〈第34話〉『【属性付加】』〈後編〉
闘技場―――ティファvsレオス
「エルザに檄飛ばすのはいいけどなぁ……。俺の事無視してんじゃねぇよ!!」
目の前の自分に集中せず、クラウスに追いやられているエルザに檄を飛ばすうちの姿を見て、レオスが大剣を激しく振り下ろす。
うちは寸前で後方へ跳躍して直撃を回避。
着地と同時に脚へ魔力を流し込み、【韋駄天】の加速から【二重影】へと繋いで即座に反撃へと転じる。
「っち!また分身か!」
再び【二重影】で攻めるうちに対し、レオスはすっと目を瞑り、精神を統一して本物の気配を探り始めた。
「もらったああああ!!」
目を閉じたレオスの隙を突き、”使わない”と宣言していた左脇の死角へ潜り込む。
勢いそのままに、右手側の木剣を逆袈裟に振り抜いた。
ガキイィィ!
【二重影】で翻弄した死角からの完璧なタイミングだったはずの一撃は、甲高い衝撃音とともに大剣の腹で呆気なく受け止められていた。
(読まれた!?)
完璧な死角からの奇襲を迷いなく受け止められ、思わず息をのむ。
レオスはそのまま獰猛な笑みを浮かべたまま、鋭いカウンターの斬撃を放ってきた。
「っ!くそ!」
うちはぐっと上体を反らし、喉元を掠める刃を間一髪で躱す。
そのまま連続で後ろへ跳び、必死に間合いを空けた。
「定石定石ぃ!相手の死角を突くのは戦場でも定石だよなぁ!!」
たった一度見せただけの【二重影】を完封し、レオスは大剣を肩に担いで挑発してくる。
「くっ……!」
(どうやって見極められた!?焦るあまり残像に注ぎ込む魔力がブレたか!?それとも……!!)
渾身の奇襲をあっさりと封じられ、唇を噛み締め必死に態勢を整える。
余裕を崩さないレオスから発せられる圧倒的な圧迫感が、空気を伝い重く肌を刺した。
「戦場において相手の死角を狙うのは必然。一度目は度肝を抜かれたが……、よくよく集中してみりゃ、お前の分身には攻撃の瞬間の『殺意』がねぇんだよ!!」
【二重影】と大層な名を騙ろうと、所詮は魔力で練り上げた偶像。
斬りつける直前の決定打を奪う気迫までは模倣できていなかったのだ。
「っ!」
レオスの指摘が、刃となって胸に突き刺さる。
「殺意……か」
レオスの言う通りだ。
魔力で偶像を作り出すことに集中するあまり、実戦における「相手を仕留める気迫」までの意識が再現されていなかった。
本物と偽物を分ける決定的な差。
それをレオスは視覚ではなく、長年の経験で培われた「実戦の感度」で見抜いていたのだ。
圧倒的な経験の差を見せつけられ、額を冷や汗が伝い落ちる。
「どうしたぁ?もう打つ手がなくなっちまったか?」
右手で軽々と大剣を取り回し、嘲るような視線を投げてくるレオス。
うちはその視線を正面から鋭く睨み返し、汗で滑りかける両手の木剣を強く握り直した。
闘技場―――クラウス・レオス側サポーター席
「う~ん、速さを生かした【二重影】って『独自創造魔戦技』、発想は面白いけどレオスに一回で見抜かれちゃ完成度としてまだまだねぇ……。他の隠し玉もないようだし、ティファちゃんの方はいずれ追い詰められて終わっちゃうなぁ」
サポーター席から、アシュリーは「クラウス対エルザ」と「レオス対ティファ」の2組の戦闘を冷静な眼差しで交互に観察していた。
「エルザもエルザで回避に専念してるけど、『【風迅加速】』だって完璧な回避魔法戦技ってわけじゃないのよねぇ……。あの子が自分でその欠点に気付いていればいいんだけど」
独り言を呟くアシュリーは、3年生2人に圧倒的に攻められ続けるティファとエルザを見て、少し残念そうにため息を漏らす。
「下馬評通りだと面白くないのに……。まぁ、しょうがないか……」
2人のどちらかがもう一波乱起こさないか期待していたアシュリーだったが、結局目の前の壁が高すぎたと諦め始めた。
闘技場―――エルザvsクラウス
【魔法防盾】での防御から一転、【風迅加速】での回避に振り切ったエルザに異変が現れ始めた。
(なんで!?少しの爆風を受けただけで足元が!!)
クラウスの放ってくる【炎球】を回避するが、石畳に着弾した爆風だけで足元が不安定になる感覚があった。
ふら付きながらも両手杖を振り、エルザも攻撃の手を止めない。
だが、エルザの攻撃を搔い潜り、クラウスの【炎球】が迫ってくる。
「これは、避けきれない!」
エルザは咄嗟に【魔法防盾】でクラウスの【炎球】を被弾する寸前のところで防御する。
【魔法防盾】の表面に激しい衝撃と熱風が吹き荒れ、エルザの足元が大きく揺らぎ、衝撃を押し殺しきれず、彼女の体は後方へと滑るように押し戻された。
(何とか防げた……。でもなんでここまで後退させられたの!?)
回避に振り切るまでは、【魔法防盾】で【炎球】を防いでも後退させられることはなかった。
「そうか!【風迅加速】を意識しすぎて、常に身体を軽くしすぎているんだわ!!」
【風迅加速】は身軽さと速度を得る代償に、自らの質量による「踏ん張り」を削ぎ落としてしまうという欠点にようやく気付く。
上級者であれば回避に成功した際、魔力制御で【風迅加速】をオフへと瞬時に切り替え、身体の重さを元に戻さなければ、わずかな爆風でも体勢を狂わされてしまう。
エルザは慣れない魔法戦技を多用するあまり、そこが疎かになっていた。
「やっと気づいたか……」
「!?」
クラウスは冷淡な表情で呟く。
「結局のところ……。たとえ防御に徹しようが、回避に徹しようが無駄だ……。ましてや。今まで【魔法防盾】に頼り切ってきたお前が、付け焼刃の【風迅加速】で攻撃を避けたところで……」
クラウスは非情にもエルザの未熟さを指摘する。
「防御・回避どちらを選んで敗けるかはお前が選べ……」
一度はエルザの成長に薄い笑みを浮かべたクラウスだったが、両手杖を右手で取り回し魔法の光球を周囲に発生させる。
闘技場―――ティファvsレオス
「っ!っ!」
(ほんとに!なんで片手のはずなのに剣撃の威力が落ちちょらんじゃないか!)
片手で振るわれているとは到底思えない大剣の剛撃が、木剣越しにティファの両腕へ容赦なく重低音のような衝撃を響かせる
受ける木剣から骨ごと砕かれそうな衝撃が伝わり、うちはギリッと歯を噛み締めながら耐え続ける。
「どうした!辛そうだなぁティファ!」
通常、大剣を片手で扱えば軸がぶれ、威力が減衰するか隙が生まれるはずだがレオスの場合は違う。
体幹の力と異常なまでの鍛えられた腕力によって、片手でありながら両手持ちと同等の破壊力と、攻撃スピードを両立させていた。
(うちの【二重影】は見抜かれて、速さの優位も殺された……! このまま力押しで削られたら、ジリ貧になる……!)
正直、正面からの力勝負では勝ち目が薄い。
額を伝う汗が目に入り、強い痛みが走り右目を一瞬瞑ってしまう。
「おらああぁぁぁ!!」
うちが片目を瞑った一瞬の隙を見逃さずレオスの強烈な一撃が上段から襲い掛かってくる。
「あっ!ぐっ!!」
うちは咄嗟に左手の木剣だけで防いだが、左手に走る衝撃が痛みとなり左手から握力を奪い、弾き落とされた木剣がガランッ、と乾いた音を立て武舞台の石畳に転がる。
レオスの追撃が来る前に、激痛に痺れる左腕を庇いながら、うちは後ろへ泥臭く転がり込んで距離を取る。
「いっ!」
(腕が痺れて力が入らん……!)
痛みと痺れが走る左手に視線を向ける。
(左手はしばらく使えん……。ふっ、思いがけずこれで「片手同士」になったっちゅうわけか……)
考えを巡らせている間、レオスの追撃を警戒するが、攻撃の気配が止まっていた。
うちは不思議に思いレオスの顔を窺う。
「どうした?この木剣拾ってもいいぜ。ほら、拾う間は離れててやる」
そう言ってレオスが石畳に転がる木剣から数歩後ろへ下がる。
「ま、その左手で持てれば……だけどな」
挑発と取れるレオスの行動に、うちは一瞬頭に血が上りかける。
「……。すぅ~、はぁ~……」
うちは一度完全に空気を吐き出し切ると、視界を覆っていた熱が急速に引き、冷静な思考を取り戻す。
目の前で余裕の笑みを浮かべるレオスは、確かに強い。圧倒的な腕力と経験による感性、そして一切の隙がない片手大剣。
(落ち着け。冷静に今うちができることを考えろ……)
うちは両目を瞑り強張った全身から一切の力を抜く。
「ん?なんだ、勝負を諦めたか?」
全身から力を抜き、自然体となったうちを見たレオスが首を傾げる。
うちはレオスの言葉に耳を傾けず、痛む左手で木剣の刀身をしっかりと挟み込み鞘に見立て、右手で柄を優しく握り込む。
膝を軽く緩めゆっくりと腰を落とし、いわゆる抜刀の構えを取った。
「なんだ……、あの構え……」
元の世界では珍しくもない構えだが、レオスの反応を見る限り、この異世界ではまだ見慣れないもののようだ。
(本来反りのある日本刀の特性を生かしたものじゃが……、両刃の木剣で果たしてできるか……)
うちは呼吸を深く整え、意識を極限まで研ぎ澄ます。
「見たことねぇが、構えるってことは降参じゃねぇってことだよな!」
そう言ってレオスも右手で大剣を構える。
(今この間合いから一気に疾走して一撃でレオス先輩の【決闘クリスタル】を砕く……。そのためには!)
(【韋駄天】と【風迅加速】を合わせる……融合させる想像……。そして、それを創造……)
うちは魔力循環で全身に魔力を行き渡らせる。
【韋駄天】の持つ直線的な爆発的加速と【風迅加速】の身体を極限まで軽くし流れるような速度を生み出す概念。
本来であれば性質の異なる2つの素早さ系統の技が、うちの体内を巡る魔力のなかでゆっくりと重なり、溶け合っていく。
「【雷属性】――【属性付加】!【風属性】!!」
うちは瞑っていた眼をカッと見開く。
「【紫電】【韋駄天】【迅】!!」
その瞬間うちの足元から弾けた雷光と疾風が重なり合い、爆風のような衝撃波が石畳を揺らし、隣でエルザとクラウスが戦闘の手を止め視線を向ける。
闘技場―――ティファ・エルザ側サポーター席
「なっ!属性の二重付加……!【属性付加】をなんでティファニアが使えるのよ!」
魔術科でも高等魔法戦技に分類される【属性付加】を剣術科のティファが使用したことにドーラが驚きの声を上げる。
「私は教えてない……」
隣でドーラと一緒に【決闘】を見守っていたアメリアもドーラと同じ反応を示す。
「これがティファ様の才能なんだ……。強い相手を目の前にするほど、窮地に立たされるほど自分で編み出した独自創造魔戦技を進化させていく……!」
アメリアが小さく呟く。
闘技場―――クラウス・レオス側サポーター席
「【属性付加】!?なんでティファちゃんがそんな高等魔法戦技を!!」
(誰かの入れ知恵……?いえ!そんなことより!)
ティファ・エルザ側の対面で【決闘】を観戦していたアシュリーも規格外のティファの成長・技の進化・発想に驚きを隠せずにいた。
「レオス!気を付けて!あの独自創造魔戦技、スピード系だろうけど前のモノと違う!!」
アシュリーは雷属性と風属性の融合からスピード重視の独自創造魔戦技だと判断し、サポーター席から大声を張りレオスに忠告する。
闘技場―――ティファvsレオス
「いいねぇ……。それでこそだ!ティファ!」
アシュリーの警告を背に受けながらも、レオスの瞳に宿るのは闘志の焔だった。
大剣を握る右手に限界以上の筋力を込め、雷光と疾風を纏う目の前の少女を迎え撃つべく踏み込む。
「この馬鹿!突っ込んだら危ないって言ってるでしょ!!」
猪突猛進ぶりのレオスにアシュリーの叫びが武舞台に響く。
「うるせぇ!いくら速くても気配を捉えて斬ればいいんだろうが!外野は黙ってみてろ!!」
アシュリーの制止を文字通り蹴り飛ばし、圧倒的な質量の刃に闘気を乗せて上段に構える。
対するティファの視界は、殺意すら消し去るほどの集中力で静寂に包まれていた。
雷の爆発的な「俊敏」と、風の摩擦をゼロにする「極限の軽さ」。
相反する二つの属性が絶妙な均衡で噛み合い、全身の細胞一つ一つが爆発的な鋭敏さを手に入れていた。
「【紫電】【高速一刀】―――」
「おおおぉぉぉ!!」
空気を切り裂く大剣の咆哮。
だが、その巨大な刃が到達するより早く、ティファの姿が消えていた。
「――【疾風】!!」
遅れて武舞台の石畳が爆ぜ、レオスの大剣が空を斬る。
「なっ……!?」
レオスの目が見開かれる。
気配を察知した時には、すでに雷光の残光がレオスの後方まで伸び、そこにティファの姿があった。
「レオス先輩……。うちの勝ちです!」
ティファは振り向きもせず、レオスに勝利を宣言した。
「どうやら……、そうみてぇだな」
レオスがそう言うと、胸元にある【決闘クリスタル】がカキンと甲高い音を立てて砕け散った。
ティファの放った一閃の抜刀術、【高速一刀】【疾風】はレオスの【決闘クリスタル】を正確に破壊していた。
「ティファニア・アッシュフィールド対レオス・エリオット……勝者は、ティファニア・アッシュフィールド!!」
静まり返っていた闘技場に、手元にあるレオスの【レゾナンス・クリスタル】が砕け散ったことを確認し、審判オーガストの判定の声が響き渡った。
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