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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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第37話

 高速道路を走る車内には、低くエンジン音だけが響いていた。


 窓の外では、深夜の都市が静かに流れていく。


 光。


 ビル群。


 コンビニ。


 ファミレス。


 どこにでもある現代日本の風景。


 だがメリーは、その光景をどこか遠くを見るような目で眺めていた。


 異世界から帰還して数年。


 それでも時々、分からなくなる瞬間がある。


 この平和は、本当に存在していていいものなのか。


 崩壊しないままでいていいものなのか。


 あまりにも穏やかで。


 だからこそ脆い。


「……会長」


 前方から瀬波の声が飛ぶ。


「また変なこと考えてません?」


「失礼ですわね」


 メリーは優雅に脚を組み直した。


「わたくし、今日はかなり平和寄りですわよ?」


「“平和寄り”って表現が出る時点でダメなんですよ」


「最近基準がおかしくなってませんこと?」


「誰のせいだと」


 即答だった。


 橘が小さく笑う。


 そのやり取りを見ながら、御門綾乃は静かに考えていた。


 奇妙だった。


 現場で見た時は、もっと異質な存在に思えた。


 人ではない何か。


 災厄。


 あるいは神秘そのもの。


 だがこうして会話をしていると、不思議なほど俗っぽい。


 VTuber文化を語り。


 書類処理に疲弊し。


 紅茶に異常な拘りを見せ。


 しかもたまに妙な方向へ暴走する。


 なのに。


 その奥底だけが、致命的に深い。


「……メリー・アストレア」


 御門がぽつりと口を開く。


「一つ聞いても?」


「どうぞ」


「貴女は、今の世界をどう見ていますか」


 瀬波の眉が僅かに動く。


 橘も静かに視線を向けた。


 メリーは少し考えた。


 そして。


「幼いですわね」


 静かに答えた。


「……幼い?」


「ええ」


 赤い瞳が窓へ向く。


「まだ、“力”に慣れていませんもの」


 車窓に流れる街灯が、その横顔を照らす。


「今の人類は、急激に変化しすぎていますわ。魔素という概念が広がり、個人が軍事級戦力を持ち始めた。国家体系も法律も倫理も、全部が追いついていない」


 淡々とした口調。


 だが内容は重い。


「だから皆、浮かれていますの。探索者も、研究者も、政治家も」


「……貴女は違うと?」


「わたくしは」


 そこでメリーは少しだけ笑った。


「失敗例を見過ぎましたの」


 空気が静まる。


 御門はその言葉に引っ掛かった。


 失敗例。


 まるで文明単位の話をしているような口ぶり。


「……異世界で?」


 静かな問い。


 その瞬間。


 車内の空気がほんの僅かに凍った。


 瀬波が息を止める。


 橘は視線を伏せた。


 メリーだけが、微笑んだままだった。


「その単語を口にするのですわね」


「存在するんでしょう」


「しますわ」


 あまりにもあっさりと。


 御門は思わず言葉を失った。


 冗談ではない。


 濁しもしない。


 この女は、“異世界”を現実として断言した。


「……本当に?」


「ええ」


 メリーは静かに続ける。


「世界は一つではありませんの。位相の違う文明、重なり合う法則、魔素濃度によって変質する現実層。貴女方祓魔師は、おそらく昔から“綻び”だけは観測していましたわね?」


 御門の瞳が見開かれる。


「……なぜ、それを」


「古式結界術式の構造ですわ。境界維持型だった」


 メリーは指先で窓を軽く叩く。


「つまり貴女方は、昔から知っていた。“向こう側”が存在することを」


 沈黙。


 長い沈黙。


 やがて御門は、小さく息を吐いた。


「……完全には知りません」


 初めてだった。


 彼女が少しだけ弱さを見せたのは。


「ですが昔から、“境界の向こう”は記録されていました」


 窓の外を見ながら語る。


「怪異。異形。神隠し。異界渡り。古文書にはそういう記録が大量にあります」


「でしょうね」


「私達は、それを“災い”として扱ってきた」


「それも正しいですわ」


 メリーは否定しなかった。


 むしろ静かに頷いた。


「実際、危険ですもの」


 その声音に。


 御門は背筋が寒くなる。


 危険。


 その一言に、実感がありすぎた。


 まるで。


 本当に滅びかけた世界を知っているような。


「……貴女は」


 御門が呟く。


「どうやって帰ってきたんですか」


 その問いに。


 メリーは少しだけ目を細めた。


 そして。


「王女に突き落とされましたの」


 瀬波が吹き出した。


 橘が口元を押さえる。


 御門は呆然とした。


「……は?」


「まったく酷いですわよね?わたくしのことが邪魔だったみたいでダンジョン深部の大空洞にぽーいですわよ」


「いや待ってください情報量」


「しかも落ちた先は最深部で目の前には災害級のダンボスですのよ」


「なんで生きてるんですか?」


「気合ですわ」


「気合で世界越えないでください」


 瀬波が真顔で言った。


 メリーは少し得意げだった。


「あと栄養ドリンク」


「社畜の帰宅みたいに言わないでください」


 空気が少しだけ緩む。


 だが。


 御門綾乃は理解してしまっていた。


 この女は。


 冗談めかしているが。


 本当に、“世界を越えて帰ってきた”。


 その事実だけで、本来なら人類史が変わる。


 しかし当の本人は。


「そういえばフィーネさん、編集ソフト何をお使いなのかしら……」


 急に別のことを考え始めていた。


「切り替え早すぎません!?」


「気になるではありませんの!」


 瀬波はもう諦めた顔をしていた。


 橘は静かに紅茶入りの保温ボトルを差し出す。


 メリーは自然に受け取った。


 その姿は、どこにでもいる少し変わった女性に見える。


 だが御門は知ってしまった。


 この人は。


 平然と笑いながら、“世界の外側”を知っている。

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