第26話 VTuberデビューですわ!
戦闘翌日。
アストレア魔導学術院・会長室。
そこでは現在、世界規模の混乱が発生していた。
「再生数、三億突破しました」
橘梓が淡々と報告する。
「ほほう」
「切り抜き動画含めると総視聴数は推定二十億超えです」
「二十億!?」
メリーが素で変な声を出した。
会長室の大型モニターには、現在進行形で増え続ける動画群が映し出されている。
『【完全版】メリー様 新宿殲滅戦』
『人類最強、ガチで魔法を使う』
『術式が芸術作品すぎる』
『近接戦闘シーンやばすぎ』
『このお嬢様、動きがバグってる』
世界中で話題になっていた。
当然である。
昨日の戦闘は、人類史上初めて“本物の魔法戦闘”が大規模配信された事件だったのだから。
しかも。
映像映えが異常だった。
高層ビル群を背景に展開される巨大術式。赤い衣装を翻して戦うメリー。超高速戦闘。広域殲滅魔法。どう考えても映画だった。
現実なのに。
「コメント欄も凄いですよ」
橘がタブレットを操作する。
『CGでしょ』
『AI生成乙』
『こんな綺麗に魔法撃てるわけない』
『政府のプロパガンダ』
『どうせ合成』
『いや現場いたけど本物だったぞ』
『↑お前もサクラ』
カオスだった。
メリーはそれを眺めながら、ふむ、と頷く。
「なるほど」
「怒らないんですね」
「なぜですの?」
「いや……偽物扱いされてますけど」
「別に構いませんわよ」
メリーは紅茶を飲む。
「話題になってますもの」
強い。
鋼のメンタルだった。
「炎上も含めて視聴数になりますし」
「発想が配信者なんですよ」
「むしろ“信じられない”という反応は当然ですわ」
メリーは画面を見る。
そこに映るのは、自分自身の戦闘姿。
確かに現実感がない。
異世界を知らない現代人ならなおさらだ。
「ですから」
メリーはふっと笑った。
「乗っかることにしましたの」
「……はい?」
「配信ですわ!」
ばんっと机を叩く。
「収益化いたします!」
橘が一瞬固まった。
「えっ」
「だって再生数すごいですもの!」
「そこなんだ……」
「学術院、めちゃくちゃお金かかりますのよ!?」
切実だった。
「研究費!」
「設備費!」
「人件費!」
「魔導素材保管費!」
段々愚痴になっていく。
「あと書類処理担当を増やしたいですわ……」
「本音出てます」
メリーは真顔だった。
だが実際、配信収益は馬鹿にならない。現在の注目度なら世界規模の広告収入が見込める。加えて学術院の宣伝効果も絶大だ。
瀬波も腕を組む。
「……合理的ではありますね」
「でしょう?」
「ただ問題があります」
「なんですの?」
「会長、戸籍上かなり面倒な立場ですよね」
「あっ」
メリーが固まった。
そう。
最大の問題。
現在のメリーは“サロメリア・ディアローザ”としての外見をしている。現代日本人・佐藤紗理奈の姿ではない。つまり各種身元認証が極めて怪しい。
「収益配信したら世界がまた荒れますよ」
「既に荒れてますわよ」
「それはそうです」
瀬波は疲れた顔をした。
すると次の瞬間。
メリーがぽんっと手を打つ。
「ならば!」
嫌な予感がした。
「VTuberになれば良いのでは!?」
「……はい?」
「わたくし天才ですわね?」
違う。
たぶん違う。
だがメリーは完全に乗り気だった。
「そもそも今のわたくし、日本人姿ではありませんもの! ならばキャラクター扱いの方が自然ですわ!」
「いや自然かなぁ……」
「現代文化へ適応する柔軟性ですわよ!」
なお本人は大真面目である。
しかし。
実際問題、理にはかなっていた。
配信文化全盛の現代において、“正体不明の超絶美形お嬢様VTuber”はむしろ受け入れられやすい。
そして何より。
既に存在が現実離れしている。
今更だった。
「では早速事務所を――」
その時。
橘の端末へ通知が殺到し始めた。
「……え?」
「どうしましたの?」
「配信事務所から問い合わせです」
「もう!?」
「すごい数来てますね……」
画面を覗き込んだ瀬波が引く。
「国内大手」
「海外企業」
「芸能系」
「技術系」
「配信専門」
片っ端からオファーが飛んできていた。
当然だった。
今のメリーは、世界でもっとも注目されている存在の一人なのだから。
「“ぜひ弊社へ”ばっかりですね」
「ふふん♪ 当然ですわね!」
メリーが調子に乗り始めた。
「このわたくしを欲しがるとは見る目がありますわ!」
「なお危険物でもある模様」
「失礼ですわね!?」
ぷんすこする。
だが次の瞬間。
「あら?」
メリーの動きが止まった。
大型モニターの関連動画一覧。その片隅に、小さな配信切り抜きが表示されていた。
『深夜ゲーム配信|寝る前にちょっとだけ』
個人勢VTuber。
登録者数は数万人規模。
派手な演出もない。企業勢のような豪華機材もない。だが、なぜかメリーの視線はそこへ吸い寄せられた。
「……」
無言で再生ボタンを押す。
映し出されたアバターを見た瞬間。
メリーの呼吸が止まった。
「……っ」
それは。
異世界時代、“魔王”と呼ばれていた少女によく似ていた。
銀混じりの淡い髪。眠たげな瞳。どこか気だるそうで、それでいて柔らかな空気感。もちろん別人だ。顔立ちも細部は違う。だが雰囲気が似すぎていた。
メリーの胸の奥が、僅かにざわつく。
そして。
『あっ、ちょ、いや今の当たってないでしょ!?』
可愛らしい声が響いた。
画面ではFPSゲームがプレイされている。だが腕前はそこそこだった。飛び抜けて上手いわけではない。むしろ普通。時々エイムを外し、味方に置いていかれ、慌てている。
なのに妙に目が離せない。
『いやぁぁぁっ!? 今の絶対壁抜きだってぇ!!』
ばたばた慌てる。
声は可愛い。
落ち着いた配信を目指しているのも伝わる。
だが。
『このクソエイムがぁ!!』
突然飛び出した暴言に、メリーがぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
その後。
『……あっ』
配信画面の向こうで、フィーネが固まった。
『ご、ごめんなさい……今の忘れてください……』
コメント欄が爆速で流れる。
『草』
『出た』
『フィーネ様キレ芸』
『助かる』
『今の好き』
『感情漏れてますよ』
本人は落ち着いた雰囲気でやりたいらしい。
だが感情が乗ると素が出る。
そしてそのギャップが妙に愛嬌になっていた。
「……」
メリーは無言で見続ける。
ゲームをしながら、フィーネは視聴者と雑談していた。
『お仕事大変?』
『……えらいです。ちゃんと今日も生きてて』
その言葉に、コメント欄が少し柔らかくなる。
彼女は時々こういうことを言う。
自然体で。
気負わず。
誰かを肯定する。
だから人が残るのだろう。
『無理しすぎると駄目ですからね? ちゃんと寝てください』
メリーの指先が、微かに止まる。
その声音が。
どうしようもなく懐かしかった。
異世界で。
唯一、対等に話してくれた存在。
“怪物”ではなく、一人の人間として接してくれた少女。
――魔王。
その記憶が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
「……会長?」
橘が不思議そうに覗き込む。
だがメリーは答えなかった。
ただ静かに動画を見ている。
その赤い瞳は、どこか遠い場所を見ているようだった。
その時。
『ちょっ、待っ――うわぁぁぁぁっ!?』
フィーネがゲーム内で爆発に巻き込まれた。
派手に吹き飛ぶキャラクター。
数秒の沈黙。
そして。
『このクソゲーーーーーっ!!』
感情が爆発した。
コメント欄が大歓喜する。
『本性出た』
『助かる』
『それでこそフィーネ様』
『今の好き』
メリーが吹き出した。
「ふっ……」
肩が震える。
次第に堪えきれなくなり。
「ふ、ふふっ……!」
笑った。
本当に楽しそうに。
それを見て、橘と瀬波が目を丸くする。
最近のメリーは確かに笑うようになった。だが今の笑い方は少し違った。
もっと自然だった。
「……決めましたわ」
メリーが静かに言う。
「はい?」
「この方へ依頼します」
橘と瀬波が同時に画面を見る。
「個人勢ですよ?」
「企業所属ですらありませんが」
「関係ありませんわ」
メリーは断言した。
「この方、好きですもの」
速かった。
落ちるまでが。
「空気感が良いですわね」
「声も素敵ですわ」
「あと時々出る口悪い感じが妙に愛嬌ありますわ」
「取り繕い切れてない感じが人間味ありますもの」
「会長」
瀬波が真顔になる。
「それ推し活です」
「……はっ」
メリーが固まった。
数秒後、耳まで赤くなる。
「ち、違いますわよ!? これは事業的観点からの分析で――」
「“好きですもの”って言ってました」
「言ってませんわ!」
「言いました」
逃げられない。
メリーは視線を逸らした。
だが再び画面を見る。
そこではフィーネが、視聴者へ向けて必死に取り繕っていた。
『ち、違うんです……普段はもっと落ち着いてるんです私……』
なおコメント欄は誰も信じていない。
その様子を見ながら。
メリーはふと、小さく呟く。
「……似ていますわね」
「え?」
「いえ」
それ以上は言わなかった。
だが胸の奥では、静かに何かが揺れていた。
異世界に置いてきたはずの記憶。
もう会えないと思っていた誰か。
その面影が。
どうしようもなく、この少女と重なって見えていた。




