6. 暴走
イルカのレレが運河上で止まった。そこで西を向いて身体を振っている。そこまで来れば彼が何を言いたいのか分かった。学院外徒歩5分程の距離にある南公園で、ファイアーボールが無差別に飛んでいるんだ。
「注意しろ。ファイアーボールが着弾すれば少なくない火傷を負う」
「はい!」
既に修道兵が数人公園に来て暴漢を拘束しようとしていたが、魔法に阻まれて近づけない様だった。学生相当の年齢の男が、ファイアーボールを次々と放っていた。頭の中で大体の手順を思い描く。
ゼファー王子を一目見て言う。
「行きます」
「援護は?」
「危なそうならお願いします」
「分かった」
男がファイアーボールを放った段階で走り出す。4歩の間に相手が右手の先にファイアーボールを作るから、そこに小さなアイスボールを放り込む。打ち出そうとした瞬間にその中心を討ちぬかれたファイアーボールは相手の手元で爆発した。
「うがぁっ」
男は興奮している様だ。身体を左右に回してファイアーボールの暴発で服に延焼した炎を消すと、再び私に向けてファイアーボールを作った。そこにまた小さなアイスボールを放り込む。するとまた相手の手元で爆発する。
「があっ」
興奮している男はひるまず、また身体を振って延焼を消すと、またファイアーボールを作ろうとするが、今度は私より近くにいた修道兵が男に抱きついてそのまま押し倒した。
「がぁっ!放せ!」
じたばた暴れる男に修道兵が次々と取り付き、ひっくり返して俯せに寝かした。
呪文を口に出来ない様に猿轡を噛ませられた男はまだ暴れ続けていた。
ゼファー王子とその従者と共に、アレッサンドロ・マリーネ司教とその部下らしきローブ姿の男達がやって来た。
マリーノ司教が口を開いた。
「ご協力ありがとうございます。出来ましたら、今の魔法の使い方をご教示いただけると有難いのですが?」
「大した事はやっていません。ファイアーボール系の火魔法は火の中心部に発熱する魔法の中心となる場所があって、そこを中心に炎を保持する力場が発生していると聞くので、そこにこちらの魔法を送り込めば崩壊する、そういう理屈です」
「なるほど、そういう理屈ですか」
ゼファー王子が続けた。
「それは一般の魔法使いでは出来ない事だな」
それはそうだ。こちらが圧縮して小さく纏めた水魔法が、相手の手元の火魔法の強さに負ければ相手を妨害する事が出来ない。魔法を高密度に圧縮する事、そして相手の手元での魔力の密度にそれが勝っている事、その条件下でしか使えない。
「いずれにせよ、ご協力いただいた事で事件が大きくなる事を防げました。ありがとうございます」
「はい。レレも焦っていましたが、今は平静の様ですね」
「見ずとも分かりますか?」
「だって、穏やかに泳いでいるじゃないですか」
「それを見ずに分かりますか」
「あ…何となく感じるんです」
マリーノ司教も、ゼファー王子も含み笑いをしている。怖い…
仕方なく、私は話題を変える事にした。
「その、この事件、何が原因なんですか?」
「それは今調べています」
マリーノ司教は、俯せにされた犯人の首筋に手をかざしているローブの人物に視線を移した。
その人物は立ち上がってマリーノ司教に報告した。
「脳の興奮状態、魔法器官の加熱、神経系の加熱から、いわゆる『魔力増強剤』が使われた様です」
「と、言う事です。お二人はご存じで?」
「いえ、私は知らないです」
ゼファー王子は答えた。
「一時的に魔力を強めるが、増強薬というより過放出薬と聞いている」
「仰る通りです。魔力は普通、魔法器官の出力、脳のコントロール能力、そして本人の魔力伝達系の能力から制限されていますが、この薬で魔法器官のリミッターを外し、神経系の伝達を強めます。実際には脳から魔法器官、神経系が使い物にならなくなります」
マリーノ司教が私を見るけれど、本当に知らない。田舎の貧乏人の平民がそんな薬を買う余裕など無い。というか、平民の過半数は魔法を使えない。すると…
「本来の働きと俗称が異なるのが問題なのですか?」
「仰る通りです。ここでは毎年、制限された魔法戦を行い、各生徒の優劣を競います。ですから、上位貴族では結果を出す事が求められます。それで、こういう物に手を出す輩が後を絶たないのです」
「魔法師として使い物にならなくなるのですよね?そんな物に何故手を出すのですか?」
「もちろん、売る方がそれを言わないからですよ」
「え、それだと詐欺…いえ、毒を盛る様な事なのですね?」
「ええ。手を出したら終わりです。だから言葉巧みに使わせ、破滅させる」
「物が物だけに大々的に警告も出来ないのですね…」
「それでも手を出す者は絶えないですからね」
魔法の強さがステイタスになる場所だから、当然ブースターはある筈ですが。




