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沙羅夢幻想 — 影と祈りの境界で —  作者: 梨藍
地上編 【閑話休題】
122/126

月と桜と太陽と:中編

「翠琉、いけません……もう、会ってはなりません」


何度目だっただろうか……


ユエと由貴と会っていることが、とうとう白銀に知られてしまった。


心のどこかで、判っていた。きっと、白銀には反対されてしまうだろうと……


だけど、実際に反対されると、どうしようもなく悲しくて。


—— どうしても、ユエと由貴と会えなくなることが辛くて……


「白銀、お願いだ……」

「いいえ、翠琉……あなたが傷付くだけです」


だけど、どんなに言い募っても、白銀は絶対に首を縦には振ってくれなくて。


そっと、ユエが前に出た。


「令従≪ここに来たことを忘れること。翠琉がユエと瑞智由貴に会っていることを見逃しなさい≫」


ユエがそう言った瞬間、白銀の目が虚ろになり、そのままその場から消えてしまった。


不思議そうに見る私と由貴に、微笑を浮かべてユエは言う。


「ボクの力だよ。……ボクの声には、力が宿っているの。だからね……いつでも、どこでも力を持ってしまわないように、トリガーを……きっかけになる言葉を決めたんだよ」


それが、“令従”という言葉なのだと、教えてくれた。


「何故、私には効かないんだ?」


それは、純粋な疑問だった。そんな私に、ユエは嫌な顔一つせず、応えてくれた。


「純粋に、翠琉……キミの方が強いからだよ。ボクの力は、ボクより強い人には通用しないから」


—— でも……


と、ユエは続ける。


「きっと、心が弱っているときに、ボクが力を使えば、絶対支配は無理だけど、ちょっとした命令なら出来ると思うよ……翠琉に使うことは、死んでもあり得ないけど」


もしも、万が一にも使うことがあるとすれば、それは守るためだと言ってくれた。


私の、心の支えだった。


三日に一度は最初の頃だけで、一週間に一度になってはしまっていたが……だけど、それでも、私にはこの時間が救いだった。


ちなみに、もう一人の私の式神……水比奈は、私がここで過ごせるように、力を貸してくれた。


ただ、一緒に花を眺めて


時には星を掴もうと手を伸ばした


私が竜笛を吹いて、その音に合わせて


春には桜の花びらと


夏には蛍と


秋には紅葉と


冬には降り積もる雪と


くるくる、くるくる、ユエと雪が月明かりの下、楽しそうに、舞うように私の周りを回る。


—— 春のある日……桜を眺めながら、由貴がポツリと言った。


「なんかさ、翠琉って桜みたいだよなあ」


意味が判らない。こんなにも綺麗なものと、私と……何がどう似通っているというのか。


「うーーん、なんとなく……?」


「ボクも、そう思うよ。桜は儚い……なんて言われているけど、でも……そこにどっしりと構えて、何年も、何十年もそこで見守ってくれているんだよ……花が咲いている瞬間も好きだけど、ボクは、桜の木そのものが、とても愛おしい……」


言いながら、目の前で咲き誇る樹齢100年以上は誇るであろう桜の樹にそっと頬を寄せる。


「……桜の木も、喜んでいる」


私がそう言えば、ユエは苦笑を零した。


「翠琉、キミのことでもあるんだよ?……力が強くて、祓師としてのキミしか評価していない……その、外見の美しさにしか目がいかない愚か者しかいないようだけど、でもね……」


—— 桜は、目に見えて美しい花だけではく、何年も……何十年も、ただ静かに佇むように見守る桜の本質も美しいように……


「どんな環境であっても、真っすぐにいるその心根が、翠琉の本質で……本当に美しいと、ボクは思う」

「ユエは、相変わらず、難しいこと言うなあ……まあ、結局はさ、僕もユエも、翠琉のこと、好きだよ!!」


—— 良いのだろうか?


私も、この気持に応えても……


だけど、どうしても、その勇気が出ない。


応えたくても、言葉が見つからなくて……


「僕達、ずぅーーーーっと、友だちでいようね!」


そう言って笑う由貴は、太陽そのもので。


「とも、だち……」


口の中で反芻する。それは、今まで全く縁がなかったもの


—— これからも、一生縁がないと思っていたモノだった


「ふふ、そうだね……ボク達、ずぅっと一緒だよ。来年も、再来年も、その次も、またその次の次の春も……ずっと、ずぅっと、一緒だよ」


言いながら、ユエが優しく私と由貴を抱き寄せた。


「いいの、だろうか……」

「もちろん、当たり前でしょう?」

「ユエも、翠琉も、大切な友だちだよ!」


—— まるで、夢のような幸せな日々……


そう、やはり、夢だったのだ……


夢の終わりは、由貴が12歳を迎えた年の夏……突然訪れた。


「ユエ……今、なんて……?」


信じられなかった。信じたく、なかった。


「もう、きっと会えなくなる……由貴の力が、強まってる。直に、ボクよりうんと強くなってしまう」

「そんなッ……僕、何にもしてないよ?そんな力、欲しくないよッ……だって、会えなくなっちゃうんでしょう?」


どこか、別の場所でユエと由貴が話しているような錯覚に陥る。


「ボクも、嫌だ……寂しいよ。だけど……これは、由貴……あなたを守る為なんだ……」


きっと、ユエ自身判っていた。


言っていることが矛盾していることに……


元々、由貴の呪力はとてつもなく強い。だけど、幾重にもかけられた封印によって由貴自身すら、そのことに気が付いてなかった。


だから、私もユエも、由貴に会いたいと願いつつも、絶対に、“こちら側”に来ることは願わなかった。


—— 闇と……破魔と係わってほしくはなかった……


だけど、徐々に、……本当に、少しずつ、その封印が綻んできていた。


そして、ついにこの間、その封印の一部が完全に破壊された。


つまり、由貴が“こちら側”にじわり、じわりと引きずり込まれていることを意味していた。


力が強くなるということは、ユエの力が及ばなくなるということ。


それは、私と係わっていることを……この、夜の逢瀬を昼間も思い出してしまうということ。


—— 本当に…‥


矛盾だらけの、とても身勝手な願いだ。


関わってほしくないと願いながら、こうして夜に会うことを止められない。


力が顕現すれば、否が応でも係わらざるをえなくなるというのに、夜に会うことを止めることで、なるべく“破魔の業”との係わりを遠ざけたい。


「そうだね。こんな馬鹿げた茶番は、そろそろお終いにしようか」


ここで聞こえてはならない人の声に、私は振り返り、そして目を疑った。


そこに佇んていたのは、真耶だった。後ろには、顔に札を貼られ、同じ黒装束に身を包んだ部隊……滅罰部隊がずらりと並んでいる。


そのある一点で、私の視線は止まった。


白銀と水比奈が特殊な鎖で縛り上げられて、跪かされている。


「白銀!!……水比奈ッ……真耶、どうして!!」


守衣に身を包んだ真耶は、ただ優しく微笑んでいるだけ。……なのに、それがどうしようもなく恐ろしい。


「翠琉、選ばせてあげる……そこのバケモノに誑かされたわけではないよね?」

「バケ、モノ……?」


意味が、判らない。“バケモノ”は、私のことだ。

私以外、“バケモノ”はいないはずなのに、真耶は穏やかな声音で残酷な事実を突きつける。


「いるじゃないか、そこに……白髪に銀灰色の瞳は、純闇属性の……穢れた闇、妖と同族だよ?」


「お前、いきなり現れて失礼だぞ!!」


由貴が反論する。


「ああ……可哀そうに。何も知らない少年まで洗脳しようと?」

「ちが、……違う!真耶、違うんだッ」


必死に言い募ることしか、出来なかった。


「まずは、“一般人”に退場願おうか」


スッと真耶が手を挙げると、滅罰部隊のうち一人がスッと動いてそのまま由貴の耳元で何事か囁けば、まるでカラクリ人形の糸が解けたように、その場に由貴の身体が崩れ落ちた。


「由貴ッ……」


—— 滅罰部隊……


それは、下位精霊、もしくは下位の付喪神に、仮の身体との式神契約を強制的に結ばせることで神羅の暗部を担う傀儡集団のことだ。処刑などもこの部隊が行う。


つまり、そういうことなのだろう……夜、勝手に抜け出した私が、処刑されるのだ。


そう思って覚悟を決めて目を瞑っていると、何故か温もりに包まれた。


真耶に抱き締められているのだと気が付いた時には、既にユエも白銀と水比奈と同様に、鎖で捕らえられていて。


「ユエッ……」


手を伸ばしかかった私の手を留めるように、真耶がそっと握りしめてきた。


「翠琉、言ったよな?……選ばせてあげるって……」


そっと、耳元で囁かれる。


「翠琉は、このバケモノの油断を誘い、祓う為に近付いた……そうだよね?」


—— 違う!!!


そう、叫びたかったのに、声を上げようと振り返った瞬間、真耶に口を塞がれてしまって、それは言葉にならなかった。


「もしも、違うというのなら……」


—— この、バケモノに誑かされてしまったといのなら……


「主の愚行を止めることも出来ないような、無能な式神は……必要ないよね?」


言いながら、視線で促す先にいるのは、白銀と水比奈。


「や、……止めてくれ……私が、悪かったから……」


真耶に気付かれていないと……夜、抜け出していることに気付いていないと、何故思ってしまったのか。


何故、見逃してくれているのだ……だなんて、思ってしまったのか。


真耶は、気付いていたのだ。許してくれてなんかいなかったのだと、改めて思い知らされる。


「…‥やれ」


真耶の言葉に応えるように、白銀と水比奈が鞭で打ち据えられる。


「真耶ッ……お願いだからッ……」


「なら、翠琉……翠琉の口から、ちゃんと言って?……そこのバケモノを捕縛……駆除するために……こうやって、隙をつくことが出来た……」


口が裂けても、そんなこと言いたくはなかった。


“バケモノ”ではないと、言ってくれた。

“ともだち”なのだと、言ってくれた。


「それとも、やはり、唆されたのか?」


それは、違うと叫びたかった。


唯一の家族なのだ。

私にとって、白銀と水比奈はかけがえのない存在で。


「令従≪この鎖を解き、自ら滅せよ≫」


誰も、予想していなかったことが起こった。

ユエが、力を使ったのだ。ユエの言葉に誘われるように、滅罰部隊がユエの拘束を解いたと同時に、その場から搔き消えた。


そのままユエがそっと私の傍まで音もなく移動してきて、真耶から私を奪い去る様に抱き寄せた。


「ユエッ……何を、……早く、逃げろッ」


私には、選べない。でも、とにかくユエには逃げて欲しくて……

必死に言い募る私を安心させるように微笑んで、ユエはそっと私の耳元で囁いた。


「令従≪ボクの存在を否定して。ボクのことを祓うように言うんだ≫」


嫌だッ……絶対に、そんなことはしない。


そう、心に決めたはずなのに……


—― トン……


ユエが、私を突き放すと同時に、別の滅罰部隊がユエを再度拘束する。更に、口を封じるように猿轡を嵌めた。


「油断も隙もないな。……翠琉を、闇の中へ道連れにするつもりだったのか?」


―― 違うッ……


ユエは、闇なんかじゃないッ……そう、否定したいのに。


「翠琉、最後だよ……翠琉は、このバケモノの油断を誘ったのか……それとも、誑かされたのか」


「私は、油断を誘うために近付いた。祓うべき、忌まわしい存在だ」


(いやだ!!言いたくない、違うッ!!!)


どんなに心の中で叫んでも、出てくる言葉は意に反するものばかりで。


ふと、ユエの言葉が脳裏に浮かんだ。


『きっと、心が弱っているときに、僕が力を使えば、絶対支配は無理だけど、ちょっとした命令なら出来ると思うよ』


こういう、ことだったのか……と、判ったところで後の祭りだ。


「確実に、捕縛するために…‥この、闇に堕ちた存在を祓うために近付いた」


違う、闇なんかじゃない。ユエは、その闇の中で優しく光る月の様な存在だと、心の中で叫んだところで誰にも届かなくて。


「流石だね、翠琉……いいんだよ、それで……翠琉は、俺のモノなんだから……」


言いながら、首筋をきくつ吸われる。


「ま、や……待ってッ……いや、だ……ユエッ……」


(翠琉、これはボクが預かっておくから……いつか、ちゃんと、由貴と二人で取りに来てね?)


ユエの声が、頭の中に直接響く感覚に、ハッとする。ユエは、ひどいことを言った私に、優しい微笑みを浮かべていて。


―― そして……


滅罰部隊に、ユエは消滅させられたのは、一瞬の出来事だった。


私は、ただ、涙を流すことしかできなくて。


その涙すら、真耶に吸い取られてしまって。


―― だけど……


仕方がないのだ、私は真耶のものなのだから……勝手なことをしてしまった私が悪いのだから。


「大丈夫。翠琉……翠琉は、バケモノなんかじゃないよ。俺が傍にいる限り」


そっと、そう、耳元で囁かれた時、月は雲に隠されてしまっていた。


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