第65話 一輪の花と慈しみの心
夢を見た。
夢の中の俺は、厨房の皆と城の外で仲良く飯を食っていた。
気候は穏やかで、まるでピクニックをしているような雰囲気だった。
厨房の連中と飯を食うのはいつものことだけど、場所が変わると何だか特別なことのように思えてくる。
これが、俺が望んでいる人間と魔族とのあり方なんだなと、思った。
目が覚めたら相変わらず頭はくらくらしているけれど、気分は良かった。
夢の雰囲気を思い出し、一人でくすりと微笑む。
その様子を、傍でじっと見ている者がいた。
「マオ」
あれ、この声……
俺は傍らに目を向ける。
鼻先をふわりと掠める、甘い香り。
小さな花を胸元に抱えているフランシスカと、目が合った。
何で、フランシスカが此処にいるんだ。此処は使用人の部屋なのに。
「……フランシスカ?」
小さく呼びかけると、彼女は手にした花をこちらに差し出してきた。
すずらんの花を大きくしたような見た目の白い花は、魔力を含んだ花なのだろうか、淡く発光していた。
これは、あれか。見舞いの花というやつか。
一輪だけってことは、城の外か何処かで摘んできたやつなんだろうな。
俺は身を起こして、フランシスカから花を受け取った。
「わざわざ摘んできてくれたのか?」
問うと、フランシスカは俺の顔をじっと見つめたままこくりと頷いた。
魔族にも、他人に花を贈る風習があるんだな。
フランシスカが花畑で花摘みをしている姿を想像すると、ちょっと微笑ましい。
俺はふっと微笑して、花を枕元に置いた。
「ありがとな」
礼を言うと、彼女は照れたような表情を見せた。
可愛いな。こうして見ていると本当に小さな女の子って感じがするよ。
「貴方、死ぬの」
ドレスのスカートをきゅっと両手で掴んで、フランシスカは俺に問う。
彼女は俺が病気だって何処かで(多分厨房だろうとは思うが)聞いて様子を見に此処に来たのだろうが、いきなり死ぬのときたか。
死ぬ病気だったらこんな暢気に会話なんてしてないっての。
俺は肩を竦めて、笑った。
「死ぬわけないだろ。ちょっと熱があるだけだ。薬も飲んだし、すぐに元気になるよ」
「そう」
スカートからぱっと手を離して肩の力を抜くフランシスカ。
彼女はベッドの上によじ登り、俺と顔の高さを合わせて言った。
「貴方、私の傍で料理を作ってくれるって約束した。約束破って死ぬなんて許さないから」
俺の顔を両手で掴んで、額にそっと口付ける。
彼女の唇は、柔らかくてほんのり温かかった。
「元気になるおまじない」
そう言って、彼女はベッドから降りると小走りで部屋の外に出ていった。
今の……恥ずかしがってたのかな。ひょっとして。
柔らかな感触が残っている額に手をやって、俺は彼女が去っていった部屋の入口に目を向けた。
そこに、入れ替わるようにしてグレンが入ってきた。
「……何だ、起きていたのか」
彼は廊下の方をちらりと振り向いて、言った。
「今、そこで王女様とすれ違ったが……ひょっとして、お前に会いに来てたのか」
「ああ。見舞いだって花を貰ったよ」
俺は枕元に置いた花を手に取った。
「花瓶あるか? 花、飾りたいんだけど」
「空き瓶で良ければある」
グレンが小さな瓶を部屋の隅から持ってきてくれたので、俺は貰った花をそれに挿して部屋に飾ることにした。
植物があると、殺風景な部屋の雰囲気が変わるな。
「なあ、グレン」
花を見つめながら、俺は言った。
グレンが怪訝そうにこちらを見る。
「何だ」
「俺って……愛されてるのかな」
愛されてる、というのは大袈裟な表現かもしれない。
でも、思うのだ。厨房の連中が俺に優しいのは、フランシスカがこうして見舞いに来てくれるのは、俺を大事に思ってくれているからなんじゃないかって。
魔族も──人間を愛そうと思えば愛せるのだ。食い物として見るんじゃなくて、対等な立場の存在として見ることができるのだ。
この思いを、俺は大切にしていきたい。
そして、いつか。この心が万人に広まっていけばいいと──思うのだ。
「何を今更」
グレンは腕を組んで失笑した。
「お前は大切な仲間だ。人間だとか、魔族だとか、関係なしに掛け替えのない存在だよ」
「そっか」
グレンの言葉を大事に噛み締めて、俺は彼に微笑みを返した。
何か、元気が出てきたな。この分だと風邪の治りも早いかもしれない。
皆と笑顔で仕事したいし、療養中は絶対に無理をしないで身体を休めることに集中するぞ。




