第五話 「小さな熱」
夏の終わり。
蝉の声が少しずつ減り、
夜風が涼しくなってきた頃だった。
その日の朝。
ぼたんは、いつもより静かだった。
「……ぼたん?」
ハルは小さなおでこに触れる。
熱い。
「ありゃ……」
ぼたんの顔は赤く、
呼吸も少し苦しそうだった。
いつもなら家中を歩き回るのに、
今日はぐったりしている。
「大丈夫、大丈夫だからねぇ」
ハルは急いで病院へ向かった。
小さな町の診療所。
先生は優しく笑った。
「夏風邪ですね。子どもはよくありますよ」
「ちゃんと水分取って、ゆっくり休めば大丈夫」
それを聞いて、
ハルはようやく息を吐いた。
帰り道。
ぼたんはハルの背中で、ぐったり眠っていた。
「軽いねぇ……」
ハルは小さく呟く。
こんなにも小さくて、
こんなにも弱い。
だけど。
だからこそ守りたかった。
家へ戻ると、
ハルは濡れタオルを替え、
おかゆを作り、
何度も背中をさすった。
夜になっても、熱は下がらない。
「うぅ……」
ぼたんが苦しそうに泣く。
ハルは手を握った。
「大丈夫」
「ここにいるからねぇ」
ぼたんは涙を浮かべながら、
ぎゅっとハルの指を握る。
その小さな手の力に、
ハルの胸は締めつけられた。
時計は深夜を回った。
ぼたんが眠ったあとも、
ハルはずっと隣に座っていた。
眠らずに。
何度も額に触れながら。
「……お願いだから」
「この子を連れていかないでおくれ」
静かな部屋。
扇風機の音だけが回る。
その時だった。
ぼたんが、うっすら目を開けた。
「……ばぁ」
かすれた小さな声。
ハルは目を見開いた。
「……え?」
「ばぁ……ばぁ……」
ぼたんは熱でぼんやりしながら、
確かにそう呼んだ。
“おばあちゃん”。
きっとまだ、
ちゃんとは言えていない。
それでもハルには分かった。
その瞬間。
ハルの目から涙がぽろぽろ溢れた。
「……そうかい」
「わたしは、お前のおばあちゃんかい」
ハルは笑いながら泣いた。
何度も、何度も。
「ありがとうねぇ……ぼたん」




