〈第36話〉『虹色の魔力』〈後編〉
闘技場・貴賓席―――
来賓のオスニエル・バートレットとアレクシスを除く3人の公爵は、剣術科のティファ対レオスの結末を目の当たりにし、ざわめきを隠せずにいた。
彼らの事前評価も他の観客と大差ないものだったが、ティファの規格外な戦術によって見事に覆されたのだ。
もっとも、この結果をオスニエルだけは予測していたかもしれず、アレクシスにしてもティファが辛勝さえしてくれれば十分だと考えていたのだが。
「あ、あの”剛腕”の二つ名を持つレオス・エリオットが負けるとは……」
「全く……です。あのような身体強化、まして剣術科が【属性付加】の高等魔戦技を扱うとは……」
橙の公爵コンラッドと青の公爵フェリックスは、この【決闘】で3年生組の完封勝利に賭けていた。
だが実際には、ティファの鮮烈かつ規格外の技によってレオスが破れ、その目論見はあっけなく崩れ去ることとなったのだ。
「フフフッハハハッ!開花した花に対し、あの娘はそれを打ち破ることで次の段階、さらなる領域へと至ったわけだ」
オスニエルは椅子の肘掛に肘を乗せ、左頬の重みを預けた。
「素晴らしい……。あのような才能の原石を手放さなくてはならなくなってしまうとは……。お前もこの学園も不憫でならんな。なぁ、アレクシス」
オスニエルは嫌味ったらしい笑みをアレクシスに向ける。
「オスニエル公、何を勘違いされている?」
アレクシスは睨みつけるようにオスニエルへと視線を向ける。
「まだ……まだ武舞台には1人の剣士と1人の魔術師がお互いに臨戦態勢で立っております」
お互いの闘志が交錯する武舞台を見つめアレクシスが呟いた。
「それは失礼。そうだな、まだこの【決闘】は終わっていない……。だがアレクシスの方も勘違いをしないでくれ」
アレクシスはその言葉を怪訝に思い首を傾げる。
「私はクラウス殿が勝利しても、あの娘が下馬評をひっくり返しても私にとってはどちらでも構わんのだ」
(そう、国政の席でクラウスを叩ける材料さえあれば良いからな……。ベストはあのティファニア・アッシュフィールドの引き抜きだが……)
不気味な表情を浮かべたまま、オスニエルは【決闘】の決着を見届けるべく武舞台に視線を向けた。
闘技場―――ティファvsクラウス
「……っ」
クラウスと1対1になり、うちは右手の木剣の切っ先を向け、構えを取る。
だが、どういうわけかクラウスは杖を構えない。
「どうしたんです?どうして構えんのです?」
対戦者であるうちを前に、静かに微動だにしないクラウスに不信感が募る。
「拾え……」
クラウスが静かにそれでも強い口調で口を開く。
その声は周囲の喧騒を掻き消すほど低く、しかしはっきりとティファの耳に届いた。
「拾う?何をですか」
クラウスは何も言わず、先ほどまでレオスと【決闘】していた場所に転がる一本の木剣を指差す。
「あの馬鹿力に剣を弾かれていたようだが、もう持てるほどには回復しているだろう?」
ティファはクラウスが指さした木剣と、自分の左手を交互に見つめる。
痺れていた左手を2、3度握り直してみると、確かに少しずつ感覚が戻りつつあった。
うちはチラリと木剣へ視線を送る。
転がっている場所を確認すると同時に見下されている悔しさ、クラウスの本心が読めない不気味さ、それでも勝ちにいきたいという執念、様々な葛藤がうちの胸中で渦巻いた。
「ハンデを……与えちょるつもりですか……っ!」
抑えきれず、語気が強くなるのを自分でも感じた。
うちは右手の木剣の切っ先をクラウスに向けたまま間合いを保ち、数m離れた場所にある木剣へ向かってゆっくりと足を動かす。
クラウスは表情一つ変えず、冷ややかで揺るがない眼光でこちらの動きを追っていた。
「ハンデ?レオスも言っていたが、頭はお花畑か?お前本来の剣技スタイルは双剣だろ?
それを……”敗けた”のは片手だけだったからとバカな言い訳を聞きたくないからだ」
うちは木剣までたどり着き、腰を屈め落ちている木剣を左手でガッ!と握りこみ立ち上がった。
そして標的であるクラウスを睨みつけた。
「準備ができたならどこからでもかかってこい!アッシュフィールド!」
「もちろん……どこからでも攻めさせてもらいますよぉ!!」
双剣を構えエルザの悔しさと涙をその身に宿したうちの周りには無意識に雷属性のスパークが立ち上っていた。
鋭い視線がクラウスを射抜き、彼の背中に一瞬冷たい汗が伝う。
「【雷属性】【属性付加【風属性】!!!」
うちがそう叫ぶと再び武舞台が強風と雷光で激しく揺れ動いた。
「はぁぁぁ~~……」
うちは胸の中の空気をすべて吐き出すように息をする。
「っ!行きますよクラウス先輩!!」
そう宣言し、臨戦態勢から先制攻撃の優を取るため、うちは【紫電】【韋駄天】【迅】を発動させる。
クラウスはうちの強風と雷光が武舞台を揺らし始めたタイミングで、両手杖を取り回し迎撃姿勢をとり、攻撃用の光球を周囲へ発生させた。
「【紫電】【韋駄天】【迅】!」
うちが疾走した際、武舞台を取り囲む大気が、バリバリと鼓膜を振るわせる雷鳴と猛烈な暴風によって激しく震動した。
「【韋駄天】【多重影】!!」
うちは直線的にクラウスに向かうのではなく、左右に身体を高速で振ることで進化させた分身、身体から放たれた残像は一瞬にして左右へと分岐し、一筋の閃光どころか6つの分身体となって武舞台を埋め尽くす。
【多重影】によって出された虚像たちが、あらゆる角度から同時にクラウスへと肉薄する。
「っち!レオスの時に使った『独自創造魔戦技』を今ここで進化させるか!」
(これだ!これがティファニア・アッシュフィールドの脅威、やっかいなところ!!いかなる場面において独自創造魔戦技を急激に昇華させてくる!)
うちの最速の進化に驚愕するが、クラウスは一瞬で冷静さを取り戻す。
(何体に分身しようが本物は一つ!!)
クラウスは冷静に分析しながらも、内心で舌を巻いていた。
視界を埋め尽くす6体の分身に対し、そのどれもが雷光を纏い、凄まじい風圧とともに迫ってくる。
レオスとの対戦していた時より実体を持たないはずの残像すら、放つ魔力の膨れ上がりによって本物と見分けがつかない。
加えて、生粋の魔術師である己に向けられる殺意の察知能力はレオスに劣っていた。
闘技場―――クラウス・レオス側サポート席
「おっほおぉぉ!!ティファの野郎俺の時には1人しか出してこなかったのに、ここにきて人数を増やしてきやがった!!」
自分との【決闘】で見せた独自創造魔戦技をさらに進化させてクラウスに向かっていくティファの姿を見て、レオスは席から立ち上がり前のめりに叫び散らす。
「……ほんとに。あの子の思考回路、発想力はどうなってるのかしら……。興味深いと同時に、その奥にあるものが怖いわ……」
ティファの規格外の才能・発想・成長に、未だ対戦にいたっていないアシュリーすらも冷や汗を流していた。
闘技場―――ティファvsクラウス
「いくら分身しようとも……。1体は本物!!」
うちとレオスの戦闘を横目で見抜いていたのか、分身の数を増やそうとも”本物” 1体と判断したクラウスは、両手杖を振り周囲を浮遊する光球に炎属性を付加し、【炎球】に変え、6体に分裂したうちに向かって攻撃を放ってくる。
「っ!なっ!どういうことだ!?」
6体の分身を打ち砕き、本体が居ればダメージを与えられると考えていたクラウスは、被弾した分身がすべて霧散していく様を見て驚愕しそれが全て囮だったことに気づく。
うちは6体の分身すべてを囮にし、6体の分身で気を引いている間に、うち本体は【韋駄天】【迅】の超高速で、視覚の裏をかき背後の死角へと回り込んだ。
「クラウス!!後ろっ!!!」
サポーター席からの響くアシュリーの声に、クラウスはアシュリーの言葉にハッとして、背後へ振り替える。
「ちぃっ!!!」
(回避は間に合わない!【魔法防盾】!!)
うちは本物を狙い撃つことに意識を割いたクラウスの隙を突き、死角である背後に完璧に回り込んでいた。
クラウスが振り返った先にはすでに両手の木剣を水平に構え、うちはクラウスへと振りかぶっていた。
クラウスは懐に入ったうちに対し、強固な【魔法防盾】を展開する。
「!!」
「どうした?何を驚く?まさか【魔法防盾】が防げるのは魔法だけだと思っていたか?」
攻撃を防がれたうちに、クラウスが冷静に言い放つ。
木剣と【魔法防盾】が接触する際、ティファの放つ魔力とクラウスの放つ魔力が接触しバチバチと火花が飛び交う。
(硬った!【魔法防盾】は魔法攻撃だけじゃのぅて物理も防ぐんか!!くっ!それでもぉ……!)
【魔法防盾】の強固さと反発で押し返されそうになる。
「くっ!あああああぁぁぁぁぁ!!!」
うちは咆哮と共に両手の木剣にありったけの力を籠める。
対するクラウスもうちの斬撃に堪え得るべく【魔法防盾】の物理防御を上げていく。
「…っ!……っ!!!」
「どう、しました……先輩!ここまで攻められるのは、はじめてですか!!?」
クラウスの【魔法防盾】にうちの木剣が接触し攻撃と防御の魔力残滓が周囲へと漏れ出す。
「……っ!」
「……っ!」
うちもクラウスも一歩も譲らず「魔法防盾」と双剣の鍔迫り合いが続く。
「先輩と!話したいことがあります!」
「この場において、お前と話すことなどない!」
火花を散らす攻防の最中、クラウスは冷徹さを崩さぬよう鋭い視線で会話を拒絶してくる。
「こっちにはある!えぇから黙って聞けぇ!答えるか答えんかはそれからにしろ!!」
うちは感情剥き出しで、一方的に話を聞かせようとする。
「アンタは……、アンタは!幼い頃のエルザを気にかけちょったんじゃろ!?それなのになんで今になって追放なんかするんじゃ!!」
踏み込んだ足が武舞台の石畳にひびが入り、うちの叫びに一瞬クラウスの表情が揺らぎ、双剣から弾ける魔力が【魔法防盾】を激しく軋ませ僅かに防壁へ剣が食い込んだ。
「お前に、お前に何が分かる!人は時が経てば変わる!俺も例外なく変わってしまったということだ!!貴族に相応しい方向へな!!!」
クラウスの【魔法防盾】が再び強度を増し、食い込んだ剣を凄まじい圧力で押し返してくる。
「貴族……、貴族、貴族、貴族!!自分の妹を捨ててでも貴族の立場が!公爵家が大事か!!」
クラウスの言葉を聞き、うちの怒りと葛藤が最高潮に達する。
「貴族社会にとってその家名に相応しくない者を切り捨てることは良くあること!今に始まったことではない!」
うちの言葉にそう吐き捨てるクラウスの瞳の奥が、一瞬だけ激しく揺れた。
感情を押し殺すようなその態度に、うちの怒りはついに限界突破する。
「そんな下らん理屈でエルザを泣かせ、追い込んで!最後には家からすら追い出す!?そんな!たった1人の妹の居場所すら守れん情けない奴が、”剣聖”になれるものかあああぁ!!」
その時、うちの双剣とクラウスの【魔法防盾】がぶつかり合う際に発せられていた魔力の色が、神々しい『虹色の魔力』に変わり、怒りの限界を超えたうちの身体に、圧倒的な“変化”の時が訪れようとしていた。
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