第57話 勇者の願い
「うむ。美味い」
ドーナツを頬張りながら、魔王は機嫌良さそうに頷いていた。
謁見の間は、建国記念祭であるにも拘らず普段通りの空気を保っていた。どうやら祭で浮かれているのは大食堂にいる兵士たちだけらしい。
俺としては、その方が有難かった。あの騒がしい雰囲気の中では、真面目な話がしづらいからだ。
そう。俺は此処に大切な話をしに来たのだ。魔王にドーナツを届けに来たのはあくまでもついでなのである。
此処には、俺と魔王しかいない。話をするにあたってこれ以上にないほどに整った環境だ。
今しか、ない。この話を持ちかけるのは。
「なあ」
俺は話を切り出した。
「もう一度、人間と共に生きる気は、ないか?」
これが、俺が話したかったことだ。
人間と魔族が相容れない存在であるという認識を、何としても変えたかったのである。
一族の認識を変えるなら、まずはその頂にいる者から。
魔王が認識を改めてくれれば、他の魔族たちも右に倣えで認識を改めてくれるはず。
無論、ただ話しただけでは相手が認識を変えてくれないことくらいは分かっている。
だから、こちらも相応の言葉を用意してきた。
「あんた、美味い料理を食うのが好きなんだろ? 人間と暮らせば、今よりも美味い料理が食えるようになるんだぞ」
秘技、相手の興味を惹く言葉で釣る攻撃だ。
美味いものに目がない魔王なら、多少なりとも興味を示すはず。
俺が小さく喉を鳴らしながら魔王の顔に注目していると──魔王の視線が、ドーナツからこちらへと向いた。
「人間が持つ料理の才は魔族よりも優れておる。それは承知している」
指先を小さく動かす。
ワゴンの上に載っていた紅茶入りのカップが、ふわりと宙を舞って魔王の手に収まった。
ゆったりとした動作で紅茶を啜り、魔王は続けた。
「共に語らいながら楽しんだ馳走……あれは美味であった。うぬが作る馳走に劣らぬ極上の一品であった」
そうか。千年前、まだ人間と魔族が共存していた時代を魔王は生きていたんだよな。
当時のことを覚えているのなら話は早い。
「だったら──」
「──だが、人間と魔族が共にある時代は終わったのだ」
俺の言葉を遮るように、魔王は言った。
その言葉には一片の迷いも含まれていなかった。
「人間は、我ら魔族を裏切った。人間の中には、共存の意思は既にない。そんな輩に共存を説くのは無意味というものよ」
「それは、千年前の人間だろ。今の人間もそうだとは限らないだろ」
俺も負けじと言い返した。
「争う気のない人間だってたくさんいるんだ。まずは互いに腹を割って話し合ってみるべきなんじゃないのか? やりもしないで憶測だけで物事を決め付けるのは現実から逃げてるのと一緒だぞ」
「…………」
魔王は双眸を閉ざした。
俺も口を噤んで、魔王が次の言葉を発するのを待った。
しばしの沈黙の時が流れ──
「勇者よ」
魔王が瞼を開く。
「うぬは人間と魔族が再び共に生きる世を作ると申すか」
「俺にできることがあるなら協力してやるさ。言い出した奴の責任ってやつだ」
鋭い眼光を秘めた眼差しで見つめられる。俺はそれを真っ向から見つめ返した。
再び沈黙が両者の間に横たわる。
その間、俺は魔王の顔から目をそらさなかった。
少なくとも俺は本気なのだということを伝えるためだ。
「……あい分かった」
十分な間の果てに、魔王は言った。
「晩餐会を開こうではないか」
晩餐会──それに人間を招くということか。
実に魔王らしい発想だ。
だが、良い考えだと思う。
今まで争うだけしかしてこなかった人間と魔族が、同じテーブルに着いて同じ料理を食べるのだ。そうすることでしか生まれない交流というものもあるだろう。
そのための料理を作れと言うのなら、喜んで作ってやるよ。食べた皆が等しく幸せを感じられるような、びっくりするほど美味い料理を揃えてやる。
俺が、人間と魔族の仲を取り持つ架け橋になるんだ。
「最高の御馳走を作ってやるよ」
俺は魔王から差し出された空のカップを受け取って、力強く応えた。
何とか、共存の道への第一歩を踏み出すことができた。
此処からが勝負だ。この計画、絶対に成功させてみせる。
それが魔族のためであり、人間のためでもあるってことを世界に広めてやるんだ。




