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第十五話 「春までの時間」

ぼたんは小学六年生になった。


背はもう、ハルの肩くらいまで伸びている。


料理も上手になった。


洗濯も掃除も、手際がいい。


近所の人達はよく言った。


「ぼたんちゃん、ほんとにしっかりしたねぇ」


するとぼたんは少し照れながら答える。


「ばあちゃんが教えてくれたから」


その言葉を聞くたびに、

ハルは嬉しそうに笑った。


でも。


春が近づくほど、

ハルの体は弱っていった。


朝起きるまで時間がかかる。


階段で息切れする。


咳も長い。


それでもハルは、なるべく普段通りに過ごしていた。


ぼたんに心配をかけたくなかったから。


ある日の夕方。


二人は縁側でみかんを食べていた。


冬の空気は冷たい。


でも隣にいると不思議と暖かかった。


「ぼたん、中学生になるんだねぇ」


「うん」


「早いねぇ」


ハルは目を細める。


「ついこの前まで、よちよち歩きだったのに」


ぼたんは少し笑った。


「ばあちゃん、すぐそれ言う」


「だって本当だもの」


しばらく沈黙。


風が吹く。


するとハルが、ぽつりと言った。


「……ランドセル姿、最後なんだねぇ」


ぼたんは、その言葉に胸が締めつけられた。


“最後”。


最近、ハルはそういう言葉を時々使う。


最後の運動会。


最後の冬。


最後のランドセル。


まるで。


少しずつ、お別れの準備をしているみたいだった。


ぼたんはみかんを置く。


そして、小さく聞いた。


「ばあちゃん」


「ん?」


「中学校も、見てくれる?」


ハルは少し驚いた顔をした。


それから、優しく笑う。


「見たいねぇ」


「制服姿も見たい」


「大人になるところも見たい」


その声は本心だった。


でも。


どこか遠くを見るような目だった。


ぼたんは泣きそうになる。


だから慌てて笑った。


「じゃあ長生きしなきゃね!」


「そうだねぇ」


ハルも笑った。


二人とも笑っていた。


だけど。


お互い、少しだけ分かっていた。


一緒にいられる時間が、

前よりずっと大切なものになっていることを。


その夜。


ぼたんは寝る前に、

ハルの湯飲みに新しいお茶を入れた。


「ありがとねぇ」


「ううん」


ぼたんは少し迷ってから言う。


「……ぼたんね」


「ばあちゃんの子でよかった」


ハルの手が止まる。


静かな沈黙。


やがてハルは、涙を隠すように笑った。


「わたしもだよ」


「ぼたんが来てくれて、本当によかった」


外では冬の星が光っていた。


小さな平屋の灯りだけが、

静かに夜を照らしていた。

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