表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/38

第38話

 車列はやがて高速道路を降り、山間部へ入っていった。


 街灯が減っていく。


 代わりに、深い闇と木々の影が窓の外を流れ始める。


 深夜二時過ぎ。


 普通なら人気などない時間帯だった。


 だがメリーは、窓の外を見ながら静かに眉を上げた。


「……結界」


 ぽつりと呟く。


 御門が視線を向ける。


「分かりますか」


「かなり大規模ですわね」


 空気が違う。


 山そのものへ幾重にも術式が編み込まれている。


 認識阻害。


 侵入遮断。


 霊脈制御。


 空間歪曲。


 しかも単一術式ではない。


 数百年単位で継ぎ足され続けた、“積層型”。


 現代魔導理論ではまず作られない構造だった。


「……興味深いですわ」


 メリーの声色が少しだけ低くなる。


 研究者の顔だった。


「効率性は低い。ですが長期維持性能が異常ですわね。術者依存率を下げ、土地そのものへ循環を馴染ませている……なるほど、霊脈文化圏らしい発想ですわ」


 御門は軽く息を呑んだ。


 ここまで正確に看破されたのは初めてだった。


 祓魔師達の結界技術は、本来外部解析されることを想定していない。そもそも現代探索者は魔素を“出力”として扱う者が多く、環境融合型術式への理解が浅い。


 だが。


 この女は違う。


 構造そのものを見ている。


 しかも恐らく、既に半分ほど理論を逆算している。


(危険すぎる……)


 御門は改めて思う。


 知性が。


 理解力が。


 あまりにも規格外だった。


 一方。


 メリー本人はかなり楽しくなっていた。


(面白いですわねぇ……)


 久々だった。


 未知の体系に触れている感覚。


 異世界では魔導文明の発展が極端すぎたせいで、最終的には効率化一辺倒になっていた。高火力、高速演算、大規模制圧。戦争継続のため、術式はどこまでも合理化される。


 だが日本の祓魔術体系は違う。


 遅い。


 非効率。


 だが、優しい。


 土地と共存し、人を守るための術式だった。


 それが妙に胸へ引っ掛かった。


「……会長」


 瀬波が小声で言う。


「なんか今、すごい優しい顔してますけど」


「そうかしら?」


「研究者モードの時、だいたい怖いんで逆に分かるんですよ」


「失礼ですわね」


 メリーは紅茶を一口飲む。


「わたくし、今ちょっと感動していますの」


「感動?」


「“守るための技術”が、ちゃんと現代まで残っていたので」


 その声音は静かだった。


 橘が少しだけ目を細める。


 この人は。


 本当に“失われたもの”へ弱い。


 だから学術院を作った。


 だから教育へ拘る。


 だから、人類を育てようとしている。


 強すぎる力を持ちながら。


 その本質だけは、どこまでも“次世代へ残したい人”なのだ。


 車はさらに山奥へ進む。


 やがて。


 不意に空気が変わった。


 重力感覚がズレる。


 景色が歪む。


 普通の人間なら気付かない程度の揺らぎ。


 だがメリーは即座に反応した。


「空間位相転換」


「……ええ」


 御門が短く答える。


「本部は通常空間から半分ズラしています」


「大胆ですわね」


「昔はもっと深く沈めていました」


「今は?」


「魔素濃度上昇で維持が難しくなりました」


 メリーは納得したように頷く。


 世界の魔素環境が変わり始めている。


 それはつまり、古い術式基盤にも影響が出始めているということだ。


 そして恐らく。


 それこそが、祓魔師達が表へ出始めた理由。


 隠れ続けられなくなった。


 世界そのものが変質し始めているから。


 次の瞬間。


 景色が切り替わった。


 瀬波が思わず息を呑む。


「……は?」


 山奥だったはずだ。


 だが目の前に広がっていたのは。


 巨大な和風建築群だった。


 神社。


 寺院。


 古い回廊。


 石畳。


 灯籠。


 だが単なる歴史建築ではない。


 空気そのものが違う。


 霊脈。


 結界。


 術式。


 土地全体が巨大な魔導基盤として機能している。


 そしてその中心。


 山そのものへ食い込むように建てられた、本殿に似た巨大建築。


 古く。


 静かで。


 なのに圧倒的だった。


「……これはまた」


 メリーが小さく笑う。


「随分と“神秘側”ですわね」


 御門は車を降りながら言う。


「祓魔師総本山、《境界楼》です」


 夜風が吹く。


 灯籠の火が揺れる。


 その瞬間。


 本部内にいた術者達の気配が、一斉にこちらを向いた。


 ざわめき。


 警戒。


 困惑。


 そして。


 恐怖。


 メリーは理解する。


 視えているのだ。


 自分の“中身”を。


「……歓迎されてませんわね」


「当然です」


 御門は疲れたように言った。


「貴女みたいなのを連れて来たの、たぶん百年単位で初めてです」


「光栄ですわ」


「褒めてません」


 その時だった。


 本殿側から。


 ゆっくりと、一人の老人が現れる。


 白い和装。


 長い白髪。


 杖を突いた細身の老人。


 だが。


 出てきた瞬間、空気そのものが静まり返った。


 祓魔師達が一斉に頭を下げる。


「……総代」


 御門が呟く。


 老人はゆっくりとメリーを見る。


 その瞬間。


 老人の目が、わずかに見開かれた。


 驚愕。


 そして。


 理解。


「……なるほど」


 老人は静かに呟く。


「“門を越えた者”か」


 その言葉に。


 メリーの赤い瞳が、静かに細まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ