第9話「未来を買うという発想」
第9話「未来を買うという発想」
辺境伯の館を出た宗一郎は、その足でロゼリアとガレン、そしてミレアを呼び集めた。
「砦の建設に、金を出す仕組みを作りたい」
宗一郎の話を聞いた三人は、しばらく顔を見合わせていた。
「砦って、あの防衛用の?」宗一郎から出資を受けたロゼリアが最初に口を開いた。「それ、これまでの話と全然違うじゃない。工房や商会は、儲かった分を配当で返せる。でも砦なんて、完成したところで誰かが金を稼げるわけじゃないでしょ」
「その通りだ。だからこそ、これまでとは違う仕組みがいる」
宗一郎は、辺境伯から聞いた話を伝えた。砦が完成すれば、これまで魔物の被害で使えなかった北の街道が安全になり、交易路としての価値が生まれる。
「砦そのものに金を出すんじゃない。砦の完成によって生まれる『未来の交易路』に金を出す、という形にする」
「どういうこと?」
ガレンが、腕を組みながら首を傾げる。宗一郎は、紙に図を描きながら説明を始めた。
「まず、砦の建設費用を、多くの人間から少しずつ集める。これまでと同じだ。砦そのものが金を生むわけじゃない。だが、砦が完成すれば北の街道が使えるようになる。そこから生まれる通行料、交易、商業――その未来の利益を、今の資金と交換する」
「つまり――今は存在しない、これから生まれる儲けを担保にする、ってこと?」
「そうだ。今すぐには返せない。だが、数年かけて、いずれ返していく。今、目の前にある金より、未来に生まれる金の方が大きいと信じられるなら、出資する意味がある」
(問題は、その未来の利益をどうやって証明し、誰に、どういう形で返すかだ。それはまだ、決まっていない)
これは、前世で言うところの「債券」に近い仕組みだった。だが、この世界にそんな言葉はない。宗一郎はしばらく考えて、口にした。
「――『未来買い』とでも呼ぶか。今はまだない未来を、先に買う」
***
構想はできた。だが、実行に移すには、いくつもの壁があった。
最大の壁は、辺境伯の財務を取り仕切る老臣、バルトロという男だった。
「砦の金を、市井の民から集める、だと?」
辺境伯の館で、宗一郎の案を聞いたバルトロは、あからさまに顔をしかめた。
「馬鹿げている。防衛は貴族の責務だ。民から金を借りるなど、辺境伯家の威信に関わる」
――《忠誠:高》
――《柔軟性:低》
――《……》
(この男、悪意はない。だが、変化そのものを嫌う質のようだな)
「バルトロ殿、失礼を承知で聞くが、今の辺境伯領に、砦を建てる金はあるのか」
「……それは」
「ないから、俺が呼ばれたんだろう。高利貸しからこれ以上借りれば、利子だけで領地の財政はさらに傾く。だったら、多くの民から少しずつ、しかも公平な条件で集める方が、よほど威信を保てるはずだ」
「屁理屈を」
「屁理屈かどうかは、実際にやってみればわかる」
辺境伯が、二人のやり取りを黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「バルトロ、お前の懸念はもっともだ。だが、他に案があるか」
バルトロは、苦い顔で押し黙った。
「……ないなら、まずは試してみるしかあるまい」
***
辺境伯の許可を得て、宗一郎は「未来買い」の仕組みを設計し始めた。
まず、出資額に応じて、砦完成後に生まれる交易路の通行料収入から、一定期間、利子をつけて返済する証書を発行する。証書には、辺境伯家の紋章と、宗一郎が考案した簡単な計算式が記されることになった。
「これを、街の商人や、余裕のある農家に売る、ということですね」
ミレアが、証書の試作品を手に取りながら言った。
「ああ。額は自由だ。銀貨一枚からでも構わない。ただ、これはガレンやミレアのときとは違う。利益の一部を分けてもらう出資じゃない。今、金を出してもらって、未来の収益から返す――貸付に近い形だ」
「でも……辺境伯様の証書を、民が本当に信じるでしょうか。今まで、貴族が民に約束を守った例なんて、あまり聞きませんが」
ミレアの懸念は、もっともだった。宗一郎自身、そこが一番の懸念事項だった。
「信用の問題、か」
これまでの出資は、宗一郎自身が対象を見極め、自分の目で確かめた相手にだけ出してきた。だが今回は、宗一郎個人の信用だけでなく、辺境伯という「国」に近い存在の信用まで、証書に乗せる必要がある。
(――ここが一番の勝負所になりそうだな)
「ロゼリア、ガレン、ミレア。まず、三人とも、この証書を買ってもらえないか」
「あたしたちが?」
「三人は、俺がこの街で最初に信用を築いた相手だ。三人が証書を買った、という事実が、他の民にとっての『信用の裏付け』になる」
三人は、しばらく顔を見合わせていた。やがて、ガレンが先に頷いた。
「俺は、宗一郎に賭けて損をしたことはない。今回もそうする」
「あたしも」ロゼリアが続く。「あんたの見立て、これまで大きく外したことないしね」
「私も……」ミレアは少し言いよどんだ。「正直、うちはまだ大きな額は出せません。でも、銀貨一枚でも構わないなら」
「額の大小は関係ない。あんたが名を連ねてくれること自体に意味がある」
「……はい。それなら、お力になります」
視界の端に、例の印象がちらついた。三人を見たときのものだった。
――《信用:高》
(この三人の存在自体が、もう一つの資産になっている、ということか)
宗一郎は、少しだけ口元を緩めた。銀貨三枚から始まったものが、今では、次の仕組みを支える土台になろうとしていた。
***
証書の第一弾が街に出回ったのは、それから半月後のことだった。
最初は誰もが半信半疑だった。だが、街の噂は早い。ガレンの工房が軌道に乗ったこと、ロゼリアの「灰狼」が結果を出し続けていること、ミレアの商会が立て直りつつあること――その三人が、宗一郎の新しい証書に真っ先に金を出した。噂はそう広まった。
「あの三人が買ったなら」――そんな声が、街のあちこちで聞かれるようになった。
証書は、宗一郎が予想していたよりも早く、街の人々の手に渡っていった。だが、この仕組みが本当に機能するかどうかは、まだ誰にもわからない。砦が完成し、実際に交易路の収益が上がり始めるまで、証書が「絵に描いた餅」で終わるか、「新しい仕組み」として根付くか、答えは出ない。
バルトロは、証書が売れていく様子を、複雑な表情で眺めていた。
「……本当に、うまくいくのか」
「うまくいかせるさ」
宗一郎は、短くそう答えた。
窓の外、セーントルの街に、証書を手にした人々の姿が増え始めていた。個人の投資から始まったものが、今、街全体を巻き込む一つの仕組みへと、姿を変えようとしていた。
だが、宗一郎自身も、この仕組みが本当に成功するのか、その答えをまだ持ってはいなかった。
※本作品はAI(人工知能)を活用して執筆・作成された作品です。




