第7話「読み違い
第7話「読み違い」
エスカリオへの出資が決まってから十日。宗一郎は、順調に事が運んでいるものと思っていた。
新しい取引先――隣街の織物商会「フェルナン」との契約は無事に締結され、旧取引先への支払いも済ませた。帳簿の数字上は、これで利益率が改善するはずだった。
だが、その油断を見透かしたように、状況は動いた。
***
「宗一郎さん、フェルナン商会から連絡が」
ミレアの声には、隠しきれない焦りがあった。宗一郎が商会を訪ねると、彼女は一枚の書状を差し出した。
「仕入れ値を、二割上げたいと」
「契約したばかりだろう。理由は?」
「『材料の高騰』としか。でも……」
ミレアは言いよどんだ。宗一郎は、彼女の目を見て察した。
「本当の理由に、心当たりがあるんだな」
「……フェルナン商会の主人は、モルガンと古い付き合いがあります。もしかしたら」
宗一郎は、視界の端に例の印象を探した。だが、フェルナン商会そのものを直接見ていない今、はっきりとした像は結ばなかった。
(――やられたか)
宗一郎は、内心で舌打ちした。旧取引先からの乗り換えを決めた際、フェルナン商会の「条件の良さ」ばかりに気を取られ、商会主の人間関係までは調べきっていなかった。モルガンの息がかかっているかもしれない、という可能性を、軽く見ていた。
(価値眼が見せてくれるのは、目の前にあるものだけだ。見てもいないものまでは、何も教えてくれない)
これまでの投資は、対象を直接観察した上での判断だった。だが今回は、ミレアの話を聞いただけで、フェルナン商会そのものを十分に検分していなかった。判断のスピードを優先した結果の、明確な見落としだった。
「――二割の値上げを、飲むわけにはいかないな」
「でも、今さら他の取引先を探す余裕は……。旧取引先にはもう支払いを済ませてしまいましたし、後戻りはできません」
ミレアの声には、明らかな動揺があった。宗一郎は、帳簿を広げて数字を洗い直した。
(旧取引先への支払いは済ませた。新しい仕入れ先が値上げしてきた今、手元の資金では、当初の見込みほどの利益は出せない。このままでは、再建どころか、以前より悪い状態になりかねない)
これまでの投資では、宗一郎の判断はほとんど的中してきた。だが今、目の前にあるのは、初めての「読み違い」だった。
***
その夜、宗一郎は宿の一室で一人、帳面を睨んでいた。
(――どこで間違えた)
冷静に振り返れば、原因ははっきりしていた。ガレンやロゼリアのときは、対象を自分の目で見て、時間をかけて確かめてから動いた。だがエスカリオでは、切羽詰まったミレアの事情に急かされる形で、判断を早めすぎた。
(価値眼に頼りすぎたのかもしれない。「?」が出た時点で、もっと慎重になるべきだった)
視界の端に、また例の印象がちらついた。今度は、自分自身に向けたときのものだった。
――《判断:性急》
――《……》
自分自身にまで、この力が働くとは思っていなかった。だが、それが示していることは明確だった。焦って動いた。それだけの、単純な事実だった。
(――言い訳をしても仕方ない。次の一手を考えるしかない)
宗一郎は帳面を閉じ、頭を切り替えた。フェルナン商会との契約を白紙に戻すのは難しい。だとすれば、別の手を打つしかなかった。
***
翌朝、宗一郎はミレアの元へ向かった。
「フェルナン商会との契約は、このまま維持する」
「え……?」
「値上げを飲むという意味じゃない。契約期間中は、こちらから契約を破棄しない。向こうが条件変更を求めてきたなら、まずは契約書通りの条件を主張する。向こうの狙いは、エスカリオを困らせて、契約破棄に追い込むことだ。だったら、破棄させずに、こっちの時間を稼ぐ」
「時間を稼ぐ、というと」
「その間に、フェルナン商会以外にも、条件の合う取引先を探す。今度は、商会主の人間関係まで含めて、俺自身の目で確かめる。それまでの間、エスカリオの資金繰りは――」
宗一郎は、少し言葉を切った。
「俺が追加で出す。当初の予定にはなかった額だ。だが、ここで手を引けば、これまでの出資が全部無駄になる」
「そんな……。これ以上、宗一郎さんに負担をかけるわけには」
「負担じゃない。判断ミスを取り返すための、追加投資だ。それに」
宗一郎は、少しだけ表情を緩めた。
「危ない橋を渡るとわかった上で始めた話だ。ここで諦めるほうが、投資家として失格だろう」
ミレアは、しばらく黙って宗一郎を見つめていたが、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
***
それから半月、宗一郎は隣街ヴェルナまで何度も足を運び、新たな取引先を探し歩いた。今度は、価値眼の印象だけに頼らず、商会主の評判、これまでの取引履歴、周辺の商人たちからの評価まで、一つ一つ自分の足で確かめた。
ようやく見つけたのは、まだ小さいながらも、堅実な商売をしている織物商会だった。モルガンとの繋がりもなく、条件も悪くなかった。
フェルナン商会との契約は、当初の条件のまま維持しつつ、新しい取引先との取引量を徐々に増やしていく――そんな形で、エスカリオは少しずつ体制を立て直し始めた。
完全な立て直しには、まだ時間がかかる。だが、少なくとも、崩れかけていた足場は固まりつつあった。
***
宗一郎は、久しぶりに帳面に向き合い、この半月あまりの出来事を振り返っていた。
(初めての失敗、か)
これまでの投資は、いずれも順調に進んできた。だが今回、宗一郎は初めて、自分の判断が甘かったことを思い知らされた。
(価値眼があっても、見ていないものは見えない。そして、見えたところで、それが答えを保証してくれるわけじゃない)
この気づきは、苦い経験と引き換えに得たものだった。だが、悪いことばかりではなかった。追加の出資と、地道な足での調査を重ねたことで、宗一郎自身、投資家としての判断に、以前よりも慎重さと深みが加わった気がした。
窓の外、セーントルの街並みを眺めながら、宗一郎は小さく息をついた。
(この街で学ぶべきことは、まだまだありそうだ)
だが同時に、宗一郎の視線は、街の向こう――この街の外にまで、少しずつ向き始めていた。
※本作品はAI(人工知能)を活用して執筆・作成された作品です。




