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異世界剣聖記  作者: 深村美奈緒


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〈第28話〉『自分を裏切るな!』〈前編〉

 聖皇歴513年―――クロフォード公爵邸・中庭


 低木が庭師の手によって美しく整えられた庭園に、クロフォード家の家紋である、”ライオット・ローズ”(獅子を抱く薔薇)の名が示す通り、その象徴である深紅のバラがそこかしこに咲き誇っている。

 その中央に置かれたテーブルに腰掛け、風に乗ったバラの香りを感じつつ優雅にお茶を嗜む1人の女性がいた。


 「あら、エルザ。どうしたの?」

 庭園に姿を見せた我が子に、イリーナ・クロフォードは優しい微笑みを向ける。

 自身の存在に気づいてもらえたエルザは、嬉しそうな笑顔で母イリーナの元へと駆け寄った。


 「お母様、今日の体調はよろしいのですか?」

 温かく受け入れてくれる病弱な母にぎゅっと抱きつき、イリーナと手を重ねた際に感じた冷たさに、エルザは心配そうにその顔を見上げる。


 「えぇ。今日は大分良いみたい。エルザは?クラウス……お兄様に追いつきたいという気持ちは分かるけど無茶をしたら駄目よ?」

 抱きついてきたエルザの頭を愛おしそうに撫でながらイリーナが言い聞かせる。


 「はい……」

 イリーナの優しさに、7歳時測定の儀において【測定の(メジャーメント・)腕輪】(バングル)により、”色無し”という最底辺の立場に置かれ追いやられている現実。

 この母という温もりの中にいる時だけは忘れ、エルザは母イリーナの優しさに甘え、深く身を委ねる。


 「エルザ……。1つ貴女に覚えておいてほしいことがあるの……」

 エルザの頭を撫でる手を止めずイリーナが空いた片方の手で、自己修練により痛々しく傷ついているエルザの手をそっと包み込み、語り始めた。

 その言葉に「覚えていてほしいこと?」とエルザは首を傾げ、イリーナの顔を見上げる。


 「貴女を今のような状況に置いてしまったこと……クラウスと同じように産んであげられなくてごめんなさい」

 頭を撫でる手を止めず、愛娘の手を握りしめたまま、イリーナは胸を痛めて謝罪する。

 最強の魔力を持つ兄と、最弱の魔力しか持たなかった妹。

 2人に大きな格差をつけて産んでしまった罪悪感が、病身の母の心を締め付けていた。

 申し訳なさと自責の念で揺れる母の言葉に、エルザは一瞬目を丸くした。


 「お母様……どうして謝るのですか?」

 重ねられた母の手の冷たさを確かめるように、エルザは傷だらけで痛む小さな両手でイリーナの手をぎゅっと包み返す。

 

 「私は……お母様の子として生まれてこられて、とっても幸せです!」

 最弱の魔力、”色無し”の落ちこぼれとされながら、屋敷の人々の冷たい視線や、天才である兄クラウスと比較される屈辱。

 7歳という幼い身にはあまりに重い現実がのしかかっていたが、母の与えてくれる無償の愛と温もりだけは本物だと感じていた。


 「魔力がなくても、たとえ”色無し”と言われ才能がなくても……お母様がこうして頭を撫でてくださるから、私、頑張れるんです。だから……自分を責めないでください!」

 そう真っ直ぐに目尻に涙を浮かべ自分を見つめ返してくるエルザの瞳に、イリーナは息をのむ。

 生まれながらに与えられた過酷な境遇に置かれながらも、誰を恨むこともなく、ただ母を気遣い前を向こうとする健気な愛娘。

 その愛しさに、イリーナの頬を静かに涙が伝い落ちた。


 「エルザ……ありがとう。強い子ね、貴女は……」

 イリーナはエルザを優しく抱きしめ、その耳元で静かに、けれど強く語りかけた。


 「ここからが貴女に覚えてほしい事よ、エルザ。世界の誰もが貴女を否定しようと、たとえこの家紋(ライオット・ローズ)と爵家の名が貴女を縛ろうとも……貴女の努力と、その優しい心だけは、誰にも奪えない貴女だけの誇りよ」

 「私の誇り……?」

 エルザはイリーナの”誇り”という言葉に小首をかしげる。


 「えぇ、そうよ。貴女が積み上げてきた努力はエルザを裏切らない。だから”今まで努力してきた自分を裏切ってはダメ”。自分を諦めない限り、貴女の魔法はいつかどんな運命、困難だって打ち砕ける」

 母の温かい腕の中で、エルザはその言葉を胸の奥深くに強く刻み込んだ。


⚔


 クロフォード学園―――学生食堂・一般喫食席【決闘】当日


 「あ~む!ん~っ!美味しい!」

 緊張感が漂う【2組決闘】(タッグ・デュエル)当日。

 ミリアはスープの旨味をたっぷり吸い込んだパンを大きな口で頬張り、幸せそうに頬を緩ませていた。

 同席している幼馴染のティファ、その同寮で同部屋の剣術科エリノアとヴィオラ、そして魔術科D組のシンシアは、【決闘】を控えたティファを差し置いて、いつもとはあきらかに多すぎる食事量(トレー2つ分)を平らげていくミリアに対し、ティファ以外の3人は引きつった表情を浮かべている。


 「あ、あの……ミリィ……。【決闘】を控えてるのはティファ……よね?」

 エリノアは見慣れた光景かのように、平常通り食事を続けるティファに視線を送る。

 

 「うん! でもね、ティファが全力を出せるように、まずは私がしっかり腹ごしらえをして、観覧席から力強い応援をしてあげないとでしょ!」

 ミリアは口元に付いたパンくずを拭うことも忘れ、そう言いながら満面の笑みで胸を張り食事を続ける。

 

 ミリアの言う理屈に「ま、まぁ言いたいことは分かったわ……」としつつも、ミリアの無邪気な様子に、【決闘】前のピリピリとヒリついたテーブルの雰囲気がふっと和らいだ。


 「あ、ドーラ!アメリア!」

 朝食の乗ったトレーを持ち、席を探しているドーラとアメリアの姿に気付き、ミリアが手を振って呼び寄せる。

 

 「お……はよう」

 「おはようございます」

 ぞんざいに挨拶をするドーラとは対照的に、礼儀正しく会釈をしてアメリアが挨拶をしてくる。

 その2人に対してティファ達も挨拶を返し、ドーラとアメリアは空いている隣の席へ腰を降ろし、朝食を食べ始める。


 「エルの姿が見えんけど、どうした?」

 【決闘】前の朝食の席でエルザの姿がないことに気付き、ティファは顔には出さないものの内心の心配を隠しつつ同室のドーラ達に問いかける。


 「時間まで精神統一をするから朝食はいらないとおっしゃっていました」

 ティファの隣に腰を降ろしたアメリアが問いに答える。


 「勝負前に朝食を抜くとか、本番で力が出んじゃろうが……、ったく」

 アメリアの返答を聞いたティファは朝食を抜くエルザに、つい小言が出てしまう。


 「エルザはアンタと違って繊細なのよ。ていうか……」

 ドーラはティファの隣で2人分に近い量を頬張り平らげているミリアに視線を向ける。

 

 「ん?ミリィはミリィでこれが平常運転じゃから気にするな」

 ドーラに答えながらティファがミリアの口元に付いているパン屑を取り自然に自分の口に運ぶ。


 「ありがと!」

 ミリアは嬉しそうにティファにお礼を言い、何も言わずにその行為をしたティファに対し周りのエリノア達は(母親かよ!)と内心突っ込みを入れるのだった。

 

 「さて、【決闘】の準備もあるし、うちは先に行くわ」

 いつの間にか誰よりも先に朝食を食べ終わっていたティファは食器の乗ったトレーを持って席を立ちあがった。


 「今日の【2組決闘】のサポーターは私とアメリアが付くから……その、が、頑張りなさいよ」

 素直に応援できないドーラを見たアメリアがクスリと微笑む。


 「私達も今回は観客席から応援してるから頑張ってね!」

 ミリア達も、先に食堂を出て行こうとするティファの背中に声援を送る。


 「おぅ!任せちょけ!全力でぶつかって下剋上起こしてきちゃる!」

 学友達の声援に振り向きざまに親指を立てて見せたティファは、力強い言葉を残して食堂を後にした。


 (エルザの様子も見に行ってやりたいが……精神統一しちょるんじゃったら野暮……か)

 エルザが心配で途中で部屋に寄ろうと考えたが、邪魔をしても悪いと思い直し素直に自室に戻り【決闘】の準備をすることにしたのだった。

いつも稚拙な文章にブックマーク、いいね!ありがとうございます。

更新頻度が遅いですが執筆の励みになっております。

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