〈第32話〉『【二重影】』
闘技場―――
「オラオラどうしたぁ!ティファ!」
レオスの怒号とともに、巨大な大剣の鉄槌が地を穿ち、豪快な響きと同時に土煙を巻き起こす。
うちはバックステップを踏みつつ、衝撃波とレオスの攻撃を躱し距離を取り続ける。
だが、レオスの行動はうちに休む隙など微塵も与えてはくれない。
いつ土煙を突き破り、その巨躯に似合わぬ速度で肉薄してくるかわからないからだ。
「おいおい。距離を取れば勝機があるとでも!?」
「?」
ニヤリと笑い、レオスは大剣の切っ先を石畳の隙間に深く突き立てた。
「ぬおおおぉぉぉらあああああ!!!」
レオスは咆哮と共に己の怪力と梃子の原理で武舞台の石畳を一枚強引に浮き上がらせた。
「近付いてこねぇなら! こっちのやり方でやらせてもらうぜ!!」
レオスは浮き上がらせた石板へ横一閃の打撃を叩き込む。
粉砕された石畳は無数の鋭い礫となり、弾丸の如くうちに押し寄せた。
「な、なんちゅう出鱈目な!そんなんありか!!」
回避不能と判断したうちは両手に魔力を集約させる。
「【高速二刀】【迅雷】【漣】!!」
視界を埋め尽くす礫の群れに対し、両手に展開した魔力を極限まで加速させて振り抜く。
雷光を纏った幾重もの斬撃が残像となって空を刻み、迫り来る石畳の破片をことごとく細密に切り刻んで粉砕していった。
鋭い衝撃音とパチパチと弾ける雷鳴が周囲に響き渡る。
だが、砕けた礫が巻き上げた砂塵の向こう側、そこには既に巨大な影が迫っていた。
「捉えたああああ!!」
礫の迎撃に意識を割かれていたその隙を見逃さず、レオスは土煙を突き破って躍り出ていた。
上段に振り上げられた大剣には、凶悪なまでの闘気が滾っている。
(くそっ……!)
こちらの攻撃終わりの硬直を正確に狙った一撃。
躱しきれないと判断したうちは、すぐさま両手の木剣を交差させ、大剣の極大打撃を真っ向から受け止める。
「ぐっ、つぅ……!!」
大剣を受け止めた瞬間、骨が軋むほどの重圧が両腕を襲う。
「そんな華奢な腕で俺の剣を何度も受け止めるのはつれぇだろ!」
レオスの言う通り、うちの腕への負担は剣を受け止める度ダメージが蓄積していっていた。
うちは受け止めた大剣を左へ受け流し、からだを一回転させ左手の木剣でレオスの首元に切りかかる。
レオスはうちの攻撃を体を屈めることであっさりと回避する。
うちは追撃で右手の木剣を振り上げ、レオス目がけて振り下ろす。
上段からの打ち下ろし寸前のところで、レオスは大剣の腹を覆いかぶせるように掲げ、強引に打撃を殺され、甲高い衝撃音が闘技場に響き渡る。
「ひゅ~。危ねぇ危ねぇ。今のはちょっとヒヤッとしたぜ!!」
そう口にしながらも、レオスの口元には余裕の笑みが浮かんだままだ。
追撃を防がれたうちは、これ以上の近接戦は危険と判断し、後方へ大きく跳んで距離を取った。
闘技場・観覧席―――
「ティファ……、押されてるね……」
学友であるエリノアが苦戦しているティファを見つめ心配そうに呟く。
「さ、さすが3英傑の”剛腕”で、ですね。た、単なる力任せではなく、あの大剣の取り回しが思った以上に速い……です!」
レオスの繰り出す圧力は、観覧席にいるシンシアにまで伝わってくるほど凶悪だ。
「……ティファの双剣は手数が……武器だけど……、あの大剣の重圧とリーチ……相手じゃ、生半可な……斬撃はガードの上から潰される……ね」
船を漕ぎながらもちゃんと観戦しているヴィオラのトロンとした眼差しが武舞台へ向けられたまま言葉を継ぐ。
「ティファ~……。頑張れ~……。うっぷ!」
覇気のない声援を送り、ミリアは口元を押さえて小さく肩を震わせた。
「食べ過ぎなのよミリィは!大体「力強い応援をしてあげないと!」とか言ってなかったっけ?」
「無理……。大きい声出したら、中身も出ちゃう……」
苦しむミリアの背中をシンシアが摩り介抱する傍らで、エリノアは呆れつつも再び眼下の武舞台へ視線を戻した。
「それにしても、今回の【決闘】、武舞台がボッコボコ……。っていうか、ファーガス何で項垂れてるの?」
エリノアは自分の隣で力なく項垂れているファーガスに声をかける。
「あ、あぁ、うん。後日あの武舞台修復するの、俺達商・技術科……なんだよね……。そのことを考えると……。武舞台の石畳って重いんだよ……」
「あ~……。そう……なんだ。なんというか、ご、ご愁傷様……」
絶望的な哀愁を漂わせるファーガスに、エリノアは引きつった笑顔で同情の言葉をかけるのだった。
闘技場―――
「はぁ……っ、はぁ……っ」
呼吸を整えつつ、うちは木剣を構え直す。
距離を取ったとはいえ、根本的な解決にはなっていない。
圧倒的な質量と間合いを誇る大剣。
それを力任せではなく、精密かつ強靭な体幹と技術で振り回してくるレオス相手では、安易な接近も遠距離での様子見も悪手だ。
「おいおい。距離を取ってばっかりじゃ面白みがないんじゃないか?」
レオスは大剣を肩に背負い、ニヤリと笑ってうちを煽ってくる。
「……」
正面からの力の押し合いは絶対に不可能。
かといってこのまま中途半端な距離を保っても、さっきのように石畳を砕いた礫が飛んでくるのがオチだ。
大剣の取り回しの難しい、レオスの最も嫌がる「懐の奥」へ飛び込みたい。
「大体、お前この日のために「新技」習得してきたんじゃねぇのかよ?それとも習得できずに終わったのか?」
「ん?「新技」?」
レオスの質問にうちは小首を傾げる。
「お前今日のために「新技」身に着けてきたんだろ?違うのか?」
レオスはうちの反応に拍子抜けしながら、肩に担いでいた大剣を降ろす。
「あ……」
「あ?」
「新技」という言葉を聞き、うちはようやくこの日のためにと習得した技の事を思い出す。
「あ、あはははっ……。完璧に忘れちょったわ……」
エルザの救援、レオスの怒涛の攻撃に、うちは技の存在を忘れていた。
うちは冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべ、気まずそうに目を泳がせる。
「……。お前、やっぱり俺のこと舐めてるだろ」
うちの言葉に青筋を立てたレオスが、若干苛立ちを露わにした。
「な、舐めてませんよ!ちょっと忘れちょっただけです!」
「それを世間一般的に舐めてるっていうんだよ!」
その巨躯からは想像もつかない踏み込み速度。
一瞬でうちとの間合いを詰めてきたレオスは、大剣を上段から斜め下へと鋭く振り下ろす。
「うわっとと!!」
うちは間一髪で体を捻り、間合いの外へ飛び退いた。
直後、さっきまでうちが立っていた場所の石畳が爆発したかのように弾け飛ぶ。
(ひぃ~、冗談抜きで怒っちょる……!)
体勢を立て直す中、レオスの苛立ちが空気を伝ってくる。
「まぁ、思い出したからには……「新技」のお披露目と行きましょうか!!」
うちは木剣を構え直し、魔力を脚に流し込む。
「どんな技を持ってきたか知らんが、どっからでもかかってこい!!」
レオスはうちの技を警戒し攻勢に出るのではなく、カウンターの態勢でうちを待ち構える。
「【紫電】【韋駄天】!」
うちは【韋駄天】で、レオスの間合いまで急加速する。
「それのどこが「新技」なんだよ!気でも触れて突っ込んでくるしかなくなったか!」
「新技」と言いながらも、いつもの超加速する【韋駄天】を見せられ、レオスは落胆しつつ激昂した。
「何を勘違いしちょるんです!こっからですよ!!」
【韋駄天】での超加速中、左右に最小限のステップを数回繰り返す。
するとうちの全身の輪郭がブレ、残像を発生させ、そこへ魔力を注ぎ込む。
「【紫電】【韋駄天】『【二重影】』!」
魔力を注がれた残像は、実体を持つ”影”となった。
生み出された実体を持つ“影”が、うちと完全に同期した動きで一方は左へ、もう一方は右へとレオスの視界を激しく揺さぶる。
「チッ!エルザと闘った時に見せた残像の類か!?だが、どちらにも気配がある!」
左右から同時に肉薄してくる2つの影。
どちらもまったく同じ速度、同じ威圧感、そして同じ気配を纏っている。
普通の残像なら視覚的な騙し絵に過ぎないが、魔力を注がれた残像は実体を伴っていた。
(ただの残像じゃない!足元から踏み込む重み、すべてが「本物」と同じ圧力を放ってくる!)
レオスは眼前に現れた2つの質量に一瞬思考を奪われた。
うちの【二重影】はレオスの研ぎ澄まされた剣士の優秀すぎる直感を狂わせることに成功していた。
「結局どっちかが本物なんだろ!だったら……!」
レオスは右側から迫るうちに狙いを定め、大剣を水平に構え、力任せの横一閃の薙ぎ払いを放ってくる。
「っ!」
(手応えが……ねぇ!はっ!本物は!)
レオスの攻撃を受けた”もう1人”のうちは、込められていた魔力を霧散させて消えていく。
それが”影”だったと気づいたレオスが左へと視線を向けた瞬間には、左から踏み込んだ本物のうちが、レオスの懐深くへと跳躍していた。
「ニブイチの選択を間違えるとは、レオス先輩には博打をさせられませんねぇ!!」
うちの右手の木剣が隙だらけになったレオスの【決闘クリスタル】目がけて突き出される。
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