第24話 戦闘パートですわ!
新宿西口区域は、既に封鎖が始まっていた。
夕暮れの高層ビル群。その中央で、空間そのものが軋むように歪んでいる。半透明の亀裂が空中へ走り、濁った魔素が霧のように滲み出していた。一般人避難はほぼ完了。しかし現場にはなお、探索者部隊、自衛隊、報道ドローン、そして学術院の訓練用観測機が滞空している。
理由は単純だった。
メリー・アストレアが「実戦講義」を行うと宣言したからだ。
現場指揮車両の中で、瀬波は頭を抱えていた。
「いや本当にやるんですか……」
モニターには、既に世界同時配信状態となった映像が映し出されている。視聴者数は数千万規模。各国メディアもリアルタイム中継を開始していた。
そして画面中央。
赤を基調とした戦装束へ着替えたメリーが、ゆっくりとゲート前へ歩いていく。
ドレスを戦闘用に再構築したような意匠。長いコートの裾が風を裂き、黒手袋の指先には薄く魔素光が流れていた。その姿は優雅だった。だが同時に、猛獣より危険な何かを連想させる。
「理論だけでは意味がありませんもの」
メリーは空を見上げる。周囲を飛行する無人ドローン群。その一つへ視線を向け、微笑んだ。
「本日は“実戦環境下における魔法運用基礎”をお見せしますわ」
直後。
空間が裂けた。
轟音と共にゲートが展開し、黒い泥のような魔素が噴き出す。そこから現れたのは、四足獣型の魔物群だった。体長三メートル級。外殻は金属のように硬質化し、口腔から高熱蒸気を噴き出している。
低級ではない。
A級相当災害種。
通常なら自衛隊部隊が壊滅してもおかしくない。
だがメリーは一歩も動かなかった。
「まず、長距離射程魔法について」
静かな声だった。
彼女は右手を持ち上げる。指先が空間へ滑るように動き、幾何学的な光の線が幾重にも展開される。術式。超高速演算によって編まれた魔法陣が、空中で立体構造を形成していく。
観測ドローン越しに見ていた研究員達が息を呑んだ。
「速すぎる……」
「術式構築が見えない……」
「並列演算……?」
普通の魔術師なら数十秒を要する高位術式。それをメリーは呼吸するように組み上げていく。
「魔法とは、“イメージ”ではありませんの」
赤い瞳が細まる。
「構造ですわ」
次の瞬間。
空中に浮かんだ術式が、一斉に収束した。
光が走る。
いや、違う。
それは熱量を伴った超高密度魔素の貫通射だった。
一直線。
音を置き去りにした閃光が、突進していた魔物群をまとめて貫く。外殻ごと穿たれた獣型魔物が爆散し、後方ビル壁面へ巨大な熱融解痕を刻み付けた。
だが終わらない。
メリーの周囲へさらに十数基の術式が展開される。角度調整。軌道演算。敵性反応追尾。全てが同時並列で制御されていた。
「長距離術式で重要なのは、“命中精度”と“情報処理能力”ですの」
次々と光が走る。
一射ごとに魔物が消し飛ぶ。
逃げ場がない。
高速機動していた飛行型個体が、未来を読まれたように撃ち抜かれ、火花を散らしながら墜落した。
観測している人々は呆然としていた。
強い。
その理解は以前からあった。
だが実際に見ると、認識が変わる。
これは戦闘ではない。
支配だった。
戦場そのものを一人で掌握している。
そして何より、美しかった。
無駄がない。
術式展開の指先。視線運び。衣装の翻り。全てが洗練されている。暴力的な力のはずなのに、そこには妙な優雅さがあった。
まるで舞台演劇を見ているようだった。
だからこそ、人は目を奪われる。
『綺麗……』
『何これ』
『映画じゃん』
『いや現実かよ』
『術式が芸術作品なんだけど』
配信コメント欄が流れ続ける。
だがその時。
ゲート内部から、さらに巨大な反応が現れた。
重低音。
アスファルトが軋む。
現れたのは、全高八メートルを超える重装甲型魔物だった。全身を黒灰色の外殻で覆い、両腕が異常発達している。魔素反応も濃い。
対物理特化個体。
遠距離攻撃耐性持ち。
周りの人々に緊張が走る。
だがメリーはわずかに口角を上げた。
「では次」
その瞬間。
彼女の纏う空気が変わった。
周囲魔素が、一気に収束する。
身体強化。
ただし常識的なそれではない。
超高密度魔素循環によって神経伝達、筋繊維、骨格強度、空間認識能力を同時増幅。人間という器を、一時的に戦闘特化存在へ変質させる異常技術。
地面が砕けた。
次の瞬間には、メリーの姿が消えていた。
「――っ!?」
観測する人達が反応できた頃には、既に彼女は魔物の懐へ潜り込んでいる。
速い。
速すぎる。
重装甲型が腕を振り下ろす。ビルを叩き潰せるほどの質量攻撃。だがメリーは紙一重で回避し、その勢いのまま外殻表面を駆け上がった。
赤いコートが翻る。
長い髪が宙へ舞う。
そして。
掌底。
ただそれだけだった。
だが衝撃が異常だった。
圧縮魔素を叩き込まれた装甲が内側から破裂し、巨大魔物の上半身が吹き飛ぶ。凄まじい轟音と共に衝撃波が周囲へ広がり、ガラス窓が連鎖的に震えた。
それでもメリーは止まらない。
着地。
回転。
蹴り。
最小動作で魔物群を次々と粉砕していく。
近接戦闘。
だがそれは乱暴な殴り合いではなかった。
洗練されていた。
力任せではなく、重心制御と魔素流動を極限まで計算した技術体系。異世界で積み上げた実戦経験が、そのまま形になっている。
美しい。
恐ろしいほどに。
人類最強の戦闘技術は、見る者の感覚を麻痺させる。
そして最後に。
ゲート内部が脈動した。
大量反応。
魔物群が雪崩のように出現を始める。
周囲探索者達の顔色が変わった。
数が多すぎる。
だがメリーは静かだった。
彼女はゆっくり空を見上げる。
そして。
「最後に、“広域殲滅術式”ですわ」
その声と同時に、世界が震えた。
空間全体へ巨大術式が展開される。
高層ビル群の上空。幾重もの魔法陣が夜空を埋め尽くし、赤金色の光が都市を照らしていく。観測ドローン越しでも分かる。これは桁が違う。
研究員達の顔から血の気が引いていた。
「都市規模術式……」
「いや待て演算量がおかしい」
「一人で制御してるのか!?」
メリーは静かに目を閉じる。
異世界で積み上げたもの。
戦い続けた時間。
孤独。
努力。
死線。
その全てが、この術式へ繋がっている。
やがて。
彼女はそっと扇子を閉じた。
「――焼き払いなさい」
光が降った。
無数の光条が豪雨のように地表へ降り注ぎ、魔物群を一瞬で呑み込んでいく。爆炎。衝撃。熱波。だが術式制御は完璧だった。人間側への被害は一切ない。
ただ魔物だけが、綺麗に消滅していく。
その光景は、まるで終末だった。
だから誰も声を出せなかった。
圧倒的だった。
美しく。
優雅で。
そして恐ろしい。




