第十九話 「ただいまの匂い」
数日後。
ハルは、一時退院することになった。
先生は厳しい顔で言った。
「無理は絶対にしないでください」
「少しでも苦しくなったら、すぐ連絡を」
ハルは苦笑いする。
「はいはい、怒られちゃったねぇ」
ぼたんはその横で、
何度も深く頭を下げていた。
病院を出る時。
ぼたんはハルの歩く速度に合わせて、
ゆっくり歩いた。
前よりずっと小さく見える背中。
でも。
その背中が家へ帰ることが、
ぼたんは嬉しくてたまらなかった。
「ばあちゃん」
「ん?」
「おかえり」
ハルは少し驚いたあと、優しく笑った。
「……ただいま」
平屋へ帰る。
玄関を開けた瞬間。
畳の匂い。
古い木の匂い。
懐かしい空気。
「にゃあ〜」
ミケが飛び出してくる。
「みけぇ!」
ぼたんは笑いながら抱き上げた。
ハルはその光景を見て、
静かに目を細める。
「帰ってきたねぇ」
その声は、とても幸せそうだった。
居間には、ぼたんが作った料理が並んでいた。
少し焦げた卵焼き。
形の悪いおにぎり。
でも。
全部、ハルが教えたものだった。
「ぼたんが作ったの!」
「おお〜」
ハルはゆっくり座る。
一口食べて、笑った。
「……おいしい」
ぼたんの顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
「うん」
「ちゃんと、“おうちの味”だ」
その言葉を聞いた瞬間。
ぼたんは泣きそうになった。
夜。
二人は縁側に並んで座っていた。
風が気持ちいい。
遠くで虫が鳴いている。
ぼたんはそっと聞いた。
「ばあちゃん」
「ん?」
「おうちって、なんだと思う?」
ハルは少し考えた。
それから、ゆっくり答える。
「……帰りたいって思える場所かねぇ」
「つらい時でも」
「寂しい時でも」
「“ここへ帰ろう”って思える場所」
ぼたんは静かに聞いていた。
ハルは続ける。
「この家はねぇ」
「ぼたんが来てから、“家”になったんだよ」
その言葉に、ぼたんの目が潤む。
「ぼたんも……」
「ここ、大好き」
ハルは嬉しそうに笑った。
夜空には星。
小さな平屋には、
今日も優しい灯りがともっていた。
まるで。
二人の時間を、少しでも長く照らすみたいに。




