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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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第36話 

 現場の緊張がようやく落ち着きを見せ始めた頃。


 御門綾乃は静かに口を開いた。


「……ここで立ち話を続ける内容ではありません」


 その視線は、メリーへ真っ直ぐ向いている。


「貴女に聞きたいことがあります」


「奇遇ですわね。わたくしもですわ」


 メリーは優雅に微笑んだ。


 御門は僅かに迷ったあと、静かに告げる。


「来ていただけませんか」


「どちらへ?」


「祓魔師の本部です」


 その瞬間。


 周囲の祓魔師達がざわついた。


「御門様!?」


「本部へ部外者を!?」


「しかも探索者側を……!」


 御門は振り返らなかった。


「責任は私が持ちます」


 強い声だった。


 探索者側も動揺している。


「いや待て待て待て」


「祓魔師って実在してたのかよ……」


「本部とかあるの……?」


「ていうかメリー様行くの!?」


 瀬波は嫌な予感しかしなかった。


 というか、既に胃が痛い。


 日本の裏社会勢力。


 古来秘匿組織。


 現代国家未登録の術者集団。


 その本拠地へ、人類最強を連れて行く。


 外交事故の匂いしかしない。


「……会長」


「面白そうですわね」


「でしょうね!!」


 即答だった。


 メリーはどこか楽しげに目を細める。


「古式術式体系の現存組織。しかもゲート出現以前から活動していたのでしょう? 興味が尽きませんわ」


「研究者の目になってますよ今」


「当然ですわ。未知の体系ですもの」


 未知。


 その言葉を口にする時のメリーは、少しだけ年相応になる。


 普段の“人類最強”でも、“学術院の長”でもない。


 純粋な探究者の顔。


 橘梓はそんな彼女を横目で見つめ、小さく息を吐いた。


 この人は本当に。


 世界の命運を背負っている瞬間ですら、“知りたい”をやめられない。


 だから壊れそうになる。


 だから周囲が放っておけなくなる。


「……橘さん」


 瀬波が小声で言う。


「止めなくていいんですか」


「止まると思います?」


「思いません」


「なら諦めましょう」


 最近、橘もだいぶ慣れてきていた。


 メリーという存在は、基本的に“危険な好奇心”で動く。


 しかも本人に悪意が一切ない。


 質が悪い。


 一方。


 御門綾乃は内心で困惑していた。


 もっと警戒されると思っていた。


 祓魔師という存在は、公的記録にほぼ残っていない。意図的に歴史の裏側へ潜り続けてきた組織だ。探索者協会ですら、その存在を半ば都市伝説扱いしていた。


 なのに。


 目の前の女は。


「ちなみに本部建築はどの年代様式ですの!? やはり神社仏閣系統!? 結界構造は現代建築へ適応しています!? 霊脈利用型です!?」


「質問が早い」


「興味がありますもの!」


 目が輝いていた。


 さっきまで“人ならざるもの”みたいな空気を出していた存在と同一人物とは思えない。


 御門は少しだけ理解した。


 なるほど。


 確かにこの女は危険だ。


 だが同時に。


 妙に人間臭い。


「……案内します」


 御門が踵を返す。


 祓魔師達はまだ警戒を解いていない。


 特に年長者達は、メリーから目を離さなかった。


 当然だ。


 彼らは“視えて”しまっている。


 表層ではない。


 その奥。


 人の形を保ったまま封じ込められている、桁違いの“何か”。


 まるで。


 巨大な災厄が、無理やり人間の器へ収まっているような。


 そんな異様さ。


 そしてメリー本人は、それを理解している。


 理解した上で、何でもないように笑っている。


 それが余計に恐ろしかった。


 移動は祓魔師側が用意した車両だった。


 黒塗りの大型SUVが数台。


 探索者協会の最新装甲車両とは違い、妙に“気配”が静かだった。


「……術式処理されていますわね」


 メリーがぽつりと呟く。


 御門が振り返る。


「分かるんですか」


「外部認識阻害と魔素拡散抑制。加えて簡易結界。かなり古典寄りですが丁寧ですわ」


「……本当に何者なんですか貴女」


「院長ですわ」


「その肩書き便利ですね」


 半ば呆れた声だった。


 メリーは後部座席へ優雅に乗り込みながら、少しだけ楽しそうに笑う。


「最近よく言われますの」


 その隣へ橘。


 前方へ瀬波。


 車が静かに動き出す。


 工業地帯の夜景が流れていく。


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて。


 御門が低く呟く。


「……貴女は、“向こう側”を知っていますね」


 車内の空気が静かに張る。


 瀬波がミラー越しに視線を向ける。


 橘も目を伏せた。


 メリーだけが、窓の外を見ていた。


 夜の高速道路。


 流れる光。


 現代日本。


 平和な世界。


 守りたかった場所。


「さて」


 メリーは少しだけ笑う。


「どちらの“向こう側”のお話かしら?」


 その声音は、ひどく曖昧だった。


 御門綾乃は直感する。


 この女は。


 一つや二つではない。


 幾つもの“境界”を越えてきてしまっている。

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