戦闘2
鉄筆は武器ではない。だから打ち込む個所は選ぶ必要があった。
これが刃物であれば、体のどこだろうと一定の傷を負わせることができる。だが、鉄筆は切れないし、硬いが重さもないし、長さもない。腹部に当ててもあまり効果はないだろう。
まず効果的に打ち込むためには、相手の体は固定する必要がある。地面に倒すか、壁に押し付けるかだ。それからなるべく体の薄いところ、脂肪や筋肉などに阻まれず、相手に痛手を与えるには細い箇所がいい。
もっとも効果的なのは首だろうが、冬の寒さのために首元は外套や襟巻で守られている。足首は革の長靴で覆われている。
手は手袋をはめている場合もあるが、長靴ほどの堅さはない。手甲が手首まで保護していても、布か革製であることがほとんどだ。軍隊なら金属製の小手を付けることもあるが。そしてどんな手袋や手甲でも、所詮手の内側は保護しきれない。
碧天の鉄筆に、何かが砕ける音が伝わった。
石虎の顔が歪み、口から声が漏れる。その声に、家の中にいる白や蘇順も一瞬ぎょっとした。
外で一体何が起きているのか不安だったが、碧天は扉は蘇順と阿珠の二人で閉め、碧天が呼ぶまで開けないように言い含めていたため我慢した。
家から飛び出てきたのは衛だ。
衛は火を消すのに懸命になっていた。火薬が投げ込まれたときには衛自身は家の外、戸口の傍にいて、一番遠い位置にいた。
火薬の瓶は、窓枠に当たって、板敷の上り框の上に落ちた。
板敷の上には酒瓶と、茶碗、夕食の残り、毛布が散乱していた。一番奥に、しっかり毛布を巻き付けて杜が眠っていたが、火が付いた時には即座に反応し、毛布をかなぐり捨てた。
板敷の中央付近に張、その隣、戸口側に石虎が眠っていた。瓶が落ちた位置は石虎のほうが近かったが、酔って寝ているのは同じでも、起きるのは石虎が速かった。
石虎の足の近くに火が付いたこともあるのだろう。張は石虎とは逆の向きに寝ており、頭の毛に火が付いた。
汲み置きの水などない。水が必要なら、火で雪を溶かすのが辺境のやり方だ。雪が積もればいくらでも手に入るのだから、水をそのまま溜めておくことなどしない。溜めて置いたところで下手をすれば凍ってしまうのだから、意味がない。
消火するなら雪をかけていくしかない。
土間には、雪かき用に一本だけ雪べらが立てかけてある。それを慌てて掴み、雪を掬って火に投げつける。張が叫び声をあげ、杜が毛布を張の頭の火に叩きつける。
「いったいどうした?!」石虎が衛に向かって怒鳴る。
火薬が投げ込まれたのは、誰も目にしていない。衛も見てはいない。ただ、窓枠に瓶が当たった音は聞いている。その音に気付いて、振り返ったら、板敷の上に小さな瓶が落ちていて、その口に火が吸い込まれた。次の瞬間、炎が瓶の破片を吹き飛ばしたのだ。
衛自身にもその破片がいくつか飛んだが、幸い外套に守られて怪我はなかった。呆然としているうちに、煙が立ち始め、石虎たちに火がついた時点で、我に返った。石虎に聞かれてもまだ混乱していてまともに答えられない。あの瓶がどこから来たのかは知らないし、まともに答えを考えられる状態ではなかったのだ。「お前が火をつけたんじゃないな?!」と噛みつくように言われ、何度も首を振るしかなかった。




