〈第31話〉『届きましたよ!』
闘技場―――クラウス・レオス側
「やっほぉ~。首尾はどんな感じ?」
【2組決闘】がそれなりに進む中、ティファがエルザの助けへと割って入り、言い合いを終え再び互いが間合いを取り直していると、クラウスの背後からアシュリー・アーヴァインがまるで世間話でもするかのような軽快さで声をかけてきた。
「……。何をしていた?」
クラウスは低く鋭い声で問いかけつつも、前方で構えるエルザのわずかな動静すら見逃すまいと視線を一切逸らそうとしない。
「別に?早く来たってチマチマ魔法の応酬してるだけでしょ。だから、敢えてゆっくりコーヒーブレイクをさせてもらってたってわけ。でも、判断ミス……。もう面白い事あったみたいね。ざ~んねん」
アシュリーは口元に薄っすらと嘲笑を浮かべ、いかにも惜しんでいるかのように大袈裟に肩をすくめて見せる。
「あ、そうそう、知ってると思うけど。4公爵が来賓客に集まっているわよ」
「……」
来賓として4公爵が観覧席から見下ろしていることは、クラウスも重々承知していた。
クラウスはほんの一瞬だけエルザから視線を外し、高所に位置する豪華な来賓席へと冷ややかな眼差しを向けた。
「一応忠告。貴方を見ているのは生徒や教官達だけじゃない。……特にバートレットが見ているわよ……」
アシュリーは焚き付けるような口調を見せつつも、足元をすくわれないよう釘を刺す。
「それじゃ、私は後ろに下がるわ。頑張ってね」
アシュリーは軽やかな足取りで背を向けると、サポーター席へと歩み去っていった。
闘技場―――ティファ・エルザ側
「すぅ~……はぁ~…………っ!」
(積み重ねてきた努力は私を裏切らない。だから――私も、私自身を信じて立ち向かう!)
エルザは深く呼吸を整え”ティファのリボン”が結ばれた両手杖にぎゅっと両手の力を込め直した。
エルザの瞳から迷いは消え失せ、澄んだ強い意志を宿してまっすぐにクラウスを射抜いている。
エルザは両手杖を片手だけの巧みな手捌きで杖を取り回し、7つの光球を発生させ、その光球に【炎属性】のイメージを流し込むと、光球は揺らめく灼熱の熱気を纏い、一瞬で7つの【炎球】に変化させる。
対峙するクラウスもまた、一切の無駄なく同等以上の【炎球】を複数、自身の周囲へ同時に展開させ迎撃態勢を整えていた。
2人の間に生まれる密度の高い魔力が、静かに激突の瞬間を待つ。
「行きますわよ……。お兄様!」
エルザは両手杖を大きく振り上げ、気迫とともに勢いよく振り下ろし、その杖先がクラウスを指し示した瞬間、7つの【炎球】が一斉に焔の軌跡を描き標的へと放たれた。
7つの【炎球】は一直線でクラウスへと向かっていく。
迫り来る7つの【炎球】に対し、クラウスの表情には欠片の動揺すらなかった。
「結局変化もなしの一辺倒。一直線に攻撃してくるとは……、さっきと同じように沈めてやる」
クラウスが静かに呟くと同時に、彼の周囲に展開されていた【炎球】が一斉に撃ち出される。
無駄のない精密な軌道を描いた火球は、空気すら焦がす重厚な爆音とともに、正面からエルザの放った【炎球】と激突相殺した。
轟音と激しい熱風が闘技場全体へ吹き荒れ、お互いの視界一面を真っ白な爆煙が覆い尽くす。
「っ!」
しかし、立ち込める爆煙の奥に、新たな7つ、いやそれ以上の赤い光が揺らめいていた。
(連続展開のスピード、魔力の消費効率……先程より格段に上がっている。だが……)
「……狭範囲での弾幕補強……。そんなものでは俺には届かんぞ!」
爆煙を突き破り、次々と【炎球】が飛び出してくる。
クラウスは冷静に最短かつ最小限の【炎球】でエルザの【炎球】を放ち、迎撃して打ち払っていく。
だが、晴れ渡らぬ煙の合間――エルザの周囲には、途切れることなく新たな【炎球】が生成され続けていた。
(とにかく狭範囲で弾幕を張り続けて、隙を見て広範囲へ持ち込む!)
エルザは熾烈な【炎球】の応酬に歯を食いしばりながら、クラウスに一瞬の隙でも生まれまいかと凝視し、絶え間なく魔法を放ち続ける。
(綻びが……見えない!それでも打ち続けるしか!)
「!綻びが見えないなら!一か八か!」
何かを思いついたエルザは両手杖をひと回しし、勝負の一手に出る。
「【再創造】!【炎球】【形状変換】【炎の砲弾】!」
3つの【炎球】が合わさり上位魔法である【炎の砲弾】がクラウスの【炎球】の火力を上回る一撃が、一直線にクラウスへ向かっていく。
(よし!第一段階は突破!次は意識を広範囲に切り替えて……!)
膠着状態になっていた応酬を突破したがこれではクラウスの意表すら付けない。
ましてや、クラウスにも【魔法防盾】がある。
このチャンスを見逃せば次に何時チャンスが回ってくるかわからない。
エルザは必死に頭を回転させ、相手の裏をかく思いがけない一手を絞り出そうとしていた。
(突破されたか……。だがそんな単調な攻撃など……)
「【炎魔法】【炎の砲弾】!」
クラウスも杖をひと回しし、【炎の砲弾】を生成し、防御態勢に入るのではなく、相殺という一手を取った。
「ここ!」
【炎の砲弾】同士が衝突する直前エルザが叫び杖を振る。
「【再創造】【炎の砲弾】【形状変換】!【炎矢】!」
「――っ!?」
クラウスの思惑とは裏腹に、エルザは【炎の砲弾】を【形状変換】で9本の鋭利な【炎矢】に拡散・分裂、数本は【炎の砲弾】にかき消されるが、残った【炎矢】を制御しクラウスの魔法を躱し目の前まで迫る。
「っち!」
相殺を考えていたクラウスは、直前で【形状変換】した【炎矢】不本意にも【魔法防盾】を展開しエルザの攻撃を防ぐ。
先ほどまでの一直線な攻防とは打って変わり、大火力で中央突破した魔法が分散し数本の【炎矢】となり防盾の正面だけでなく、その防御範囲を大きく迂回するように曲線を描き、クラウスの死角や薄い側面へと一斉に群がり【炎矢】が襲い掛かる。
(巨大な一撃で弾幕を破り、続いて【形状変換】で【炎矢】に変え広範囲への変幻自在な【炎矢】での分散・拡散攻撃……!)
「見事な機転だな……。一泡吹かされた、というわけか」
クラウスはエルザの、魔法理論を熟知した一手を称賛しつつ、真正面からエルザの【炎矢】を【魔法防盾】で受けきる。
「私の魔法……。『届きましたよ!』お兄様!!」
エルザはこれまでの成果が実を結び、己の攻撃が届き尚且つ目標であるクラウスに防御させた事実が、今まで手の届かなかった存在への、反撃の一手となり得るのだと実感させ、内に喜びを芽生えさせていた。
闘技場・貴賓席―――
「……」
【2組決闘】」開始後から来賓で訪れた公爵家達は無言で双方の闘いを見届けている。
「いやぁ、見事!ここまで見応えのある【決闘】は初めてかもしれません……な」
青の公爵フェリックス・フローレンハーツが小さな声で呟く。
「そうですな。クラウス殿の攻勢そして、妹君の守勢になりながらも攻撃の手を緩めない姿勢。そこからの起死回生へと転ずる一手、さすが双方”赤色”の魔力を持った実力者ですな」
エルザとクラウスの魔法攻防に、クリスティアン・フェアクロフも感嘆の声を漏らす。
「ふっ……」
青の公爵フェリックスと白の公爵クリスティアンの評価を聞き、紫の公爵オスニエル・バートレットは2公爵を馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「何がおかしい、オスニエル!」
2人の称賛に冷水を浴びせられた格好となり、オスニエルの冷笑を聞き逃さずに橙の公爵コンラッド・エヴァ―レスが苦言を呈する。
「いや、なに。ランノック王国の公爵家とあろうお方達が、表面上の派手さだけに目を取られているのが少々、可笑しいと思いましてね……。こんな見応えのない魔法の応酬など」
オスニエルは他公爵が見せる評価をせせら笑う。
「なんですと……?」
青の公爵、フェリックスは椅子の膝掛に手を突き、横柄な態度に不快感の入り混じった表情を浮かべる。
オスニエルの挑発的な態度と、それに対する他公爵たちの不快感が真っ向から対立する。
「見応えがない……だと? 魔法の極致とも言える攻防を愚弄するつもりか!」
コンラッドが感情を露わにして身を乗り出すが、オスニエルは意に介した様子もなく、優雅に扇を優しく振ってみせる。
「古典的な魔法の打ち合いなど、過去の遺物に過ぎません。重要なのは――その背後でいかに効率よく、確実に勝利の布石を打っているか。派手な火炎や氷結に酔いしれているようでは、我がバートレット家の目利きには遠く及びませんよ」
「くっ……!」
言葉の裏に含まれた暗黙の蔑みに、フェリックスは苛立ちを隠すように深く息を吐き捨て、再び眼下の闘技場へと視線を戻す。
「それに比べ”真”に注目すべきはあちらでしょう……」
エルザvsクラウスには目もくれず、隣のティファvsレオスの一戦を凝視する。
その視線の先には己の速さを駆使し、目上のレオスを打ち負かそうとしているティファの姿があった。
「よくよく考えてみてはどうですか?すでに開花している才能の花などあとは枯れて散るだけ……。見るべきは今まさに芽吹かんとする蕾……その膨らみの中に潜む可能性だろう。貴公らにはその芽吹きすら見えぬのか」
オスニエルにそう言われ3公爵がティファとレオスに目を向ける。
「蕾が花咲く瞬間の爆発力はすさまじいぞ……」
オスニエル・バートレットの鋭い視線は、もはや魔術科同士の決着には向いていない。
その冷ややかな関心はただ一人、強敵を前に才能の蕾を綻ばせようとする少女へと注がれていた。
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