第6話「傾いた商会」
第6話「傾いた商会」
モルガンの一件から半月。ガレンの工房は、以前にも増して活気づいていた。三十二人の出資者たちは、月に一度、工房に集まっては配当を受け取り、ついでに世間話をしていくのが習慣になりつつあった。
「あんたのおかげで、うちの畑も楽になったよ」
「いやいや、あんたが出資してくれたおかげで工房が回ってるんだ」
そんなやり取りを横目に、宗一郎は帳面に数字を書きつけていた。出資額、配当額、工房の売上推移――こういう記録をつける習慣自体、この街にはなかったものだ。今では、ガレン自身も帳面をつけるようになっていた。
(この仕組み、名前をつけた方がいいかもしれないな)
まだ考えがまとまらないまま、宗一郎は街を歩いていた。そのとき、通りの向こうから、遠慮がちな声が飛んできた。
「――宗一郎さん、ですよね」
声をかけてきたのは、身なりのいい中年の女性だった。だが、表情には隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
「あなたは?」
「商会『エスカリオ』の女主人、ミレアと申します。突然すみません、少しお時間をいただけませんか」
***
連れて行かれた先は、商会の店舗だった。だが、宗一郎はすぐに違和感を覚えた。棚には商品がまばらにしか並んでおらず、店の奥には、明らかに使われていない空間が広がっていた。
「エスカリオは、先代――私の父の代までは、この街でも指折りの商会でした」
ミレアは、静かに語り始めた。
だが数年前、父が亡くなり、経営を継いだミレアの代になってから、状況が悪化した。父の代から付き合いのあった主要な取引先を失ったことをきっかけに、借金がかさみ、今では商会の存続すら危ぶまれる状態だという。
「正直に言います。あと数ヶ月で、うちは立ち行かなくなります。でも、噂で聞いたんです。あなたが、ガレンさんの工房を立て直したと」
「それで、俺に何を求めてる」
「出資を、お願いできませんか」
ミレアは、深く頭を下げた。
宗一郎は、彼女の顔を見つめた。
――《資産:負》
――《信用:低》
――《将来価値:?》
視界の端の印象は、これまで見てきた誰よりも厳しい数字を示していた。資産はマイナス。信用も底をついている。だが「将来価値」の項目には、また例の「?」が浮かんでいた。
(――「?」か。読み切れない、ということ自体が、何かのサインかもしれないな)
だが今回は、ガレンやロゼリアのときとは違う。あのときは、埋もれた技術や才能に金を出すだけで良かった。今回は、既に傾いている船に金を出すかどうかの判断だ。
「悪いが、即答はできない。まず、商会の中を見せてもらえるか。帳簿も含めて全部だ」
ミレアは戸惑った様子を見せたが、やがて頷いた。
「……わかりました。もう、隠すものもありません」
***
三日かけて、宗一郎は商会の帳簿と在庫、取引先との契約状況を洗い出した。
見えてきたのは、単純な話だった。ミレアの代になってから傾いたのは、彼女の経営能力のせいではなかった。発端は、父の代から付き合いのあった主要な取引先の一つが、モルガンの息のかかった商会に鞍替えしたことだった。ミレアはそれを埋め合わせようと、無理な条件で他の取引先を増やし、結果として利益率の低い商売ばかりが積み重なっていた。
(――経営判断のミスというより、最初のボタンの掛け違いだな)
「ミレア、聞きたい。あんたが今一番立て直したい部分はどこだ」
「主力商品の仕入れルートです。今の取引先は、条件が悪すぎて、商売をすればするほど利益が薄くなる」
「取引先を選び直せば、立て直せる見込みは?」
「……あります。以前から声をかけてくれている、条件のいい取引先があります。ただ、乗り換えるための資金がありません。今の取引先への支払いを済ませ、新しい取引先と契約を結び直すための、当座の資金が」
宗一郎は、しばらく黙って考えた。
ガレンやロゼリアへの出資は、「これから伸びる才能」に金を出す話だった。だが今回は違う。既に傾いた事業を、立て直すための資金――前世で言うところの、再建ファンドのような性質を持つ話だった。
リスクは、これまでのどの投資よりも高い。だが、うまくいけば、街で最も苦しんでいる商会を、もう一度立たせることができる。
「わかった。出資する」
ミレアが、驚いた顔を上げた。
「……いいんですか。うちは、他のところより、ずっと危ない橋だと思いますが」
「危ないのはわかってる。だからこそ、条件は厳しくさせてもらう」
宗一郎は、これまでとは違う契約の型を提示した。
「まず、俺が出す資金の使い道は、全て俺と共有すること。仕入れ先の乗り換え、支払いの優先順位、全部だ。それから、経営が立て直るまでの間、月ごとの帳簿を俺に見せること。そして――」
「それから?」
「立て直った後の利益分配は、これまでの出資者より高めに設定させてもらう。四割だ。リスクを取る分、当然のことだと思ってくれ」
ミレアは、少しの間目を閉じた。それから、静かに頷いた。
「……お願いします」
***
その夜、宗一郎は宿の帳面に、新しい項目を書き加えた。
「エスカリオ商会 再建出資」
ガレンへの技術出資、ロゼリアへの才能出資、街の農家たちを巻き込んだ共同出資、そしてエスカリオ商会への再建出資。それぞれ性質の異なる四つの「投資」が、今、この街の中で同時に動き始めていた。
(技術への出資。才能への出資。多くの人を巻き込む出資。そして、傾いた事業を立て直すための出資)
視界の端に、また例の印象がちらついた。エスカリオ商会を思い浮かべたときに見えた「将来価値:?」――あの「?」の意味が、少しだけわかった気がした。
(この力は、絶対的な答えを示すわけじゃない。可能性がある場所を教えてくれるだけだ。答えを出すのは、結局、俺自身の判断ということか)
窓の外、セーントルの街の明かりを見ながら、宗一郎は小さく息を吐いた。
この街での投資は、まだ始まったばかりだった。だが、この先に待っているのが、もっと大きな街や、国そのものを相手にする話になることを、宗一郎はまだ知らない。
※本作品はAI(人工知能)を活用して執筆・作成された作品です。




