〈第35話〉『虹色の魔力』〈前編〉
闘技場―――クラウス・レオス側
「いやぁ!参った参った!」
豪快な大笑いとともに、レオスは身の丈ほどもある大剣を軽々と持ち上げた。
大剣を肩に担ぎ直すと、重厚な防具と擦れ合い、硬質な音が鳴り響く。
勝利を宣言されたばかりのティファへ振り向くと、レオスは清々しい足取りで自陣側のサポーター席に下がるべく武舞台を後にしようとした。
「レオス先輩!!」
遠ざかる大きな背中に向け、ティファが切迫した声をかける。
「なんだぁ?お前、また負かした相手の心配してるんじゃねぇだろうな?」
ティファの声を背中で受け止め、レオスが半身で振り返った。
「出向中にも言っただろうが。敗者に気を遣うのは”侮辱”に当たる、ってな。お前はこの先も【決闘】で負かした相手に同情していくのか?勝ったなら誇れ!俺が今回敗けたのは、どこかでお前を格下とみていた俺の慢心と油断の結果だ……」
レオスは自嘲気味な笑みを浮かべ一旦言葉を区切る。
「でも、これに安心して修練を怠るんじゃねぇぞ?俺も腕を磨き直して、そのうちリベンジしてやる。いいな?」
レオスはそこまで言うと隣のエルザとクラウスの兄妹対決の方に目を向ける。
「それと、お前忘れてるようだが、あっちもあっちでもう勝負がついたみたいだぜ」
レオスの視線を追うように、ティファが焦ったように素早く隣で決闘しているはずのエルザへと視線を送った。
そこでは、静けさすら感じさせる決着がついていた。
激しい魔力の残光が霧散していく中、クラウスの攻撃でダメージを受け、膝をつき崩れ落ちるエルザの姿。
その胸元で、【決闘クリスタル】が凄惨な音を立てて砕け散る。
「クラウス・クロフォード対エルザ・クロフォード!勝者!クラウス・クロフォード!」
魔術科の教官がクラウスの勝利を高らかに告げる。
「っ!エル!!」
叫びと同時に、ティファの体は弾かれたように走り出していた。
勝利の余韻も、観客席からの歓声も、すべてが遠のいていく。
「こっからはお前とクラウスの一騎打ちだ、俺は外野からお前らの勝負を見届けさせてもらうぜ」
背後から聞こえるレオスの声を振り払うように、ティファは一目散にエルザの元へと駆け寄っていった。
(俺の声はもう聞こえてない……か)
レオスはフッと笑みを浮かべ、武舞台の外、サポート席のアシュリーの元へと向かっていった。
「……。尻拭いはする、と言ったがまさかお前が敗けるとはな……」
すれ違いざま、クラウスがレオスへ声をかける。
「悪いね。でもお前だって内心ティファと闘いたかったんだろ?」
レオスは立ち止まるがクラウスと視線は合わせない。
「……。敗けたならとっとと下がれ」
「呼び止めたのはテメェだろうが!それから、”敗けた”俺からの忠告だ」
レオスは肩に担いだ大剣の位置をわずかに直し、正面を見据えたまま低く静かな声を紡いだ。
「アイツ、強いぜ」
「……お前に言われるまでもなく、わかっている!」
ティファ対レオス、エルザ対クラウスの【2組決闘】の対戦カードが、ティファ対クラウスに変わる。
クラウスは先程視線を奪われた、ティファが使用した武舞台を揺るがす程の『独自創造魔戦技』を警戒していた。
闘技場―――ティファ・エルザ側
うちは無意識に【韋駄天】を使用し、滑り込むように駆け寄りエルザが崩れ落ちる前に身体を支える。
胸元の『決闘クリスタル』は粉々に砕け散り、エルザの周囲の魔力光残滓が儚く消えていく。
激しい戦闘の爪痕を残すように、エルザの修練服には幾つもの焦げ跡や切り傷が刻まれていた。
「エル!エルっ!しっかりしろ!!」
うちは倒れそうな彼女の身体を抱き起こし、軽く揺すりながら声をかけると、意識が途切れかけていたエルザがゆっくりと瞼を開いた。
「……ティ、ファ……」
意識を取り戻し掠れた声で名を呼ばれ、うちは胸の奥で止まっていた息を小さく吐き出し安堵する。
「ごめん……、ごめんなさい……。結局、私には壁を……”お兄様”を超えることはできなかった……」
悔しさに唇を噛み締めるエルザの頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
クラウスとの圧倒的な実力差を突きつけられ、全力を出し切っても越えられなかった現実に、彼女の身体はショックで微かに震えていた。
「謝るな……!謝るなバカ、お前らしゅうない!!」
胸を締め付けるような切なさに押し潰されそうになりながら、抱きしめる腕に一層力を込めた。
ボロボロになりながらも、最後まで兄であるクラウスに立ち向かい続けた彼女の覚悟を、一番近くで見届けていたのはうちだ。
「お前は逃げずに最後まで戦った!誇ってえぇんじゃ、エル……!」
うちの言葉を聞いたエルザは弱弱しく笑顔を浮かべる。
「あとは……うちに任せちょけ!!」
「えぇ……、あとは……よろし……」
エルザはうちにクラウスの勝負を託し、そのまま気を失う。
「っ……!!」
うちは気を失ったエルザの背中に右腕を回し、左腕を膝の裏へ差し入れる。
エルザの身体を引き寄せるようにして横抱きに抱え上げた。
「ドーラ!アメリア!」
うちが叫ぶと同時に、サポーター席から弾かれたように2人が武舞台へと駆け上がってきた。
「エルザ!」
「エルザ様!」
顔を蒼白にしたアメリアが、息を切らしながら膝をつく。
ドーラもまた、悔しさと心配の入り混じった表情でエルザの容態を確かめようと覗き込んできた。
「意識を失っちょるだけじゃ。でも、かなり魔力を消費しとるし傷も酷い……すぐに医務室に運んでくれ……」
ドーラとアメリアの手へと、慎重にエルザの身体を委ねる。
2人へエルザを託すと、うちはゆっくりと立ち上がった。
腕に残るエルザの温もりと、その体に刻まれた痛々しい傷跡。
悔し涙を流しながら気を失った彼女の顔が、脳裏に焼きついて離れない。
胸の奥底から、冷たく鋭い怒りが滾々と湧き上がってくるのを確かに感じていた。
「ティファニア!」
エルザを支えるドーラが叫ぶように名前を呼んだ。
うちはドーラの方に顔だけで振り返る。
「勝ってよ……。絶対勝ちなさいよ!」
「当たり前じゃ……。端から敗けるつもりでここに立っちょらん!」
うちはクラウスへ鋭い視線を向け直し、後方のドーラ達へ「任せろ」と親指を立て答える。
闘技場―――クラウス・レオス側サポーター席
「ははははっ!敗~けちまったぜ!アイツ強かった強かった!!」
サポーター席に戻ってきたレオスは、豪快に笑いながら大剣の柄を足元に突き立てた。
どっかりと椅子に腰を下ろすと、隣で頬杖をついたアシュリーが、呆れ果てたように盛大な溜め息をつく。
「はいはい、残念残念。お疲れ様~。忠告したのに何あっさり敗けてんのよ。バカ……」
アシュリーは肩をすくめながらも、甲冑の端にこびりついた砂埃を手で払ってやった。
その手つきには、文句を言いながらも腐れ縁の仲間を気遣う優しさが滲み出ている。
「でもまぁ、全校生徒・教官・ゲストの下馬評が覆って逆にいい仕事したかもね」
対戦カードがティファ対クラウスへと移り変わった武舞台を見つめながら、アシュリーは軽口を混ぜてレオスを労った。
「下馬評、ねぇ……」
レオスは深く背もたれに体を預けると、天井を見上げながらティファとの【決闘】を思い出したかのようにニッと笑みを浮かべた。
「俺としては本気で勝ちにいったつもりなんだがな。ま、あいつのあの土壇場での機転と技のキレ……認めざるを得ねぇよ。アシュリー、お前の目の付け所は正しかったわけだ」
「エルザとの【決闘】以来ずっと気になってたからねぇ。私の目に狂いはなかったわ」
この先どんな面白い展開が待っているのか。
ティファがどれほどの驚愕を自分にもたらしてくれるのか、アシュリーは胸を躍らせるように、楽しげな笑みを浮かべた。
「……で? 実際にやり合った感想は? クラウス相手にティファは勝てると思う?」
頬杖から椅子に深く腰掛け直し、腕組みをしたアシュリーがレオスに問いかける。
「さぁね。だが、クラウスの奴も顔には出てねぇが、相当警戒してやがる。さっきのティファの技……あんな”規格外”なことされたら、それこそ下馬評が総崩れじゃねぇか?」
レオスは軽口を交えてアシュリーに応える。
「あのクラウスのすました顔に、ティファちゃんがエルザにしたみたいに一発引ったいてくれたら面白いんだけど……。はてさてどうなることやら……」
武舞台に目を向けると、ティファが鋭い視線と剣先をクラウスに向け臨戦態勢に入っていた。
サポーター席から見守る2人の視線の先で、気圧されるような緊張感が武舞台全体を包み込み始めていた。
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