第64話 良薬は口に苦し
「マオ?」
うつらうつらと押し寄せてくる睡魔に身を委ねていると、穏やかな声が俺の名を呼ぶのが聞こえてきた。
俺は頭まですっぽりと被っていた毛布を捲って顔を出した。
薄暗い部屋の中に、両手に何かを持っている長身のシルエットが佇んでいる。
それは、少しずつ纏っている影を薄れさせていった。
リベロだ。
「お薬、持ってきたよ。起きられる?」
右手に持ったガラスの瓶をちゃぽちゃぽと揺らしながら、彼は俺の顔を覗き込んできた。
俺はゆっくりと上体を起こした。
まだ眩暈はするが、寝たことによって少しはマシになったのか視界がぶれるほどではない。
俺が手を差し出すと、リベロは丁寧に瓶の蓋を開けて、俺にそれを手渡してくれた。
「びっくりしたよ。マオが起きられない病気になったってグレンが言うから」
「……寝てたからちょっとは楽になったよ」
「そう? 僕たちは人間の病気のことは分からないから、不安になっちゃうんだよね。もしかしたら死んじゃうかもしれないってさ」
死ぬって、大袈裟だな。たかが風邪で。
まあ……魔族は風邪のことを知らないみたいだし、そういう考えになるのも無理はないのかな。
俺は貰った薬に目を向けた。
薬は透き通った緑色をしていて、匂いを嗅ぐと清涼感のあるハーブのような香りがした。
「……これ、全部飲むのか?」
「うん」
俺は深呼吸をして、薬を一気に呷った。
……苦い。
匂いが良かったからミントみたいな味がするのかと思ってたが、とんでもない。
青汁にゴーヤの絞り汁を混ぜたような、後引く苦さが口全体に広がって味覚を麻痺させてくる。
思わず俺が顔を顰めると、リベロは苦笑した。
「そのお薬、苦いよね。僕も何度か飲んだことはあるけど、その味は慣れないなぁ」
はい、と手にしていた器を差し出してくる。
「これ、コカトリスの卵のスープ。喉が痛いって聞いたから、飲み込みやすいように野菜は細かくしてみたよ」
空になった瓶と交換で器を受け取る。
鮮やかなオレンジ色をした溶き卵が野菜と絡み合った、食べやすそうなスープだ。
今の俺には固形物よりもこういう流動食っぽい料理の方が有難い。
早速、一口。
スプーンで具を掬って、火傷しないように吹き冷ましてからぱくり。
卵、濃厚だなぁ。野菜も細かくなっているお陰で飲み込んでも喉に引っ掛からない。
薬が苦かったから余計に具の旨味を感じるよ。
「……美味い」
「そう? 良かったぁ」
リベロはにこっと微笑んだ。
「料理長がね。病人に固形物なんて出すもんじゃねぇって言うからスープにしたんだけど、物足りなかったらどうしようって思ってたんだ」
このスープはシーグレットの発案なのか。
流石料理長。食べる奴のことをよく分かってるじゃないか。
「マオは何か食べたいものある? お昼御飯作るから、何かリクエストあったら聞くよ?」
希望を聞いてくれるのか。至れり尽くせりだな。
病人って、ちょっぴり王様にでもなった気分になるな。
「……そうだなぁ……」
スープを口に運びながら俺は考えた。
病気の時に食べたいものっていったら雑炊が浮かぶんだけど、流石に雑炊って言っても分からないだろうな。
……いや、こういう料理だって作り方を教えたら作ってもらえるか?
リベロは頭いいし、いけそうな気がする。
「……こんな料理を作ってくれたら嬉しいんだけど……」
俺は雑炊の作り方をリベロに教えた。
教えたのはオーソドックスな卵雑炊だ。
卵スープに御飯が入ってるようなものだし、そこまで難しくはないと思う。
俺の説明を頷きながら聞いていたリベロが、分かったと答えた。
「今言った料理を作ればいいんだね」
「宜しくな」
俺は空になった器をリベロに返却した。
そのまま、静かに横になる。
「なるべく早く復帰するようにするから」
「うん。でも、無理はしないでね?」
リベロは器と瓶を携えて部屋から出ていった。
さっきのスープ、生姜が入ってたのかな。身体が何だかぽかぽかするよ。
薬も飲んだことだし、ゆっくり休んで早く回復するように努めよう。
そうと決めたら、一眠りだ。
俺は壁の時計にちらりと目を向けて、現在の時刻を確認してから眠りについた。




