十三話 「ばあちゃんの台所」
月日は流れ。
ぼたんは小学五年生になっていた。
小さかった背も伸び、
ランドセルも似合うようになった。
髪を後ろでひとつに結び、
毎朝「いってきます!」と元気に飛び出していく。
だけど。
変わらないものもあった。
「ばあちゃん、朝ごはんできたよ!」
今では逆に、ぼたんが台所へ立つことが増えていた。
味噌汁の香り。
焼き魚の音。
古い平屋には、今日も優しい朝が流れている。
「おお〜、上手になったねぇ」
ハルは座布団に座ったまま笑う。
昔より、立っている時間が短くなっていた。
咳も増えた。
歩く速度も遅い。
でもぼたんは、何も言わなかった。
代わりに、自然に支えるようになっていた。
「熱いから気をつけて」
「洗濯物、ぼたんがやっとくね」
「今日は早く帰るよ」
それはもう、
“教えられる側”じゃなかった。
ハルが伝えてきたものが、
ちゃんとぼたんの中で育っていた。
ある日の夕方。
雨が降っていた。
ぼたんは台所で肉じゃがを作っている。
「味見して〜」
ハルは一口食べて、目を丸くした。
「……おいしい」
「ほんと!?」
「わたしより上手かもしれないねぇ」
ぼたんは嬉しそうに笑った。
でも次の瞬間。
「ごほっ……!」
ハルが強く咳き込む。
ぼたんの顔色が変わった。
「ばあちゃん!」
慌てて背中をさする。
ハルは笑ってごまかそうとする。
「大丈夫だよぉ」
「大丈夫じゃない」
ぼたんの声は震えていた。
沈黙。
雨の音だけが聞こえる。
ぼたんは俯いたまま言った。
「……ぼたん、分かってるから」
「ばあちゃん、無理してる」
ハルは静かに目を閉じた。
この子は、もう小さな子どもじゃない。
ちゃんと見ている。
ちゃんと気づいている。
ぼたんは涙を堪えながら続けた。
「ばあちゃんが教えてくれたこと、いっぱい覚えた」
「ご飯も作れる」
「洗濯もできる」
「転んでも立てる」
「でも……」
声が詰まる。
「ばあちゃんがいないのは、やだ……」
ハルはゆっくり手を伸ばし、
ぼたんの頭を撫でた。
「……ありがとうねぇ」
その声は、とても優しかった。
「そんなふうに思ってもらえて、わたしは幸せだ」
ぼたんは堪えきれず泣き出した。
ハルは何も言わず、
ただ背中を撫で続ける。
窓の外では雨。
古い平屋の中には、
静かな嗚咽だけが響いていた。




