第二十五話 「助けてって言っていい」
放課後。
職員室の前で、ぼたんは立ち止まっていた。
心臓がどきどきする。
逃げたくなる。
でも。
ハルの言葉を思い出した。
――“困った時は、一人で抱え込まない”
ぼたんは小さく息を吸った。
「……失礼します」
担任の中村先生が顔を上げる。
「ぼたん?どうした?」
ぼたんは俯いたまま、
ぎゅっと制服を握る。
「……あの」
声が震える。
「お金、なくなりそうで……」
言った瞬間。
涙が溢れた。
ずっと我慢していた。
寂しいのも。
不安なのも。
怖いのも。
全部、一気に出てきた。
「ばあちゃんがいなくなって……」
「ぼたん、一人で……」
言葉にならない。
中村先生は静かに椅子を引き、
ぼたんの前にしゃがんだ。
「……よく話してくれたな」
怒られなかった。
困った顔もされなかった。
その優しい声を聞いた瞬間、
ぼたんはもっと泣いてしまった。
その日の夜。
町の福祉の人や先生達が、
平屋へ来てくれた。
「今まで本当によく頑張ったね」
「えらかったよ」
ぼたんは何度も頭を下げる。
でも。
どこか申し訳ない気持ちもあった。
「……迷惑、じゃないですか」
すると、年配の女性職員が優しく笑った。
「違うよ」
「助けてもらうのは、悪いことじゃない」
「人はね、一人じゃ生きられないの」
その言葉は、
ハルが言っていたことと同じだった。
ぼたんの胸が熱くなる。
職員は続けた。
「ハルさん、きっと立派に育てたかったんだろうね」
「あなた、本当に優しい子だもの」
ぼたんは泣きながら笑った。
その夜。
久しぶりに、平屋に人の声があった。
温かい声。
心配してくれる声。
一人じゃない音。
みんなが帰ったあと。
ぼたんは縁側へ座った。
夜風が気持ちいい。
庭の牡丹が、静かに揺れている。
ぼたんは空を見上げた。
「……ばあちゃん」
「ぼたん、ちゃんと“助けて”って言えたよ」
風が吹く。
どこかで、優しく笑う声が聞こえた気がした。
その時。
ぼたんはポケットのお守りに触れる。
まだ開けていない。
でも。
少しだけ分かった気がした。
ばあちゃんが残したかったものは、
“一人で頑張ること”じゃなかった。
“誰かを頼っても、生きていい”ってことだった。




