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沙羅夢幻想 — 影と祈りの境界で —  作者: 梨藍
地上編 【閑話休題】
121/127

月と桜と太陽と:前編

一緒に花を眺めて


一緒に星を掴もうとして


一緒に笑って……


―― そうして、幾つもの季節を過ごして……


だけど、美しいと感じていた景色は、哀しい景色に変わってしまう


―― 私が、変えてしまった……



―― 翠琉・独白 ——



それは、本当に偶然だった。


私には、二人の兄様がいる。たった二人の、血の繋がった家族だ。


―― だけど……


私は、どうしようもないくらい、憎まれて、嫌われている。


―― 当たり前だ……


私が、母様を守れなかった。

私が、兄様方から、全てを奪った……


それでも、構わないと思った。


憎まれて、嫌われても……だから、兄様方が闇に囚われることなく、陽の当たる場所にいることができるのなら、それでいいと、思っていた。


会えないことは判っていた。

会わないと……決めていた。


だけど、どうしても……遠くからでもいいから、一目、ご無事なお姿を確認したくて……真耶にはもちろん、白銀にすら秘密にして、こっそり、お会いしに行った。


お会いしに行ったと言っても、一方的にだ。遠くからでもいい……ご友人方と笑って、陽の当たる場所で人としての生活を営まれている……そのお姿を拝見できるだけで、ホッとした。


頑張る理由を……もらった気がしていた。


でも、それでも……どうしようもなく、恋しくなる時があって……


ある日、大怪我をした。いつもならば特異体質で直ぐに治るので、治療も何もないが、この時ばかりは起き上がれないくらい損傷してしまっていた。


内臓まで抉られた上、顔の半分も、火傷の様に爛れて……流石の私でも、完治するまでには3日は掛かるだろうと言われていた。


私が祓師としてのお務めが果たせない間は、白銀と水比奈がその任に就くことになった。


夜になって、自分の身体ではないくらい、熱を孕んでいることに気が付いた。息をするのも辛くて……白銀と水比奈を呼んでも、そこに居るはずがなくて……


―― たす、けて……


本当に、今思えばどうかしている。


心の中に浮かんだのは、兄様方だった。


あれだけ、苦しめたのに

あれだけ、傷付けたのに


―― 助けを求める資格などありはしないと、判っていたのに……


でも、気付けばいつも兄様方のお姿を拝見するために訪れる神社の境内に来ていて。


だけど、そこから一歩も動くことができなくて……


『俺を兄だなんて呼ぶな!! 』


憎しみを込めた眼差しと共に、そんな、嫌悪感を隠そうともしない忌々し気に言い捨てる声に縛られるように動けなくなった。


また、拒絶されたら……


もし、私が接触することで、破魔の業を背負うことになってしまったら……


爛れた顔よりも、抉られた腹の傷口よりも、胸が痛くて……


「どうしたの?泣いてるの……?」


そんな声と共に、私の顔を覗き込んで来る子どもの存在に驚いて、私は思わず後退る。とんだ失態だ。まさか、こんな至近距離まで近付くことを許してしまうだなんて。


しかも、泣いているだなんて……あるわけがない。


目を真っ赤にした子どもに言われても、悔しいだけだった。

だから、刺のある声で言い返した。


「泣いているのは、お前の方だろう」


睨みつけてそう言い返したのに、全く意に返さない様に……むしろ、目線が合って、目を見開いた。大きな目が、零れ落ちそうだと思った。


「ひどい怪我!!痛いよね……どうしよう……」

「触るな!!!こんなの、どうってことない。痛くなんか、ない……」


伸ばされた手を、思いっきり払いのける。その衝撃で、全身に痛みが走るが、悟られたくなくて、ただ、睨みつけた。


―― その時……


ふわりと、何もいなかったはずの空間に、一人の少女が現れた。私も、子どもも驚いて声が出ない。だけど、とても……とても綺麗に、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて、私と子どもをまとめて抱き締めてた。


初対面のはずなのに、どうしても拒むことが出来なくて。


白髪に銀灰色の瞳を持つその少女は、弾む声で私と子どもに言う。


「ボクの名まえはユエ……ずっと、……ずっと会いたかったよ……」


―― やっと会えたね……


「ねえ、キミ達のお名まえ……教えて?」


「僕の名まえは、瑞智 由貴だよ!」


「……バケモノ……と、呼ばれている」


実際、私はウソを吐いたつもりはなかった。


事実、白銀、水比奈、そして真耶以外からは「バケモノ」と、呼ばれていたから……


だけど、由貴は真っ向から言い放った。


「違うよ。どこからどう見ても、ただの女の子だよ!」


すかさず、頷いて微笑みを向けてくれたのは、ユエだった。


「そうだね……翠琉はどこからどう見ても、ただ可愛い女の子だよ。だから、お名まえを教えて?」


その言葉に、どこか違和感を覚えたが……私は、その時は気付くことが出来なかった。その違和感の正体に気が付いたのは、随分と経ってからのことだった。私は、まだ名を名乗っていないのに、何故かユエは私の名まえを知っていたのだ。


だけど、初めて人から望まれたことが嬉しくて……私は、その違和感にそっと蓋をして自分の名を口にした。


「神羅 翠琉だ……」


「すいる、だね!ぼく、覚えたよ!!」

「もちろん、ボクも覚えたよ?」


そして、私たちは色々な話しをした。専ら、由貴がずっと話していて、私とユエが聞いていただけだったが……何だか、ずっと昔から知り合いだったような錯覚に陥っていた。


「……そうか、御祖母様が身罷られたのか……」

「みまかいる???」


私が言えば、不思議そうに不思議な言葉を由貴が言う。


「身罷られた……亡くなられたということだ……それは、辛いな……」


思わず、母様の最期を思い出してしまい、ぎゅっと拳を握りしめた。


「うん……でもね、ぼくね……」


そこまで言うと、それまで楽しそうにしていたのが噓のようにウルウルと涙ぐむ。本当に、由貴という少女は泣き虫だな……だなんて気持を込めてユエを見れば、ユエも同じ気持ちだったらしく、苦笑を浮かべていた。


「どうしたんだ?」


先を促す様にそう尋ねると、由貴は大粒の涙を零しながら言った。


「お姉ちゃんに、嫌われちゃったあああああ」


そんな由貴の言葉に、私は思わず目を見開いた。


『俺を兄だなんて呼ぶな!!』


少しだけ上昇していた気持ちが、どん底まで落ちていくような感覚に襲われる。


落ち込んでしまった私と由貴を見て、ユエが優しく、諭すように言葉を紡ぐ。


「あのね、きっと……目に見えているものだけが全てでは、ないんじゃないんだよ。人はね……言葉があるからこそ、不自由なの。だって、“言葉”があるせいで、全部判ったつもりになってしまうでしょう?」


―― でもね……


「きっと、言葉だけじゃないと思うの……その時、その言葉を言った相手の顔を、ちゃんと見た?心は別のところにあったりするものなんだよ」


それを聞いて、由貴は素直に頷いた。私も、ある意味、素直に……ストンと理解した。


―― ああ……


もしも、言葉ではなく、表情に、視線に隠された感情があるのだとするのなら、間違いなく兄様方にこの世で最も蔑むべ棄損罪は私であると、表情が、視線が……雄弁に騙っていたのだから。


「……でも……」

「由貴!!どこにいるの!!?」


言い淀む由貴の声に被さる様に、必死な声が神社の階下から聞こえて来る。


「あ、お姉ちゃんの声だ!」

「ほら、ね?」


ユラが微笑を浮かべて言う。迎えが来て良かった……はずなのに、何故か、私はとても寂しくなって。


―― そして……


とても、恥ずかしくなった。私なんかと、同じはずがないのに……なんで、少しでも“同じ”だと……家族がいないのだと思ってしまったのか。


「ねえ、またユエと翠琉に会える?」


伺うように聞いて来る由貴に、私は答えられなかった。

会いたい……また、一緒に話したい……そう、思ってしまう自分が嫌で仕方がなかった。


だって、私と“縁を持つ”ということは……私が、この綺麗な二人を穢してしまうことになるのではないかと思うと、すごく怖くなった。


そんな私の気持が何故かユエにはバレてしまったらしい。


そっと私の肩に手を添えると、由貴に微笑んで言う。


「もちろんだよ」


「じゃあ、これ……約束の証だよ!今度会うとき、返してね!」


そう言いながら、由貴はユラの首に自分の首にかけていた赤い勾玉を掛ける。


「いいの?大切なお守りなんでしょう?」

「今度会った時、返してね!ほら、会う理由が出来たでしょ?」

「それって、とってもステキだね!」


何のてらいもなく話す2人が、何だかとても眩しくて……とても、羨ましくて……


「じゃあ、次に会った時は、ボクから翠琉に渡したらいいんだね」

「うん!そうしたら、また次の次も、そのまた次も、会う約束が出来るね!」


二人の会話が信じられなかった。


「ま、て……私は、バケモノで……」


そこまでしか、言えなかった。まるで、私の言葉を遮るように、傷が痛まない様に、ユエはそっと優しく爛れていない方の頬に手を添えてくれて、由貴はしっかりと私の手を両手で握りしめてくれたのだ。


「言ったでしょう?翠琉は、ステキな女の子だよ?」

「そうだよ!!ただの、女の子だよッ!!!」


そう口々に言ってくれることが、どれほどの奇跡なのか……二人は、気が付いているのだろうか。実の兄にすら“バケモノ”だと忌み嫌われたというのに……そんな、私の“人”だと言ってくれる。


そのことが、どれくらい私にとって奇跡に等しいことなのか。


「……だけど、ごめんね?由貴……これは、由貴の為なんだ」


茫然と私がしていると、不意にユエがそう言った。


「令従≪今夜、ここで起きたことの一切をあの鳥居をくぐった瞬間、忘れること。だけど、あなたは三日後の夜……此誰にも内緒で此処に訪れる。そして、あの鳥居を再度くぐった時、全てを思い出しなさい≫」


その言葉に反応するように、一瞬由貴が虚ろになる。


「ユエ、今のは……」

「やっぱり、私よりも力が強い翠琉には効かなかったみたいだね……」


ポツリと呟くように言う。


「じゃあ、またね!!」


何事もなかったかのように由貴は立ち上がると、そのまま一度もこちらを振り返ることなく走り去って行った。


「ユエ、説明してくれるか?」

「ごめんね?翠琉……もう、時間がないから……」


ユエの言葉のとおり、段々とユエの身体が透けていく。


「ボクの言葉には力が宿るんだよ。トリガーは“令従”。翠琉も、由貴のことを巻き込みたくないし、お兄さんたちに、ここに来ていることを知られたくないでしょう?また、三日後、会おうね?絶対だよ!!」


言うなり、ユエもその場から消えてしまった。


ポツンと一人残されたけれど、全然寂しくなくて。


――― これが、私たちの内緒の時間の始まりだった。


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