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沙羅夢幻想 — 影と祈りの境界で —  作者: 梨藍
地上編 第十一章【偽られた真実】
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遠い遠い……悠久の時を経ても尚辿り着けない。

そんな神話の御代。

離れた故郷を思い、自らに責を科した一族があった。


その一族の後継が“破魔一族”である。


そんな破魔一族から更に枝分かれしたと思われる……今まで、“人の道から外れた存在”だと認識されていた“忌部一族”が、破魔一族と同じ信念を掲げていたと言われて、信じられるだろうか。


だが、璃庵は淡々と、静かに続ける。


「あなた方は、本当にただの人が“妖”に同じ人を堕とすことが可能だと、本気で思っているのですか?」


その問い掛けに対する答えは、誰も持たない。


「全て、本人の意志です。勿論、言葉巧みに陥れることは出来るでしょう。でも……あなた方が仰られているような……術によって人を妖にすることなど出来るわけがない」


そう言いながら、そっと心の中で「否」と付け加える。


—— あの者らならば、人を巧みに誘導し、扇動し……堕とすことも可能だろうな……


だが、今ではない。

明らかにすることは出来ない……“知る”ということは、少なからず“縁”が出来るということ。


—— まだ……縁を持つべきではない


対抗できるほど、強くはない……


——そう、真の敵……それは……


記憶の奥底で、嫣然と微笑む厄災そのモノに焦がれにも似た殺意が迸る。


そんな璃庵を引き戻したのは、槃の真っすぐな……切羽詰まった声音だった。


「でもッ……確かに、俺たちが相対した奴らッ……忌部の奴らは、闇に染まった」


槃が言い募るように声をあげれば、紗貴が静かに頷いた。


「翠琉ちゃんも言っていたわ。須慈っていう大男の中に閉じ込められている魂が“助けて”って叫んでるって……」


『何人、喰らった?』


確かに、翠琉はそう投げかけていた。


だが、璃庵が二人の言葉に緩く首を横に振る。


「食事として魂を喰らったのなら、何故、体内に存在し続けることが可能なのですか?」


逆に問われて、その場に居合わせた面々はハッとする。


「つまり……エネルギーに変換されとるんやったら、声が聞こえとること事態があり得へんいうことやな?」


蕎が確認するように言えば、璃庵は静かに頷いた。


「その通りです……」


『血が薄れれば、力も弱まりましょう』

『この世界が憎い。どうしようもなく……だけど、大兄や珠美姫さまが守りたかった世界だから……』

『どうせ待つんなら、少しでも役に立ちたいしな!!』

『きっと、我らは“自我”を失ってしまうでしょうけれど……』

『そうですね。きっと……私達の中に残るのは、“大兄”への思慕だけ……でしょう……』


彼らとの、最期の会話が脳裏を過る。


「闇堕ちをした魂は、消滅させるほか手立てがない……と、言われていることは、皆さまご存じですね?」


その璃庵の言葉に、皆が頷く。

闇に囚われた魂には段階がある。


闇憑きと呼ばれる段階ならば、まだ魂が染まり切っていないので祓うことが出来るが、闇堕ちまでしてしまうと、魂が闇と一体化してしまい、一般的にはもう消滅することでしか救われることはないと言われている。


「その、消滅を待つしかない魂を救済していたのが、祈部一族です」


十月十日の間に、世界に落とされた闇堕ちしてしまった魂を集めて、体内に溜め込む。それを、百ん年の月日をかけて浄化し、自然に還元する。


永い時、闇に犯され続けた 祈部一族の者たちは、その存在意義を忘れて尚、役割を果たしていたのだ。


「……つまり……狩神は……誰も、闇堕ちなんてさせてないし……ましてや人殺しなんて……していない、と……?」


周が震える声でそう呟く様に言う。


「もしも、罪なき者を闇に堕としていた……その一端を担っていたのだとしたら、翠琉自身がとうの昔に闇堕ちしていたことでしょう」


闇堕ちどころか、最強の祓師として立つことが出来ている。


「それこそが、何よりも答えになると思いますが……?」


責めるでもなく、蔑むでもなく、ただ淡々と事実を告げる璃庵に、全員が息を呑んだ。


「それじゃあ……狩神はッ……」


震える声でそう呟いた紗貴の言葉に璃庵は頷きながらゆっくりと口を開く。


「消滅するしかなかった魂を救っていたに過ぎません」


「ふざけんなよ……」


それは、思わず零れ落ちた鋭の本音だった。


「……じゃあ……父さんは、悪いことなんか……何一つ……」


翠琉も、バケモノだ、忌み子だと蔑まれる謂れは、何一つ……


頭を鈍器で殴られたような、そんな衝撃が緋岐を襲う。

正宗も、桜もこれには言葉を失っていた。

砂霧ですら、いつもは開いているのか閉じているのか判らない細い目を目いっぱい見開いている。


居合わせた誰にとっても、それは、衝撃の事実以外の、何ものでもなかった。


「緋岐くん……」


思考の坩堝に溺れかかった緋岐を救い上げたのは、紗貴の呼ぶ声と、手に添えられた温もりだった。


不安に揺れる瞳を安心させるように頷いたつもりだったが、緋岐はそれどころではない。


この場に居合わせた誰もが、“忌部”と“狩神”の明らかにされた真実に衝撃を受けていたが、緋岐は更に気が付いたことがあった。


—— 否……


気が付いてしまった、と言うべきか。


(一枚岩じゃないことは判ってる、でも……)


本当に“こちら側”なのか……


(見定めないと……)


頭の中で、警鐘が鳴り響いていた。


—— と、その時……


「……ッ……」


それまで、緋岐の膝枕で気を失うようにして深い眠りについていた翠琉が身じろぎした。


震える瞼がゆっくりと開く。


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