消火
石虎は衛が放り投げる雪の塊の中に火傷した左足を突っ込んだ。手でも雪を掬って火傷を冷やす。
張は取り乱していたが、杜がうまく火を消し、火傷に同じく雪を載せてやっている。
「誰か怪しい奴を見たか?」石虎が少し落ち着いたのか、低く言う。衛はせっせと雪を掬いながら、頭を振る。ようやく火勢が治まり、衛はほっとすると顔を伝う汗に気づき、外套の袖で拭き取った。体全体の重さを感じ、下に引っ張られるように座り込んでしまう。
「俺はずっとここにいた。怪しい奴など見ているわけがない」杜がぽつりと言い、あまりしゃべらない杜の声に石虎がそちらを見た。「そうだよな」と答えて、石虎が斜め上を睨む。
衛は、張や杜のことはほとんど知らないので信用しているわけではないが、この火事に関しては信じられる。だが、監禁されているあの4人が火をつけた、というのもすぐには飲み込めない。
火薬が開発されて既に数百年は経つ。だが今だにごく一部の利用にとどまっている。軍部などが狼煙や火箭に使用しているが、狼煙はともかく火箭は国軍しか扱っていない。辺境で知られるはずはなかった。|衛も瓶の中身が何かはわかっていない。武器にもなりうるものだという認識でしかない。そういうものを白や蘇順が知っているどころか、所持しているとは思えない。阿珠は辺境の人間ではないが、張の話だと庶民の子供には違いなさそうだし、ここまで連行されて、ずっと秘匿していたとも考えにくい。
王都から来たと言うだけだが、一番考えられるのはやはり碧天か。特に所持品を改めたわけではなかったから、持っていたとしても不思議はない。ただ、碧天が捕まったのは、彼女にとっては想定外のはずだ。なのに武器ともなるものを持っていた?それを言えば、医療道具を持っていたのも、おかしいのか。
石虎が雪から立ち上がり、土間に置いてあった内刃の剣を取る。鞘に入れて立てかけてあったが、鞘から抜き出すと、鞘を放りだし、大股に家から出ていく。
その歩き方が特に問題なさそうなので、少し安心し、衛は火が完全に消えたかどうか、確認するために板敷の上を凝視した。「おい、あいつ放っておいていいのか」杜は眉根を寄せて言う。「普通に歩いていたから、火傷は大丈夫でしょう」衛は焦げた毛布を土間に投げ、他の焼けた物を土間にまとめようと考える。
「いや」杜が何かを言いかけ、すると石虎が怒鳴る声が聞こえてきた。続いて金属がなる音がする。杜は素早く戸口へ走る。衛がそれにつられるように戸口を見たとき、どん、と大きな衝撃音が響く。
戸口の内側に立って外を見ると杜の傍に行くと、向かいの家の壁に二人の人間がもたれかかっているのが見えた。石虎が壁を背にしており、それを押さえつける用意して、碧天が立っている。
周囲に怪しい人間がいないか見に行ったわけではなかったのか。牢に行き、碧天を連れ出したのか、と思った。だが、立ち位置がおかしい。
すると、二人が見ている前で、碧天が体を沈めるようにして、石虎の顎に頭を当てた。石虎の後頭部が壁にぶつかり、体から力が抜けたのがわかった。碧天が立ち上がった。石虎の体がずるずると地面に崩れ落ちた。




