を知っちょるアンタが否定するなああぁぁ!!」
限界を超えて跳ね上がる感情に呼応するように、うちの全身から目も眩むような光が溢れ出す。
黒だった髪が、根元から波打つように幻想的な銀色へと染まり変わっていく。
迸る光を纏うその佇まいは、まさに伝承にのみ語り継がれる剣聖そのものであった。
「っ!!……銀髪……の少女……!」
クラウスは銀髪に変容したうちの姿を目にし、いつか遭遇した『”あの日”の少女』の面影が脳裏にフラッシュバックする。
クラウスは激しい動揺によって、展開していた【魔法防盾】の強度を無意識に下げてしまっていた。
「こ、んな壁ぇ!ぶち抜けえええぇぇぇ!!!」
銀髪をなびかせ、渾身の力を込めた一撃が、揺らぐ魔法の盾へとさらなる力を叩きつける。
クラウスの展開する【魔法防盾】に木剣の接触する個所からギギッとひびが入り始める。
ガキイイィィィン!
高音の悲鳴を上げて【魔法防盾】が砕け散り、その衝撃音は闘技場ばかりか観客席の隅々にまで響き渡った。
「っ!!」
【魔法防盾】を打ち破られたクラウスは舌打ちを噛み殺しながら、うちの追撃を右腰に収めていた木剣で逸らし、うちから距離を取るべく後方へ跳び引いた。
闘技場―――クラウス・レオス側サポート席
「なっ!嘘でしょ!?あのクラウスが後方へ退いた!?しかも木剣を使わせるなんて!」
これまでいかなる【決闘】においても、開始位置から自ら動くことも動かされることもなく、”不動の魔法砲台”と恐れられてきたクラウス。
その彼が自ら一歩を引かされ、さらに木剣まで抜かされた事実に、アシュリーは震える声で呟きながら武舞台の上の2人を凝視する。
「”不動の魔法砲台”の二つ名を国内に轟かせた奴が、自ら初期位置を捨てるなんて……な!」
深く椅子に腰を掛け、腕組みをしていたレオスもまた、信じられないものを見るような眼差しを武舞台へと向けていた。
クロフォード学園―――医務室
白を基調とした静寂の包む室内に、かすかな薬品の香りが漂っていた。
並べられたベッドの1つでは、先ほどまでクラウスと激闘を繰り広げていたエルザが、気を失ったまま横たわっている。
その傍らには、心配そうに見守るドーラとアメリアの2人の従者の姿があった。
「……」
アメリアはそっとエルザの小さく冷たい手を両手で包み込み、静かに魔力を練り上げそれをエルザへと送り込む【回復魔法】【癒しの光】でエルザの傷を癒していた。
アメリアの手のひらから淡い柔らかな光が溢れ出し、エルザの痛々しい擦り傷や打撲痕を優しく包み込んでいく。
「顔色、大分良くなってきたわね……」
固唾をのんで見守っていたドーラが、小さく安堵の息を漏らした。
「えぇ……よかった。これでひとまず安心」
【決闘】で負った激しい魔力消耗と傷はまだ完全には癒えていないものの、蒼白だったエルザの頬にほんのりと朱色が戻ってきたことに、ドーラとアメリアは心底胸を撫で下ろすのだった。
「……アメリア、私闘技場に戻るわ。私がここに居たって【癒しの光】が使えるわけじゃないし……。それに」
「ふふ、ティファ様の事が心配?」
アメリアに視線を向けられそっぽを向くドーラの耳根は、隠しきれずに真っ赤に染まっていた。
「べ、別にそうじゃないけど!けど……。エルザの居場所はアイツにかかってるから……」
「そうね……。私達はクロフォードのお屋敷に戻ればいいけど、エルザ様は……」
言葉の途中で、アメリアは憂いを帯びた視線を眠るエルザへと落とした。
自分達従者は主人が居なくなればクロフォード邸へ戻るだけ、だが、敗者に残されるのは、苛烈な追放の現実のみ。
もしティファが敗れば、ティファ諸共エルザには帰る場所すらなくなる。
「だから……見届けてくるよ」
「ええ、行ってらっしゃいドーラ。ティファ様ならきっと……ううん、絶対になんとかしてくれるわ」
「当たり前よ!あれだけ啖呵切ったんだから負けでもしたら承知しないわ!」
ドーラはアメリアと横たわるエルザに背を向け、静かに医務室の扉を開けた。
後に残されたアメリアは、その背中を温かな眼差しで見送りながら、再び静けさを取り戻した室内でエルザの治療に専念するのだった。
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