第2話「壊れた試作品」
第2話「壊れた試作品」
契約から五日後、宗一郎は工房の戸を叩いていた。
「どうだ、進み具合は」
「見ての通りだ」
ガレンが顎で示した作業台には、砕けた魔石の欠片が転がっていた。三度目――いや、宗一郎が出資してからは初めての試作だったが、通算では三度目の失敗になる。
「魔動鋤」に組み込んだ魔石が、稼働からわずか三日で砕けたのだという。
「魔石ってのは、そんなに脆いものなのか?」
「本来はもっと保つ。だが……」
ガレンは言葉を濁した。作業台の隅に積まれた、他の魔石とは明らかに色艶の違う欠片を、宗一郎は手に取った。
――《品質:低》
――《市場価格:割高》
――《……》
視界の端に、また例の印象がちらついた。三度目ともなると、宗一郎にもうっすら法則が見えてきていた。この「印象」は、対象を漠然と眺めているだけでは出てこない。何かを比べようとしたとき、値踏みをしようとしたときにだけ像を結ぶ。今も、手の中の魔石と、これまで見てきた魔石の記憶を無意識に比べた瞬間に浮かんだのだ。
(品質が低くて、なおかつ割高……? これは妙だな)
「ガレン、この魔石はどこで仕入れてる」
「街の御用商人だ。他に仕入れ先なんぞない」
「値段は?」
「一つ、銀貨半枚だ。仕方ないだろう、この街で魔石を扱ってるのはあそこだけだ」
宗一郎は黙って考え込んだ。前世で散々見てきた構図だった。――独占。競争相手がいないから、品質が悪くても、値段が高くても、買い手には選択肢がない。
「その商人以外から仕入れたことは?」
「ない。というより、考えたこともなかった。魔石なんてどこで買っても同じだと思ってたからな」
「隣街には?」
「知らん。行ったこともない」
ガレンは根っからの職人だった。腕はいいが、材料の仕入れ先を疑うという発想自体がなかったのだろう。無理もない、と宗一郎は思う。前世の職人だって、同じような話はいくらでもあった。技術に長けた人間ほど、技術以外の部分――コストの構造や、仕入れの選択肢――には無頓着になりがちだ。
「ガレン、明日から二日ほど工房を離れる。隣街まで行ってくる」
「はぁ? 今は試作を急いでる時だぞ」
「だからだ。このまま同じ魔石を使い続けても、また同じところで壊れる。原因は技術じゃない。材料だ」
***
隣街ヴェルナは、セーントルよりも一回り大きな商業の街だった。宗一郎はそこで、魔石を専門に扱う商会をいくつか回った。
三軒目で足を止めた。店先に並んだ魔石の色艶は、ガレンの工房にあったものとは明らかに違った。
――《品質:中》
――《市場価格:適正》
――《……》
「これをまとめて買いたい。継続的に仕入れたいんだが」
店主は目を丸くした。田舎から来た若造が、まとめ買いの話を持ちかけてくるとは思っていなかったのだろう。値段を聞くと、セーントルの御用商人が売っていた値より、二割近く安かった。
(品質は上、値段は下……セーントルの商人は、独占をいいことにぼったくっていたわけか)
宗一郎は交渉の末、定期的に一定量を仕入れる約束を取り付けた。手元の資金はほとんど残らなかったが、これで材料の問題は片付く。
工房に戻った宗一郎を、ガレンは半信半疑の顔で迎えた。
「本当に、隣街の魔石なのか? 見た目からして違うな……」
「使ってみればわかる」
三度目の試作。今度は魔石が三日で砕けることはなかった。一週間、二週間と経っても、「魔動鋤」は安定して動き続けた。
「……できた」
ガレンの声は、震えていた。長年、誰にも認められなかった技術が、ようやく形になった瞬間だった。
「これで終わりじゃない」
宗一郎は言った。
「ここからだ、ガレン。技術ができても、売れなきゃ意味がない」
***
「魔動鋤」の評判は、思っていたよりずっと早く広がった。
最初に買ったのは、隣の畑を持つ老農夫だった。半信半疑で試しに使ったその男が、翌日には「本当に倍の速さで耕せた」と、街中に触れ回ったのだ。
それから一月も経たないうちに、ガレンの工房には注文が殺到するようになっていた。セーントルの街だけでなく、周辺の村々からも、噂を聞きつけた農家が訪ねてくるようになった。
宗一郎の手元に戻ってきたのは、まず出資した銀貨三枚。そこに、契約通りの純利益の三割が積み重なり、懐の金貨は数えて四枚になっていた。だが本当に増えたのはそこではない。ガレンの工房は今も注文をさばき続けており、この先も三割の分配は続く。今後受け取るはずの取り分まで含めれば、宗一郎の投資はすでに金貨十二枚相当の価値を生み出している計算だった。
予知でも幸運でもない。壊れた試作品と向き合い、どこに無駄があるかを数字で洗い出し、その先まで見通しただけのことだった。
もっとも――と宗一郎は思う。あの視界の端にちらつく「印象」がなければ、ここまで早く仕入れ先の問題に確信を持てただろうか。半信半疑ではあったが、たしかに背中を押されていた。
この力の正体を、そろそろ本気で見極める必要がありそうだった。
***
街の広場に、誰にも見向きもされずに座り込んでいる、一組の冒険者パーティーがいた。装備は継ぎ接ぎだらけで、お世辞にも羽振りが良いとは言えない。
だが宗一郎の目は、装備でも顔立ちでもなく、リーダーらしき少女の手元に向いていた。
彼女だけが、ギルドの依頼書を隅々まで読み込んでいる。他の仲間が酒場で愚痴をこぼしている間も、素材の買取価格表と首っ引きで、何かを計算している様子だった。そして――宗一郎は見た。彼女が仲間の防具を先に修理に出し、自分の壊れかけた剣はそのままにしていることを。
視界の端に、また例の印象がちらついた。
――《技術:――》
――《資金:不足》
――《将来価値:?》
最後の項目に浮かんだ「?」の意味は、まだわからない。これまでの二つとは、明らかに違う表示だった。
「――次は、あそこだな」
月宮宗一郎の異世界経済征服譚は、まだ始まったばかりだった。
※本作品はAI(人工知能)を活用して執筆・作成された作品です。




