第63話 勇者、風邪をひく
毛布の中で丸くなっていた身体をゆっくりと伸ばして、俺は閉じていた目を開けた。
ランプが放つ山吹色の明かりが、目にじんわりと沁みてくる。
ベッドの外に目を向けると、グレンが制服に着替えている様子が視界に入った。
朝か……
俺は身体の向きを反転させてうつ伏せの格好になり、上体を静かに起こした。
と、唐突に視界がぐらりと揺れた。
前転をやりすぎて目が回った時の感覚によく似ていた。
たまらず、ぼすっと枕に顔を突っ込んでしまう。
「……眠いのか」
グレンの静かな声が頭上から聞こえてくる。
俺は深呼吸をして、再度起き上がった。
頭のぐらぐらした感覚は収まらない。むしろ動いたことによって悪化している感じがした。
何かがおかしい。
「……め」
目が回るんだ、と言おうとして、喉に強烈な違和感を感じ、俺は言葉を飲み込んだ。
喉元に手を当てて、唾を飲み込む。
喉がこくりと鳴った瞬間──擦り傷に塩水をぶっかけたような、じわりとくる痛みを感じた。
これって……
「どうした」
俺の様子がおかしいことを察したのか、グレンが着替え途中の格好のままこちらに近付いてきた。
喉を押さえながら枕をぼんやりと見つめている俺の肩に手を触れて、ぴくりと反応を示した後、手を離す。
「風呂上がりみたいに熱いな。人間の体温はこんなに高いものなのか?」
まさか、そんなわけがないじゃないか。
喉の痛み。眩暈。
そしてグレンの言葉で俺は確信した。
俺は風邪をひいたらしい。
昨日は晩餐会に作る料理のことを考えていたせいで長風呂になったけど、ひょっとしてそれが良くなかったのだろうか。
湯冷めしないように気を付けたつもりなんだけどな。
「……グレン」
俺はぐらぐらしていて定まらない視線を何とかグレンの顔に合わせて、言った。
「俺……風邪ひいたっぽい。風邪薬、ないか?」
「風邪? 風邪とは何だ」
ああ、こっちの世界では風邪のことを風邪とは言わないのか。
それとも、風邪という病気自体が魔族にとっては馴染みのないものだとか。
そうだとすると、薬は期待できそうにないな。
俺はしばし考えた後、グレンにも分かりそうな言葉を選んで今の俺の状態を伝えた。
ふむ、と小首を傾げながら俺を見つめるグレン。
「喉が痛み、眩暈がして、体温が高くなる病気だと言うんだな。人間は奇妙な病気にかかるものなんだな」
眩暈がしているのなら横になっていろ、と言われたので、俺は彼の言葉に従って寝床に横になった。
横になっている方がちょっとは楽だな。グレンの顔をちゃんと見る余裕ができる。
「薬は薬師に頼まなければ手に入らない。料理長に事情を話して工面してもらう。それまで大人しく寝ていろ」
「……悪いけど、仕事は」
「分かっている。そんな状態の身体では無理だろう」
グレンは毛布の端を掴んで、俺の身体に掛けてくれた。
前が開きっぱなしだった制服をきっちりと着込んで、エプロンを着けて、部屋を出た。
「では、行ってくるからな」
「……おう」
グレンが去って静かになった部屋の中で、俺はゆっくりと息を吐いた。
風邪なんて、ひいたのはいつぶりだろうな。
隷属の首輪のせいで体力も落ちてるから、そのせいで病気になったのかな。
まあ、考えていても仕方がない。なっちゃったものはなっちゃったんだから。
薬が届くまで、寝ていよう。
俺は毛布を肩までしっかりと掛けて、静かに目を閉じた。




