昨日の僕が明日の僕を殺す。
あれですね。
言わずもがなとしれた傑作『夜のピクニック』の前夜を著した『ピクニックの準備』みたいにしたかったけど出来なかったあれです。
明日、海に行くらしいと聞いたのは今日の今朝だった。
思考の半分では昨日眠剤代わりに読んだ、双極性障害の記事について考え、もう半分では梨屋アリエさんの『きみの存在を意識する』を図書館まで借りに行こうかと考えていた。
なんでも『きみの存在を意識する』には僕と同じ、グレーゾーンの中学二年生を主人公とする短編が収録されているらしく、その子が受験や人生についてどう考えているのか知りたいと思った。
ぼんやりとコーンフレークを食べながらそんなことを考えていると、後ろで話している両親の会話が耳に入った。
なんでも明日僕たち兄弟を川へ連れて行ってあげようと考えてくれているらしい。
だが、道水氏は川に行きたくないと身勝手にも考えている。
道水氏が川に生きたくない理由は、人が多いゆえのコンプレックスの体型である。
趣味が九割、何かに救いを求めているというのが一割という動機で、道水氏は一年ほど前から過食をするようになった。
過食ゆえに道水氏は肥満体型とまではいかないのだが、標準体型と肥満体型の間ぐらいの体重にここ一年ほどでなった。
そんな体型で川に入って、
「見ろよ、デブスが楽しんでるぞ。」
と、小判みたいな形をした部分がチャームポイントのネックレスにドンキの短パン、分かりやすい『とりあえず染めてみました』感を醸し出している金髪。
そんな野郎にこう囁かれるのが怖いのである。
なら痩せろと思われるかもしれないが、痩せろというのなら道水氏の過食の動機である元凶を取り除いてから発言して欲しいと道水氏は考えている。
だがここは星新一氏の想像する世界でもなんでもない、ただの地球であると道水氏は考えている。
一日で体重を何キロも落とせる薬などないのだ。
昨日の僕が明日の僕を殺す。
黙って殺されようと思う。
ここまでが数時間前の話である。
ここからが直近30分ほどの間に起きた、道水氏にとって嬉しい出来事だ。
道水氏は夏休みということもあり、怠惰に自室で寝そべりながら『時給300円の死神』という本を読んでいた。
すると道水氏の読書を一匹の蚊が邪魔をした。
最後に勇気を出して散髪に行ったのは約一年前、前髪をセルフカットで失敗した歴三年の道水氏である。
何を伝えたいかというと、道水氏は自室に蚊を招くようなコミュニケーション能力がある人間ではないし、簡単に自分の領域に他の生き物を招くような人間ではないということだ。
いつもは某地球マットに家の警備を頼んでいるのだが、そう言えば今日は某地球マット独特の小さな音がしないことに道水氏は気が付いた。
某地球マットの様子を訪ねると、某地球マットはこと切れていた。
状況的に、某地球マットの主人が電池替えをしない怠惰なことが動機らしく見えた。
すぐご飯をこぼして汚すから、というガサツないい加減さから黒のTシャツを選ぶだけでなく、心まで真っ黒な道水氏である。
すぐに電池を替えて、もう一度城の警備をさせようと企んだ。
『許してくれ、お前の替わりはいないのだ』という台詞を初めて実用的に道水氏は使用した気がする。
そんなことを考えながら階段を下ろうとしていると、思いがけず弟と母にあった。
風呂と食事と排泄以外の全ての時間を自室で過ごしていると言っても過言ではない状況で生きている道水氏に母は
『あら、どうしたの?』
と、尋ねた。
どうしたもこうしたも、警備員を失った道水氏は
『某地球マットの電池が切れちゃったから電池を…』
と、事情を説明した。
母は、最近割と発言が幼児化しだした娘を気にしてくれていて、電池の交換を手伝ってくれた。
有難い。
電池の交換を終えると、
『川に行きたくないの?』
と、聞かれた。
正直な話その通りだったが、道水氏一人が下らない動機で行きたくないと言って覇気を下げたくないのでどう返せばいいのか分からず、道水氏はなにも返せずにいた。
すると事情を察したらしい母が、
『別に川に入らないでもいいからね』
と言ってくれた。
凄く有難い。
道水氏は、もうフィクションの家族小説では泣けない気がする、と思った。
泳ぐなら 図書館の海で 泳ぎたい。
水道水、渾身の一句です。




