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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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26/38

第26話 VTuberデビューですわ!

 戦闘翌日。


 アストレア魔導学術院・会長室。


 そこでは現在、世界規模の混乱が発生していた。


「再生数、三億突破しました」


 橘梓が淡々と報告する。


「ほほう」


「切り抜き動画含めると総視聴数は推定二十億超えです」


「二十億!?」


 メリーが素で変な声を出した。


 会長室の大型モニターには、現在進行形で増え続ける動画群が映し出されている。


『【完全版】メリー様 新宿殲滅戦』

『人類最強、ガチで魔法を使う』

『術式が芸術作品すぎる』

『近接戦闘シーンやばすぎ』

『このお嬢様、動きがバグってる』


 世界中で話題になっていた。


 当然である。


 昨日の戦闘は、人類史上初めて“本物の魔法戦闘”が大規模配信された事件だったのだから。


 しかも。


 映像映えが異常だった。


 高層ビル群を背景に展開される巨大術式。赤い衣装を翻して戦うメリー。超高速戦闘。広域殲滅魔法。どう考えても映画だった。


 現実なのに。


「コメント欄も凄いですよ」


 橘がタブレットを操作する。


『CGでしょ』

『AI生成乙』

『こんな綺麗に魔法撃てるわけない』

『政府のプロパガンダ』

『どうせ合成』

『いや現場いたけど本物だったぞ』

『↑お前もサクラ』


 カオスだった。


 メリーはそれを眺めながら、ふむ、と頷く。


「なるほど」


「怒らないんですね」


「なぜですの?」


「いや……偽物扱いされてますけど」


「別に構いませんわよ」


 メリーは紅茶を飲む。


「話題になってますもの」


 強い。


 鋼のメンタルだった。


「炎上も含めて視聴数になりますし」


「発想が配信者なんですよ」


「むしろ“信じられない”という反応は当然ですわ」


 メリーは画面を見る。


 そこに映るのは、自分自身の戦闘姿。


 確かに現実感がない。


 異世界を知らない現代人ならなおさらだ。


「ですから」


 メリーはふっと笑った。


「乗っかることにしましたの」


「……はい?」


「配信ですわ!」


 ばんっと机を叩く。


「収益化いたします!」


 橘が一瞬固まった。


「えっ」


「だって再生数すごいですもの!」


「そこなんだ……」


「学術院、めちゃくちゃお金かかりますのよ!?」


 切実だった。


「研究費!」

「設備費!」

「人件費!」

「魔導素材保管費!」


 段々愚痴になっていく。


「あと書類処理担当を増やしたいですわ……」


「本音出てます」


 メリーは真顔だった。


 だが実際、配信収益は馬鹿にならない。現在の注目度なら世界規模の広告収入が見込める。加えて学術院の宣伝効果も絶大だ。


 瀬波も腕を組む。


「……合理的ではありますね」


「でしょう?」


「ただ問題があります」


「なんですの?」


「会長、戸籍上かなり面倒な立場ですよね」


「あっ」


 メリーが固まった。


 そう。


 最大の問題。


 現在のメリーは“サロメリア・ディアローザ”としての外見をしている。現代日本人・佐藤紗理奈の姿ではない。つまり各種身元認証が極めて怪しい。


「収益配信したら世界がまた荒れますよ」


「既に荒れてますわよ」


「それはそうです」


 瀬波は疲れた顔をした。


 すると次の瞬間。


 メリーがぽんっと手を打つ。


「ならば!」


 嫌な予感がした。


「VTuberになれば良いのでは!?」


「……はい?」


「わたくし天才ですわね?」


 違う。


 たぶん違う。


 だがメリーは完全に乗り気だった。


「そもそも今のわたくし、日本人姿ではありませんもの! ならばキャラクター扱いの方が自然ですわ!」


「いや自然かなぁ……」


「現代文化へ適応する柔軟性ですわよ!」


 なお本人は大真面目である。


 しかし。


 実際問題、理にはかなっていた。


 配信文化全盛の現代において、“正体不明の超絶美形お嬢様VTuber”はむしろ受け入れられやすい。


 そして何より。


 既に存在が現実離れしている。


 今更だった。


「では早速事務所を――」


 その時。


 橘の端末へ通知が殺到し始めた。


「……え?」


「どうしましたの?」


「配信事務所から問い合わせです」


「もう!?」


「すごい数来てますね……」


 画面を覗き込んだ瀬波が引く。


「国内大手」

「海外企業」

「芸能系」

「技術系」

「配信専門」


 片っ端からオファーが飛んできていた。


 当然だった。


 今のメリーは、世界でもっとも注目されている存在の一人なのだから。


「“ぜひ弊社へ”ばっかりですね」


「ふふん♪ 当然ですわね!」


 メリーが調子に乗り始めた。


「このわたくしを欲しがるとは見る目がありますわ!」


「なお危険物でもある模様」


「失礼ですわね!?」


 ぷんすこする。


 だが次の瞬間。


「あら?」


 メリーの動きが止まった。


 大型モニターの関連動画一覧。その片隅に、小さな配信切り抜きが表示されていた。


『深夜ゲーム配信|寝る前にちょっとだけ』


 個人勢VTuber。


 登録者数は数万人規模。


 派手な演出もない。企業勢のような豪華機材もない。だが、なぜかメリーの視線はそこへ吸い寄せられた。


「……」


 無言で再生ボタンを押す。


 映し出されたアバターを見た瞬間。


 メリーの呼吸が止まった。


「……っ」


 それは。


 異世界時代、“魔王”と呼ばれていた少女によく似ていた。


 銀混じりの淡い髪。眠たげな瞳。どこか気だるそうで、それでいて柔らかな空気感。もちろん別人だ。顔立ちも細部は違う。だが雰囲気が似すぎていた。


 メリーの胸の奥が、僅かにざわつく。


 そして。


『あっ、ちょ、いや今の当たってないでしょ!?』


 可愛らしい声が響いた。


 画面ではFPSゲームがプレイされている。だが腕前はそこそこだった。飛び抜けて上手いわけではない。むしろ普通。時々エイムを外し、味方に置いていかれ、慌てている。


 なのに妙に目が離せない。


『いやぁぁぁっ!? 今の絶対壁抜きだってぇ!!』


 ばたばた慌てる。


 声は可愛い。


 落ち着いた配信を目指しているのも伝わる。


 だが。


『このクソエイムがぁ!!』


 突然飛び出した暴言に、メリーがぴたりと止まった。


 数秒の沈黙。


 その後。


『……あっ』


 配信画面の向こうで、フィーネが固まった。


『ご、ごめんなさい……今の忘れてください……』


 コメント欄が爆速で流れる。


『草』

『出た』

『フィーネ様キレ芸』

『助かる』

『今の好き』

『感情漏れてますよ』


 本人は落ち着いた雰囲気でやりたいらしい。


 だが感情が乗ると素が出る。


 そしてそのギャップが妙に愛嬌になっていた。


「……」


 メリーは無言で見続ける。


 ゲームをしながら、フィーネは視聴者と雑談していた。


『お仕事大変?』

『……えらいです。ちゃんと今日も生きてて』


 その言葉に、コメント欄が少し柔らかくなる。


 彼女は時々こういうことを言う。


 自然体で。


 気負わず。


 誰かを肯定する。


 だから人が残るのだろう。


『無理しすぎると駄目ですからね? ちゃんと寝てください』


 メリーの指先が、微かに止まる。


 その声音が。


 どうしようもなく懐かしかった。


 異世界で。


 唯一、対等に話してくれた存在。


 “怪物”ではなく、一人の人間として接してくれた少女。


 ――魔王。


 その記憶が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「……会長?」


 橘が不思議そうに覗き込む。


 だがメリーは答えなかった。


 ただ静かに動画を見ている。


 その赤い瞳は、どこか遠い場所を見ているようだった。


 その時。


『ちょっ、待っ――うわぁぁぁぁっ!?』


 フィーネがゲーム内で爆発に巻き込まれた。


 派手に吹き飛ぶキャラクター。


 数秒の沈黙。


 そして。


『このクソゲーーーーーっ!!』


 感情が爆発した。


 コメント欄が大歓喜する。


『本性出た』

『助かる』

『それでこそフィーネ様』

『今の好き』


 メリーが吹き出した。


「ふっ……」


 肩が震える。


 次第に堪えきれなくなり。


「ふ、ふふっ……!」


 笑った。


 本当に楽しそうに。


 それを見て、橘と瀬波が目を丸くする。


 最近のメリーは確かに笑うようになった。だが今の笑い方は少し違った。


 もっと自然だった。


「……決めましたわ」


 メリーが静かに言う。


「はい?」


「この方へ依頼します」


 橘と瀬波が同時に画面を見る。


「個人勢ですよ?」


「企業所属ですらありませんが」


「関係ありませんわ」


 メリーは断言した。


「この方、好きですもの」


 速かった。


 落ちるまでが。


「空気感が良いですわね」

「声も素敵ですわ」

「あと時々出る口悪い感じが妙に愛嬌ありますわ」

「取り繕い切れてない感じが人間味ありますもの」


「会長」


 瀬波が真顔になる。


「それ推し活です」


「……はっ」


 メリーが固まった。


 数秒後、耳まで赤くなる。


「ち、違いますわよ!? これは事業的観点からの分析で――」


「“好きですもの”って言ってました」


「言ってませんわ!」


「言いました」


 逃げられない。


 メリーは視線を逸らした。


 だが再び画面を見る。


 そこではフィーネが、視聴者へ向けて必死に取り繕っていた。


『ち、違うんです……普段はもっと落ち着いてるんです私……』


 なおコメント欄は誰も信じていない。


 その様子を見ながら。


 メリーはふと、小さく呟く。


「……似ていますわね」


「え?」


「いえ」


 それ以上は言わなかった。


 だが胸の奥では、静かに何かが揺れていた。


 異世界に置いてきたはずの記憶。


 もう会えないと思っていた誰か。


 その面影が。


 どうしようもなく、この少女と重なって見えていた。

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