第8話「辺境伯からの使者」
第8話「辺境伯からの使者」
エスカリオの一件から一月。宗一郎の暮らしぶりは、以前とは比べ物にならないほど変わっていた。
ガレンの工房は農具の生産が軌道に乗り、ロゼリアの「灰狼」はBランクへの昇格が目前だと噂されている。エスカリオ商会も、新しい取引先との関係が少しずつ固まりつつあった。
街の人々は、いつしか宗一郎をこう呼ぶようになっていた。
「――金の流れが視える男」
もっとも、本人はその呼び名を気に入っているわけではなかった。
「大げさすぎる」
宗一郎は苦笑しながら、宿の一室で帳面をつけていた。出資先は四件。回収済みの元本と、積み上がりつつある配当。それらを見比べながら、次に何をすべきか考えを巡らせていたところに、扉を叩く音がした。
「月宮宗一郎殿で、お間違いないでしょうか」
現れたのは、見慣れない紋章の入った上着を着た、若い男だった。物腰は丁寧だが、目には明らかな緊張が滲んでいる。
「そうだが、あんたは?」
「レイフォード辺境伯家より参りました、使者のクレインと申します。辺境伯様が、あなたにお会いしたいと」
***
辺境伯――このセーントルを含む一帯を治める貴族の名は、宗一郎も耳にしたことがあった。だが、直接関わりを持つ機会など、これまで一度もなかった。
「なぜ、俺に?」
「詳細は、私の口からは。ただ、この街の商業がここ数ヶ月で目に見えて活気づいていることは、辺境伯様の耳にも届いております」
視界の端に、例の印象がちらついた。クレインを見たときのものだった。
――《忠誠:高》
――《裁量:低》
――《……》
(この男自身は、ただの使いか。主人の意図までは読めないな)
「わかった。行こう」
***
辺境伯の館は、セーントルの街外れにある小高い丘の上に建っていた。宗一郎が案内された広間には、初老の男が一人、椅子に腰掛けて待っていた。
「よく来た。私がレイフォード辺境伯だ」
辺境伯は、思っていたよりも穏やかな声をしていた。だが、視線には、値踏みするような鋭さがあった。
――《資産:多》
――《信用:中》
――《将来価値:?》
「単刀直入に聞こう。お前が、街の商人や職人に金を出して回っている男か」
「そうだ」
「聞いた話では、ただ金を貸しているわけではないそうだな。工房の再建、傾いた商会の立て直し、冒険者への出資……。しかも、多くの民から少しずつ金を集めて、一つの事業に注ぎ込む、という手法まで使っていると」
「概ね、その通りだ」
辺境伯は、しばらく宗一郎を見つめた。
「率直に言おう。私は今、頭を悩ませている」
「――借金の話か」
辺境伯の眉が、わずかに動いた。
「よくわかったな」
「貴族が商人風情をわざわざ呼びつける理由なんて、そう多くはない」
辺境伯は、小さく笑った。
「面白い男だ、噂通り」
そして、辺境伯は語り始めた。
隣国との緊張が高まっており、辺境伯領では防衛のための砦の増築が急務になっている。だが、長年の戦費と、先代の代からの浪費で、領地の財政は既に火の車だった。これまでは商人から高利で借りることで凌いできたが、返済の目処が立たないまま、借金だけが膨らみ続けている。
「正直に言えば、もう高利貸しから借りる余裕もない。だが砦を作らねば、いずれ隣国に攻め込まれる隙を与えることになる」
「それで、俺に何を求めてる」
「お前のやり方が知りたい。多くの民から金を集め、事業に注ぎ込むという、あの手法だ。あれを、砦の建設に使えないか」
***
宗一郎は、しばらく考え込んだ。
これまでの出資は、いずれも「事業が利益を生み、その利益から出資者に還元する」という構造だった。だが、砦の建設は違う。利益を生む事業ではない。防衛という、目に見えにくい価値のためのものだ。
(――これは、これまでとは根本的に違う話だな)
「辺境伯、一つ確認したい。砦が完成すれば、何か利益を生むのか」
「利益、というと?」
「防衛だけが目的なら、金を出す民には何も還元されない。それでは誰も金を出さない。だが、砦ができることで、街道の安全が増して交易が活発になるとか、周辺の開発が進むとか、何か『次に繋がるもの』はあるか」
辺境伯は、意外そうな顔をした。
「……砦が完成すれば、これまで魔物の被害で使えなかった北の街道が、安全に使えるようになる。交易路としての価値は、高いはずだ」
「それなら、話は変わってくる」
宗一郎の頭の中で、これまでにない構想が動き始めていた。
(砦そのものへの出資じゃない。砦が生み出す『未来の交易路』に対する出資、という形にすればいい)
「辺境伯、少し時間が欲しい。この話、俺一人で決められる規模じゃない」
辺境伯は、しばらく宗一郎を見つめていたが、やがて頷いた。
「よかろう。だが、あまり悠長にはしていられん。隣国の動きは、待ってはくれない」
***
館を辞した宗一郎は、丘の上から見えるセーントルの街並みを、しばらく眺めていた。
(個人への出資から、多くの人を巻き込む共同出資へ。次は――国の事業への出資、か)
これまでとは、規模も性質も、まるで違う話だった。うまくいけば、街を越えて、この辺境伯領全体を巻き込む仕組みになるかもしれない。だが、失敗すれば、これまで築いてきた信用ごと、全てを失いかねない賭けでもあった。
視界の端に、また例の印象がちらついた。今度は、丘の下に広がるセーントルの街全体――いや、その向こうに霞んで見える、辺境伯領そのものに向けたものだった。
――《将来性:?》
「……大きな『?』だな」
宗一郎は、小さく呟いた。だが、その声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。
※本作品はAI(人工知能)を活用して執筆・作成された作品です。




