表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/38

第35話

 その場にいた誰もが、即答できなかった。


 探索者達は息を潜め、祓魔師達は無意識に構えを固める。御門綾乃ですら、一瞬だけ言葉を失っていた。


 夜気に残るゲート残滓が、微かに震えている。


 まるで空間そのものが、目の前の存在を警戒しているようだった。


 しかし当の本人は、ひどく穏やかな顔をしていた。


「……冗談のつもりでしたのに」


 メリーは少しだけ肩を落とした。


「そんなに困られると、わたくしも傷付きますわよ?」


「いや絶対冗談じゃない空気でしたよ今の」


 瀬波が小声で突っ込む。


 橘は静かに額を押さえていた。


 御門綾乃は慎重に口を開く。


「……少なくとも、“普通の人間”ではないのでしょう」


「厳しい判定ですわね」


「こちらも命が懸かっています」


 その返答に、メリーはほんの少しだけ目を細めた。


 敵意ではない。


 むしろ、わずかな好感に近かった。


 最近の探索者社会には、力へ酔う者が急激に増えている。魔素適性を得たことで万能感を抱き、倫理や恐怖を置き去りにする者も珍しくない。


 だが目の前の祓魔師達には、“恐れる感覚”が残っていた。


 それは決して弱さではない。


 境界を扱う者に必要な、本能的な慎重さだ。


「では改めてお聞きしますわ」


 メリーは優雅に歩み寄る。


 祓魔師達の肩が僅かに強張る。


「このゲートを閉じたのは貴女方ですの?」


「ええ」


「興味深いですわね」


 メリーの赤い瞳が周囲へ向く。


 崩壊した工場跡地。


 切断痕。


 焼却痕。


 だが魔素循環が妙だった。


 探索者の術式とは根本構造が違う。


 近代魔導理論ではなく、もっと古い“儀式系”の流れ。


 循環を増幅するのではなく、“閉じる”ための構造。


 まるで封印術。


「……陰陽術系統ですの?」


 その瞬間。


 祓魔師達の空気が変わった。


 御門綾乃の瞳が鋭くなる。


「なぜそれを」


「術式構造が近いですもの」


 メリーはさらりと言った。


「ただし現代化されていない。古式寄りですわね。効率は悪いですが、安定性は高い。なるほど、“境界維持”には適していますわ」


 沈黙。


 祓魔師側がざわつく。


「……一目で解析した?」


「嘘だろ」


「いやでもこの人……」


「新宿を消し飛ばしかけた女だぞ……」


「消し飛ばしてませんわ!」


 メリーが即座に反論した。


「ちゃんと被害半径は〇・七キロ以内へ収めました!」


「普通その規模を“収めた”って言わないんですよ」


 瀬波が死んだ目で言う。


 御門綾乃はしばらく無言だった。


 やがて静かに問う。


「……貴女は、どこまで知っているんですか」


 その問いには、微かな恐怖が滲んでいた。


 メリーは少し考えた。


 どこまで話すべきか。


 異世界。


 魔王。


 文明崩壊。


 神代魔導。


 終焉戦争。


 そして――人類滅亡。


 あまりにも重すぎる。


「そうですわね」


 結局、彼女は曖昧に笑った。


「“世界は思ったより脆い”くらいは」


 軽い口調。


 しかし。


 その言葉だけで、空気が凍った。


 御門綾乃は理解してしまう。


 この女は。


 知っている。


 本当に、“世界が壊れる側”を見てきた目だ。


 その時だった。


 後方で怒声が上がった。


「もういいだろ! こんな連中放っとけって!」


 探索者側の若い男だった。


 二十歳前後。


 魔素強化型の装備を纏い、苛立った様子で前へ出る。


「こいつらさっきから偉そうなんだよ! ゲートは俺達探索者が処理する時代だろ!? 陰陽師ごっこみたいなの引っ込んでろよ!」


 空気が悪化する。


 祓魔師側の視線が冷える。


 瀬波が頭を抱えた。


(最悪だ……)


 最近増えているタイプだった。


 急激な力の拡張。


 若年探索者の万能感。


 社会的注目。


 配信人気。


 スポンサー契約。


 それらが混ざり、“選ばれた人間”意識を暴走させる。


 男はさらに続ける。


「大体なんなんだよ境界って! 時代遅れなんだよ! 力がある奴が前出るのは当然だろ!」


 その瞬間。


 祓魔師側の空気が鋭く沈んだ。


 殺気。


 ではない。


 もっと静かな拒絶。


 御門綾乃が冷たく口を開く。


「……だから貴方達は危うい」


「あ?」


「力を、“持つこと”しか考えていない」


「は?」


「人は昔から、境界を越えた瞬間に壊れる」


 男が舌打ちした。


「意味わかんねぇんだよ古臭ぇ――」


「おやめなさい」


 静かな声だった。


 だが。


 その瞬間、場の全員が硬直した。


 メリーだった。


 彼女は男を見ていない。


 夜空を見上げていた。


 赤い瞳が、どこか遠い場所を見る。


「……力というものは、案外脆いですの」


 ぽつりと。


 独白のように言う。


「人は簡単に壊れますわ。わたくしも、何度も見ましたもの」


 その声音には、妙な実感があった。


 笑えないほどの。


 重さが。


 若い探索者は言葉を失った。


 怒鳴り返そうとしたはずなのに、喉が凍り付いたように声が出ない。


 なぜか。


 本能が理解してしまったからだ。


 この女は。


 本当に。


 数え切れないほど、“壊れた人間”を見てきた。


 その空気を振り払うように、メリーはぱっと笑顔を作った。


「――とはいえ! 時代遅れ呼ばわりはよろしくありませんわね!」


 急にテンションが戻った。


「伝統技術は大事ですわよ!? 古式術式とかロマンの塊ではなくて!?」


「情緒で魔法語らないでください」


 瀬波が即座に突っ込む。


 空気が少しだけ緩む。


 御門綾乃は、そんなメリーを見つめていた。


 分からない。


 怪物なのか。


 救世主なのか。


 ただ一つ確かなのは。


 この女は、“理解されること”に最初から期待していない。


 そんな、諦めにも似た孤独が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ