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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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第34話 ふつまし?ですの?

 第七研究棟・危機対策管制室。


 薄暗い室内には、半透明モニター群が幾重にも展開され、各地の魔素濃度、ゲート反応、探索者協会支部の通信ログが流れ続けていた。アストレア魔導学術院は教育機関であると同時に、実質的には世界最大規模の魔素観測機関でもある。最近では各国の軍や研究機関ですら、学術院経由で情報提供を求める始末だった。


 そんな中。


「――つまり。“配信者としての顔出し”は避けつつ、“メリー・アストレア”としての認知度だけ最大化する導線設計が重要です」


 橘梓が淡々と資料を操作する。


 その隣で、瀬波卓郎は既に目が死んでいた。


「なんで危機対策会議で配信戦略の話してるんですかね……」


「現代において情報戦は戦略基盤ですわ」


 メリーは真顔で言った。


 赤を基調とした戦装束風ドレス。その姿は、ただ椅子へ腰掛けているだけで場の空気を変えてしまうほどに圧倒的だった。長い縦ロール気味の赤髪が柔らかく肩を流れ、白磁のような肌と赤い瞳が、モニターの淡光を受けて妖しく映る。


 優雅。


 それだけなら良かった。


「それにですわ。VTuber文化、想像以上に奥が深いですのね……。“切り抜き”という文化、あまりにも恐ろしすぎませんこと?」


「そこまだ引きずってるんですか」


「三十秒の発言だけで人格を決められるのですよ!? 貴族社会より怖いですわよ現代インターネット!」


「貴族社会と比較する人初めて見ましたよ」


 瀬波は疲れた声を出した。


 なお数時間前、メリーはフィーネとのオンライン会議を終えたばかりだった。


 最初こそ、


『あ、あの……本当に本物のメリー様ですか……?』


 などと怯えきっていたフィーネだったが。


 最終的には、


『え、編集だけじゃなくて配信管理もですか!? いやいやいやいや無理ですって!?』


『大丈夫ですわ。わたくしも配信初心者ですもの』


『それはそうなんですけど安心材料になってないんですよ!?』


 という感じで、半ば勢いに呑まれる形で協力体制が成立していた。


 ちなみに。


 会議終了後。


 メリーは十五分ほど無言だった。


 そしてぽつりと、


「……声が良すぎませんこと?」


 と言った。


 瀬波は聞かなかったことにした。


 橘は微笑ましそうに紅茶を淹れていた。


 その直後だった。


『関東圏・中規模ゲート反応発生。座標固定完了』


 管制AIの音声が響いた。


 空気が変わる。


 先ほどまでの配信談義が、嘘のように消え失せた。


 メリーの赤い瞳が静かに細まる。


 その瞬間、室内の温度が数度下がったような錯覚が走った。


 人類最強。


 その肩書きを、誰も疑わない理由がそこにある。


「規模は?」


「推定B+〜A−。ですが……少し妙です」


 橘が眉を寄せる。


「ゲートそのものは既に沈静化しています。ですが現地探索者部隊との接触拒否反応が発生しています」


「拒否反応?」


「はい。“別勢力”が先行処理した可能性があります」


 メリーは静かに立ち上がった。


 長い赤髪が揺れる。


「参りますわ」


「俺も同行します」


「当然です」


「私も行きます」


「当然ですわね」


 即答だった。


 数分後。


 転移術式による長距離移送が完了する。


 視界が白く揺れ、次の瞬間には湿った夜気が頬を撫でていた。


 現場は都心から少し外れた工業地帯跡地だった。


 破壊の痕跡はある。


 だが、妙に静かだった。


 通常ならゲート閉鎖直後というのはもっと混乱する。魔素残滓が暴れ、探索者達が警戒線を張り、救助と確認作業が入り乱れる。


 しかし今この場にあるのは。


 明確な“対立”だった。


「……なんだあれ」


 瀬波が低く呟く。


 探索者協会所属の探索者達。


 その向かい。


 黒を基調とした和装に近い衣装を纏った集団。


 人数は十数名。


 年齢層は若い者から壮年まで様々だったが、全員に共通していたのは異様な静けさだった。


 魔素の流れが違う。


 探索者のような粗削りな循環ではない。


 もっと古い。


 もっと研ぎ澄まされた“技術”の匂い。


 メリーはその場へ歩み出た。


 それだけで空気が張り詰める。


 探索者側がざわつく。


「あ……メリー様……!」


「本物だ……」


「配信の……」


「いや空気ヤバ……」


 一方で。


 和装の集団側は、一切動揺しなかった。


 むしろ。


 正面中央に立つ若い女性が、一歩前へ出る。


 二十代半ばほど。


 黒髪を後ろで結い、白い装束の上へ黒羽織を纏っている。整った顔立ちだが、その瞳には鋭い警戒が宿っていた。


 彼女はメリーを見据え、静かに言った。


「……なるほど。“赤の魔女”とは貴女のことでしたか」


 周囲が息を呑む。


 だがメリーは優雅に微笑んだ。


「初対面ですのに、随分と物騒な通り名で呼ばれますのね」


「こちらでは昔から、“人の理を超えたもの”には名を与えます」


「興味深い文化ですわ」


 女性は一瞬だけ目を細めた。


「貴女は探索者ではない」


「ええ」


「軍でもない」


「ええ」


「では何者ですか」


 メリーはほんの少しだけ首を傾げた。


「難しい質問ですわね」


 その仕草は優雅で。


 美しく。


 けれど同時に、どこか人間離れしていた。


「一応、学術院の院長ですわ」


 探索者側から吹き出す音がした。


 瀬波は頭を抱えた。


 女性は笑わなかった。


「……私は御門綾乃。《祓魔師》です」


「祓魔師」


「古来より、日本の裏側で異形と魔を処理してきた者達です」


 彼女の視線が探索者達へ向く。


「近年急激に増え始めた探索者とは、根本的に思想が異なります」


「思想?」


「探索者は力を拡張する」


 静かな声だった。


「私達は、“境界を守る”」


 その瞬間。


 メリーの表情が僅かに変わった。


 本当に、僅かに。


 だが瀬波は気付いた。


 橘も気付いた。


 “境界”。


 その言葉に、メリーは反応した。


「……面白いですわね」


 メリーが静かに笑う。


 赤い瞳が細まる。


「ではお聞きしますわ。貴女方は何を“境界”と定義していらっしゃるの?」


 御門綾乃は答える。


「人と、人ならざるものの境界です」


 夜風が吹いた。


 その瞬間だった。


 周囲の祓魔師達が、一斉に顔色を変える。


 空気が軋む。


 目の前の“存在”を、本能が理解してしまったからだ。


 メリー・アストレア。


 その外見は確かに美しい女性だった。


 だが。


 その奥にいる“何か”は。


 あまりにも深淵だった。


 それでもメリーは、どこか困ったように微笑む。


「困りましたわね」


 まるで他人事のように。

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