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沙羅夢幻想 — 影と祈りの境界で —  作者: 梨藍
地上編 第十一章【偽られた真実】
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「翠琉、目が覚めたか?」


安心させるように頭を優しく撫でながら微笑めば、寝ぼけ眼が緋岐に向いた。


一時して、自分の置かれている状況に気が付いたのだろう、ハッとすると慌てて身体を起こす。


「申し訳ございません、一人……眠ってしまい……」


手櫛で髪を整えながら、心底申し訳なさそうにそこまで言うと、翠琉はとある一点で目を留めた。


「……え?」


その視線の先の存在に気が付いて驚きの声をあげたのは、槃だ。


その声に導かれるように、全員の視線が翠琉の隣……厳密に言うと斜め上に集まる。


翠琉はふわりと微笑むと、まるで、そこに誰かいるかのように手を伸ばした。


「心配、してくれたのか……ありがとう……」


「ちょおおおっと待ったああああああ!!!見えるのか?そいつがッ!!?」


それまでの重たい空気を切り裂くように、槃がバンと家具調こたつに手を付いてから勢いよく立ち上がる。


「ば、………ばばばば、槃ちゃん?」


驚いたように声を掛けるのは由貴だ。


が、今はそれどころではない。


「コイツが!!!視えてるのか!!?マジで!!?」


翠琉の斜め上に誰かいるかのように……


そして、誰かの肩に手を置くようにして槃が詰め寄れば、翠琉は目を見開いたままゆっくりと頷く。


「ああ……精霊がいる……ん?違う?……想いの残滓なのか……?」


目には見えない何かと会話をしているようなのだが、事態についていけない。


「……翠琉は、誰と話してるんだ?」


努めて冷静に緋岐が尋ねると、翠琉はゆっくりと一度緋岐を振り返り、そしてハッとして周囲を見渡す。


(しまった……)


完全に、油断していた。

気が緩んでいたのだ。


『いいですか?翠琉……人の世で生きる為には、彼らの存在は無視しなければなりません。人以外の生き物と意思疎通が出来ると知られたら、異端扱いされてしまう……』


白銀から、そう、何度もきつく言い聞かされていたというのに。


神羅の屋敷に身を寄せた当初、無視することが出来ず、つい“彼ら”と話してしまうことがよくあった。


その場面に出くわした者達は、一様に気味の悪いものを見る様な、視線を向けながら“バケモノ”だと罵った。


(ここに居るのも、ここまでか……)


一人、静かに覚悟を決めていたのだが、槃はそんな空気を敢えて読まずにぐいぐい詰め寄る。


「視えてるんだよな!?コイツが!!しかも、話せるのか!!?俺の女神と!!!」

「え!?槃ちゃんの妄想の彼女じゃなかったのか!!?」

「ちげーよ!!いるよ、ここに!!メチャクチャ美人なのが!!!」


驚きを隠せないのは由貴と蕎、それに加えて緋岐、紗貴、将に蘭子だ。


閑話休題。

槃はモテる。クォーターという付加価値をどけても、その整った容姿に高いコミュニケーション能力有しているが故に、想いを寄せる少女は後を絶たない。


告白した少女たちは一様に玉砕しているのに……だ。


『俺には、もう最愛の女神がいるから、ごめんな!!』


それが、お決まりの断り文句だ。

だが、そんな女性の影も形も見えない。


だからこそ、天元突破したコミュニケーション能力も相俟って「もしかしたら私かも」と勘違いする被害者が続出しているのだ。


「断るための方便じゃなかったのか……」


とは、蘭子の本音である。


「ちげえしッ!!!」


間髪入れずに槃がツッコミを入れる。

槃にとっては、死活問題だ。

生まれた時からずっと隣にいる守護霊。


声を聴くことはもちろん、言葉を交わすことすら出来ないが、それでも愛しくて仕方がない存在だ。声は聞こえないし、言葉を交わすことも出来ないが、何故か意志疎通だけは出来た。なんとなく、何が言いたいのかを察知することは可能だった。


自分以外の誰にも見えないのだと判った時から、その存在の事を他の人に話すこと止めた。


誰に理解されなくても、自分が知っていればいいのだと割り切っていたのだ。


—— だというのに……


「頼む!!視えてて、会話も出来るなら、名まえ!!名まえを教えて欲しい!!」


ずっと願っていた。

ずっと呼びたかった。


だけど、呼ぶ名が判らなくて……それなら、自分で付けてしまおうかと考えたこともあったが、それは何だか違う気がして……結局、名まえは判らずじまいだ。


槃のあまりにも必死なその様子に、翠琉は驚いたまま浅く頷くと、その精霊がいるであろう方向に改めて視線を向ける。


「……そうか、お前も伝えたかったのか……」

「もったいぶるなよ!!」


槃そっちのけでどうやら会話をしているらしい翠琉と精霊に焦れた槃が、急かす様に割り込む。


「……羅睺(らこう)と、いうらしい……」


その時だった。


この場に居合わせた全員のチャンネルが、カチリと合う音がしたかと思うと、次の瞬間、耳から3対の羽が生えている、銀髪に碧眼・蒼眼のオッドアイの 美しい存在が顕現したのだった。


「キレイ……」


そう呟いたのは、誰だろう?


「え!?みんな視えてるのか!?羅睺が!!っていうか、羅睺っていうのかッ……やっと、名まえを呼べた……」


言いながら、万感の想いを込めて槃はそっと羅睺を抱き締める。


「……こりゃ、たまげたわい……」


何があっても眉一つ動かさず、動じることのない正宗ですら、余りの光景に口をあんぐり開けたままだ。


「どうして、突然……」


将が茫然と呟けば、璃庵がため息交じりに説明する。


真名(まな)を知り、そこに“在る”ことを認識したからでしょう……」


そっけない説明に、納得がいったような、腑に落ちないような……だがしかし、考えることが出来たのはそこまでだった。


「|I'm truly grateful《心からの感謝を》!!」

言いながら、何と槃が翠琉の頬にキスを贈ったのだ。


「ばあぁあああああぁぁあああああんッッッ!!!!!!」


緋岐が間髪入れずに、何かが爆発した効果音のように名を叫びながらグイッと隣から翠琉を引き寄せると、ポケットから出したハンカチで翠琉の頬を優しくしかし、しっかりと汚れをふき取る様にコシコシこする。


「穢すなッ!!!移るッ!!!」

「バイキン扱いかよッ!!?」


「ラッコみたいな名まえだな」

「勝手に海洋生物にするな!!」


由貴の声に更に槃がツッコミを入れる。


と、喧騒を他所に思案に耽っていた蘭子が、抱いた疑問を口にした。


「そういえば……無洞窟で緋岐(ヘタレ)と再会した時、そこの虎が槃の隣を凝視していたが……視えてたのか?」


その爆弾発言に、シーンと場が鎮まる。

注目を浴びても動じないのが璃庵だ。


「はい。私も精霊の端くれ……同族が視えない道理がありません」


微笑を浮かべて世間話のように、悪びれもせずにそう宣ったのだ。


「おまッ……まさか、会話も出来るのか!?」

「同種同士、会話が成り立たない訳がないでしょう?」


常識だろうと言わんばかりにため息交じりに槃に答える。


「視えるとか、話せるとかッ!!!なんで、言わねえんだよッ!!!」

「聞かれませんでしたので……」


堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。


「俺が、どれだけ待ちわびてたと思ってるんだよッ!!言えよ!!視えてたんならッ!!!」

「尋ねられませんでしたので」

「だから!!ここに居ますね、くらい言えよなッ!!!何だよ、このニコニコヘラヘラわらってばっかで、クラゲみたいな虎はッ!!!もうお前なんか、タイガークラゲだ!!この無体ガー!!!」


瑞智家の居間に、槃の叫び声が響き渡ったのだった。


※※※※※


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