第8話 学園を卒業いたしましたわ
「――術式展開速度、また更新ですって?」
「信じられませんわ……」
「しかも多重並列演算を四層同時制御とか……」
学院演習場。
朝からざわついておりますわね。
まぁ原因はわたくしなのですが。
「……またやってしまいましたわ」
演習用ゴーレムの残骸を前に、わたくしはそっと目を逸らしました。
だって脆かったんですもの。
仕方ありませんでしょう?
魔素循環の接続点が甘かったので、ちょっとそこを崩しただけですわ。
ほんのちょっと。
結果?
演習場半壊。
ゴーレム全損。
教員絶句。
学生ドン引き。
いつものですわね!
「慣れたくありませんわこんな日常!!」
思わず叫んでしまいましたわ。
◇
「サロメリア様」
演習場の片付け中。
声を掛けてきたのは学院魔術師の一人でした。
中年男性。
宮廷魔術師上がりの教官。
名前は……なんでしたかしら。
「あなた、どなたでしたっけ」
「ベルノルトです」
「あぁそうでしたわ」
すみません完全に忘れてましたわ。
人の名前覚えるの苦手なんですの。
社畜時代も“そこの担当さん”で乗り切ってましたもの。
「……本当に規格外ですね、貴女は」
ベルノルト教官は壊れた演習場を見回しながら苦笑する。
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「えぇ、半分は」
残り半分怖がってますわね。
知ってますわよ。
「サロメリア様。少々、お聞きしても?」
「なんですの?」
「貴女は……なぜそこまで強くなろうと?」
不意の質問。
わたくしは少しだけ目を細めました。
「お嬢様になるためですわ」
「……はい?」
「ですから、お嬢様ですわ」
本気なんですが?
なぜそこで困惑顔になりますの?
「わたくし、幼い頃から憧れていましたの。優雅で、気品があって、紅茶が似合う本物のお嬢様に」
「は、はぁ……」
「なので努力しましたわ」
にっこり。
するとベルノルト教官はなんとも言えない顔をしました。
「……努力の方向性がおかしいとは言われませんでしたか?」
「よく言われますわね」
異世界でも現代でも。
解せませんわ。
◇
ですが。
努力したのは事実でした。
それこそ。
血反吐を吐くほどに。
わたくしは元々、魔素許容量が飛び抜けていたわけではない。
むしろ平均より少し上程度。
ですが。
わたくしには前世知識がありました。
人間の肉体構造。
循環。
負荷と成長。
筋トレ理論。
反復。
最適化。
そして。
魔素もまた“循環器官”に近い構造を持っていると気づいた。
ならば。
鍛えられる。
そう考えましたの。
「赤子の頃から魔素循環を繰り返すとか正気じゃありませんわよねぇ……」
今思えば。
完全に狂人ですわ。
夜泣きの代わりに魔素循環。
ハイハイしながら演算訓練。
昼寝中も並列思考。
乳児がやることじゃありませんわよ。
しかも。
成長途中の肉体で無理に循環を続ければ激痛が走る。
魔力回路が焼ける感覚。
脳を針で掻き回されるような頭痛。
何度も意識を失いました。
でも。
止めなかった。
「死にたくありませんでしたもの」
ぽつり。
零れた言葉。
ベルノルト教官が静かにこちらを見る。
「……貴族社会は怖いですわよ」
ディアローザ家は大貴族。
だからこそ。
無能は許されない。
価値がなければ切り捨てられる。
それが当たり前の世界。
しかも。
わたくしには前世の記憶があった。
ブラック企業で壊れながら働き、誰にも必要とされず、突然死んだ人生。
だから。
怖かった。
また。
無価値になるのが。
「ですから努力しましたの。誰にも文句を言わせないくらいに」
笑う。
優雅に。
お嬢様らしく。
でも。
その根っこにあったのは恐怖でしたわ。
◇
「……なるほど」
ベルノルト教官は静かに頷いた。
「だから貴女は、そこまで自分を追い込めるのですね」
「お嬢様たるもの、努力を惜しんではいけませんもの」
「普通のお嬢様は魔力回路が焼けるまで鍛えません」
「そうなんですの?」
カルチャーショックですわ。
貴族令嬢って皆そういうことしてるんじゃありませんの!?
「しません」
「なんて軟弱な……」
「貴女基準で世界を見ないでください」
ごもっともですわね。
結論から申し上げますと。
わたくしの学園生活は。
「青春」ではなく。
「監視対象としての経過観察」でしたわ。
解せませんわね。
◇
王立魔術学院。
王国最高峰の教育機関。
貴族子女が集い。
未来の宮廷魔術師、騎士、官僚、研究者を育成する場所。
本来であれば。
ここで友人を作り。
お茶会を開き。
恋をして。
文化祭でわちゃわちゃして。
「まぁ、レオン様ったら♡」
とかやる予定でしたの。
予定でしたのよ!?
「どうして演習場の修繕費請求書ばかり届きますの……」
現実は非情でしたわ。
机に積み上がる請求書。
割れた結界。
吹き飛んだ訓練場。
消し飛んだゴーレム。
怯える教師。
距離を置く生徒。
そして定期的に呼び出されるわたくし。
「サロメリア様。本日は何を破壊されたのですか?」
「言い方に棘がありましてよ」
「事実確認です」
「訓練用ゴーレムが脆かっただけですわ」
「最新型です」
「わたくし基準では旧式ですわね」
「世界基準で考えてください」
学院長とのやり取りもすっかり恒例でした。
ちなみに学院長室の紅茶は美味しかったですわ。
怒られながら飲む紅茶って、なんであんなに美味しいんでしょうね。
◇
ですが。
問題は力だけではありませんでした。
「……サロメリア様って、少し変わっておりますわよね」
「まぁ、流行りの菓子より魔術理論書を優先されますし」
「婚約話にも興味なさそうですし……」
令嬢たちの噂話。
聞こえておりますわよ。
魔素感知で。
便利ですわねこれ。
便利すぎて人間関係壊れますわ。
「わたくしだってお茶会とかしたいですわよ……」
ですが。
いざ誘われても。
何を話せばいいのかわかりませんでした。
貴族令嬢らしい会話?
知りませんわ。
前世社畜ですもの。
「最近流行りのドレスは〜」
「流行りの香水が〜」
そこへ。
「魔素循環効率を高めるには内臓負荷の分散が重要ですわよね」
とかぶっ込みそうになるんですの。
終わってますわ。
会話デッキが戦闘狂すぎますの。
◇
そんな学院生活の中で。
唯一、比較的普通に接してくれたのが。
「おーい、サロメリア!」
レオン・ヴァルハルト。
勇者候補。
剣術、魔術、統率力。
全て高水準。
典型的主人公タイプ。
眩しい。
陽属性が強すぎますわ。
「また一人で飯食ってんのか?」
「優雅な一人時間ですわ」
「友達いないだけだろ」
「お黙りなさいまし」
失礼な男ですわね。
事実だから反論しづらいですが。
「お前、もっと周り頼れよ」
「頼る必要がありませんもの」
「……そういうとこだぞ」
レオンは苦笑する。
ですが。
その視線に恐怖はなかった。
純粋な呆れ。
それが。
少しだけ。
心地よかったのですわ。
◇
一方で。
王女アリシアとの距離は、年々近づいていきました。
表向きは。
「良好」でしたわ。
王女は常に優しく。
気品に溢れ。
わたくしを高く評価してくださっていた。
「サロメリア様は王国の宝ですわ」
そう。
何度も言われました。
ですが。
わたくしは気づいていました。
あの方は。
わたくしを“人”としてではなく。
“戦略兵器”として見ている。
期待。
警戒。
管理欲。
恐怖。
その全てが。
あの穏やかな笑みの奥にあった。
◇
卒業が近づく頃には。
わたくしは完全に王国最強戦力扱いでした。
宮廷魔術師団。
騎士団。
研究院。
各所から勧誘が来る。
ですが。
わたくしには夢がありました。
「わたくし、領地経営をしたいですわ!」
優雅なお屋敷。
薔薇園。
ティータイム。
たまに慈善活動。
最高ではなくて?
ですが。
現実は。
「王命により、サロメリア・ディアローザを王家直属聖女任務へ任命します」
でした。
「…………は?」
人生って理不尽ですわね。
◇
聖女。
聞こえはいい。
実際には。
国家専属超高火力決戦兵器ですわ。
災害対応。
魔物討伐。
国境防衛。
遺跡調査。
要人護衛。
休み?
ありませんわね。
しかも。
「聖女様!」
「救世の姫!」
「王国の希望!」
持ち上げられる。
崇められる。
恐れられる。
距離を置かれる。
「あぁ〜〜〜〜〜……」
わたくしは執務室で机に突っ伏しました。
「お嬢様ライフはどこへ……」
優雅なスローライフしたかっただけですのに。
どうして巨大魔獣を単独討伐する日々になってますの?
おかしくありません?
人生バグってますわ。
◇
ですが。
そんな日々の中でも。
レオンだけは変わりませんでした。
「また徹夜か?」
「えぇ。西部国境で災害級魔獣が発生しましたの」
「顔色終わってるぞ」
「聖女は顔色まで優雅でなくてはなりませんのよ」
ふらふらですわ。
魔素より先に胃が死にますわ。
「お前さ」
レオンは少し真面目な顔で言った。
「もっと自分優先していいんだぞ」
「……」
その言葉に。
わたくしは少しだけ視線を逸らした。
「無理ですわ」
だって。
力があるのはわたくしだけだった。
守れるのも。
救えるのも。
わたくしだけだった。
だから。
止まれなかった。
◇
そして。
転機は突然訪れました。
王城地下。
極秘会議。
王族。
騎士団。
宮廷魔術師。
そして。
わたくしとレオン。
重苦しい空気の中。
王女アリシアは静かに告げました。
「“深淵大迷宮”の最深部攻略を開始します」
空気が凍る。
深淵大迷宮。
世界最大級。
未踏破ダンジョン。
数多の精鋭を呑み込んだ死地。
「確認された魔素反応は国家崩壊級」
王女は続ける。
「これ以上の放置はできません」
その視線が。
ゆっくりこちらへ向く。
「勇者レオン・ヴァルハルト」
「……はい」
「そして聖女サロメリア・ディアローザ」
静かな声。
逃れられない命令。
「貴方達に、攻略隊への参加を命じます」
その瞬間。
わたくしは。
なぜか。
言いようのない嫌な予感を覚えていました。
まるで。
ここから先へ進めば。
もう二度と。
“普通”には戻れないような。




