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第四話 「はじめての一歩」

ぼたんが一歳になった春。


庭の牡丹の花は、今年も大きく咲いていた。


「ほら見てごらん、ぼたん」


縁側に座るハルは、

ぼたんを膝に乗せながら笑う。


「お前と同じ名前の花だよぉ」


ぼたんは「あー!」と声をあげ、

小さな手をぱたぱた振った。


髪はまだ短く、

ほっぺはまんまる。


近所ではすっかり人気者だった。


「ぼたんちゃーん!」


八百屋のおじさんが手を振ると、

ぼたんも元気に手を振り返す。


「この子、よく笑うねぇ」


「ハルさんに似たんだろ」


「わたしゃ昔、美人だったからねぇ」


「“だった”って自分で言うな!」


商店街は笑い声に包まれる。


そんな平和な毎日。


ある日の午後だった。


ハルが台所で味噌汁を作っていると、

居間から小さな音がした。


「……ん?」


振り返る。


ぼたんが、机につかまりながら立っていた。


「ぼ、ぼたん?」


ぼたんは真剣な顔で、

ぷるぷる震える足を前に出す。


一歩。


ふらっ。


二歩。


ぺたん。


転んだ。


「あっ!」


ハルは慌てて駆け寄る。


でも。


ぼたんは泣かなかった。


きゃははっと笑いながら、

もう一度立ち上がる。


その姿を見た瞬間。


ハルの目に涙が浮かんだ。


「……歩いた」


震える声だった。


「ぼたん……歩いたねぇ……」


ぼたんは嬉しそうに、

今度は三歩歩いた。


転びそうになりながら、

まっすぐハルの方へ。


ハルはしゃがみ込み、

ぼたんをぎゅっと抱きしめた。


「えらいねぇ……」


「頑張ったねぇ……」


ぼたんは意味も分からず笑う。


だけどハルは、

その小さな一歩が、どうしようもなく愛しかった。


夜。


ぼたんが眠ったあと。


ハルは縁側で一人、お茶を飲んでいた。


春風が吹く。


遠くでカエルが鳴いている。


ハルは小さく呟いた。


「……この子は、ちゃんと前に進める子になる」


少し咳が出た。


最近、増えてきた咳。


でもハルは空を見上げ、静かに笑う。


「だから、わたしももう少し頑張らないとねぇ」

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