〈第29話〉『自分を裏切るな!』〈中編〉
闘技場・武舞台出入口—――【2組決闘】開始数分前
「……遅いのぅ」
うちは闘技場入口の壁に木剣2本を立てかけ、自身も壁に寄りかかり腕組をして空に目を向けると晴天で雲がゆっくりと流れていた。
「えぇ天気じゃ……。【決闘】日和っちゅうやつかの」
遠くから微かに聞こえる観客の喧騒をよそに、耳を澄ませば僅かな風に揺れ木剣同士が触れ合い乾いた音が響く。
空を見上げたまま静けさの中で、うちはそっと目を閉じ、じっと待ち人——エルザの訪れを待ち続けた。
「……。やっと来たか」
うちは閉じていた瞼を開くと、こちらへ向かって落ち着いた足取りで一直線に歩いてくるエルザの姿を見て、安堵から自然と微笑みが漏れる。
「ちょっと遅いんじゃないか?気後れしてまた部屋で泣いちょるかと思ったぞ」
うちはからかい気味に言葉をかけた。
「……泣くわけないでしょ、バカ!」
エルザは歩みを止め、からかってきたうちを睨みつけてくる。
睨まれたうちは、「悪い、悪い」と軽く謝罪した。
「気後れしていたわけじゃない……。今一度、お兄様と闘う覚悟を決めていただけよ」
そう真っ直ぐに言い放つエルザの瞳には、今までにない強い光が宿っているように感じた。
「そうか。それじゃもう準備万端で行けるな?」
うちは壁から離れ、立てかけていた2本の木剣を手に取り、エルザを見る。
「えぇ、当たり前よ!」
「よし!なら行くぞ!」
こちらの言葉に無言で力強く頷くエルザと肩を並べ2人は、対戦者クラウスとレオスが待ち受ける武舞台へ足を踏み出した。
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闘技場観客席入り口―――
朝食後、ティファと別れたミリア、エリノア、ヴィオラ、シンシアは観客席入り口前で、Gクラス商・技術科に所属するティファとミリアのもう1人の幼馴染ファーガス・ベルナップと合流する。
「ね、ねぇ。入口……なんだか物々しくない?うっぷ……」
口元を抑えオドオドとした様子で周囲を見回すミリアの言葉に、武装した衛兵が数名で入口に立っている状況に「確かにそうね……」とエリノアが答え、いつもと違った雰囲気を一同が感じていた。
「い、いつもなら、あ、あんなに念入りに生徒の所持品を確認するこ、ことなんてないですし……」
恐々とするシンシアの横で、ミリアは自分の腹部をさすりながら青い顔で呟いた。
「うぅ……もしお腹の中まで調べられたら、食べ過ぎて吐きそうなのバレちゃう……」
「誰もそこまで確認しないし、ティファが居なくなってからもお代わりしてたのが悪いんでしょうが。というか、バカなこと言ってないでシャキッとしなさいよ」
そう言ってエリノアが呆れたように溜め息をついた。
「……。噂……だけど……」
朝起きて結構な時間が経っているはずだが、未だに眠そうにしているヴィオラが欠伸を噛み殺し、話に割って入ってきた。
「今回の……この【2組決闘】……。他…領からの公爵様方が……観覧……に……来てるんだって……」
と、トロンとした目のまま、途切れ途切れにヴィオラが聞いた噂を話す。
「え!他の領の公爵家が来てるの!?うっぷっ……」
ヴィオラの噂話を聞き驚いた反動で込み上げてくるものを必死に抑えるミリアを他所に、エリノア、シンシア、ファーガスは「それでこの警備か」と納得していた。
「確かに国内でも注目度の高い対戦カードの【決闘】だけど、公爵家がこぞって見に来るって珍しくない?」
「そうねぇ。他領の【決闘】なんて普段は無関心のはずなんだけど……」
ファーガスの疑問に、エリノアが顎に手を添えながら答える。
「まぁ、いつまでもここに居ても仕方ないわ。とにかく闘技場に入りましょ」
思考を切り替えたエリノアが皆を促す。
「そ、それも、そう、ですね。中に入れば何かわかるかもしれませんし」
「……。それはいいんだけど……。ミリィ絶対吐かないでね……?」
よろよろとシンシアに寄りかかるミリアに、ヴィオラが釘を刺す。
そして、一同は警備の衛兵に所持品を提示し、緊張した面持ちで静かに闘技場の中へと足を踏み入れた。
一歩観客席に立ち入ると、普段とは違う熱気と異様な圧迫感が客席を包み込んでいた。
⚔⚔
闘技場・貴賓席―――
【決闘】開始の数十分前。
クロフォード学園校長のアレクシス・クロフォードが来賓で訪れる4公爵の到着を貴賓室の入り口で待ち受けていた。
しばらくすると、護衛の騎士を数名伴い、煌びやかな装飾が施された服飾を纏った橙の公爵コンラッド・エヴァーレス、青の公爵フェリックス・フローレンハーツそして白の公爵クリスティアン・フェアクロフが雑談をしながら姿を現す。
「待っておりましたぞエヴァーレス公、フローレンハーツ公、フェアクロフ公。お久しぶりですな」
国政から退き顔合わせをすることの少なくなった各公爵にアレクシスが笑顔で出迎える。
「おぉ!お久しぶりですなクロフォード公!」
フェリックスは親しげにアレクシスへと一番に歩み寄り握手交わす。
「お久しぶりでございます。クロフォード公。ご壮健そうで何より」
白髪で髭を蓄えどの公爵家より一番老齢なクリスティアンもアレクシスと握手を交わし「フェアクロフ公もご壮健で……」と言葉を返した。
「エヴァーレス公、久しぶり……だな」
「久しぶり!?エヴァーレス公!?俺たちの間柄でそのような呼び方をするな!それと、アレクシス!貴様、国政を引退して身軽になっているなら!もっと我が領に顔を出さんか!」
口調の荒いコンラッドはアレクシスに詰め寄り、握手ではなく豪快にハグをする。
「おいおい、コンラッド。悪いとは思っているが落ち着け。私は国政から早くに退いたが、お前のことはいまだに友だと思っている」
アレクシスは片手をコンラッドの背に回し諭すように軽くポンポンと叩く。
その2人のやり取りをフェリックスとクリスティアンが微笑ましく見守る。
「時にこれでもう全員揃ったのですか?バートレット公はもう中に?」
「いえ、バートレット公はまだお見えになられてないですな。お三方は遠慮なく貴賓室へお入りください」
アレクシスはコンラッドから離れ、貴賓室の扉を開き部屋の中へ通す。
「【決闘】の観戦は抜け駆けのように早くに手を挙げた分際で当日の到着は一番遅いとは舐めた奴よな!」
「本人の目の前ではないとしても言葉使いには気を付けてくれ」
コンラッドの憤りを宥めながら貴賓室に入るようアレクシスが促す。
3公爵を貴賓室内に通した後、アレクシスは再び扉の前で最後の1人を待ち続ける。
貴賓室から先に付いた3公爵の会話が聞こえる中、【決闘】開始ほぼギリギリになり、紫の公爵オスニエル・バートレットが悠々と歩み寄ってくる。
「お久しぶりですな。バートレット公」
「久しいな、アレクシス。変わりはないようだ」
横柄な態度を取るオスニエルは握手を求め差し出されたアレクシスの手を無視し、貴賓室の扉へ向かう。
「他の公爵家はもう着いているのか……」
「はい。バートレット公より早く。貴方が最後ですよ」
アレクシスは敢えて皮肉を込めて一番遅かったとオスニエルに返答した。
オスニエルはそれさえ無視し自ら貴賓室の扉を開き入室する。
豪華に装飾された貴賓席に、先に到着していた3公爵が座っていたが、扉が開いた瞬間一同の視線がオスニエルへ一斉に向けられた。
オスニエルが姿を現した瞬間、貴賓室内の空気が変わった。
「……」
オスニエルは先に待っていた3公爵を一瞥するだけで、無言で空いている席に腰を降ろす。
「最後に来た分際で我らに挨拶もなしとは……。これが紫の公爵の礼儀か」
コンラッドが自分達を見下しているオスニエルに対し苦言を吐き捨てるが、オスニエルはそれすらも意に介さなかった。
オスニエルが着席したことを確認したアレクシスは外の扉の両脇に衛兵を2名、室内の両脇に同じく2名を待機させ残ったオスニエルの隣の貴賓席に腰掛ける。
そして、アレクシスを含む公爵家が揃い、貴賓席には、【決闘】とは別の考えられないほどの重苦しい緊張感が漂っていた。
「一つ聞いておきたいのだが、クロフォード公。クラウス殿の【決闘】の勝利条件に変更はないのですな?」
顔すら、視線すら武舞台に向けたまま、オスニエルは横に居るアレクシスに問いかける。
「今のところ変更申請はありませんな。今のところはですが」
オスニエルに対しアレクシスが簡潔に答えを返す。
「そうか、そうですか。なら、クラウス殿には”ぜひ”とも勝っていただかなくては」
(オスニエル……。クラウスが勝てば優秀な娘たちを自領へ引き抜け、万が一敗北したとしても公爵家の恥として国政で批判の標的にできる。さらに勝利条件を変更したとしても、クラウスの誇りを非難する口実ができるというわけか……。この男にとっては、どの転び方をしようと利しかないという事か。オスニエル……何処までもクロフォード家を敵視するか!)
オスニエルの不敵な笑みに、貴賓室の緊張感が一段と高まる。
その思惑に勘づき、一方的な因縁に憤りを覚えるアレクシスだったが、いよいよ始まる【2組決闘】を前に3公爵と共に表情を硬くし、鋭い視線を武舞台へと注いだ。
だが、オスニエルただ一人だけはどこか冷酷な笑みを浮かべ、薄暗い眼光で武舞台を見下ろしていた。
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