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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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第24話 戦闘パートですわ!

 新宿西口区域は、既に封鎖が始まっていた。


 夕暮れの高層ビル群。その中央で、空間そのものが軋むように歪んでいる。半透明の亀裂が空中へ走り、濁った魔素が霧のように滲み出していた。一般人避難はほぼ完了。しかし現場にはなお、探索者部隊、自衛隊、報道ドローン、そして学術院の訓練用観測機が滞空している。


 理由は単純だった。


 メリー・アストレアが「実戦講義」を行うと宣言したからだ。


 現場指揮車両の中で、瀬波は頭を抱えていた。


「いや本当にやるんですか……」


 モニターには、既に世界同時配信状態となった映像が映し出されている。視聴者数は数千万規模。各国メディアもリアルタイム中継を開始していた。


 そして画面中央。


 赤を基調とした戦装束へ着替えたメリーが、ゆっくりとゲート前へ歩いていく。


 ドレスを戦闘用に再構築したような意匠。長いコートの裾が風を裂き、黒手袋の指先には薄く魔素光が流れていた。その姿は優雅だった。だが同時に、猛獣より危険な何かを連想させる。


「理論だけでは意味がありませんもの」


 メリーは空を見上げる。周囲を飛行する無人ドローン群。その一つへ視線を向け、微笑んだ。


「本日は“実戦環境下における魔法運用基礎”をお見せしますわ」


 直後。


 空間が裂けた。


 轟音と共にゲートが展開し、黒い泥のような魔素が噴き出す。そこから現れたのは、四足獣型の魔物群だった。体長三メートル級。外殻は金属のように硬質化し、口腔から高熱蒸気を噴き出している。


 低級ではない。


 A級相当災害種。


 通常なら自衛隊部隊が壊滅してもおかしくない。


 だがメリーは一歩も動かなかった。


「まず、長距離射程魔法について」


 静かな声だった。


 彼女は右手を持ち上げる。指先が空間へ滑るように動き、幾何学的な光の線が幾重にも展開される。術式。超高速演算によって編まれた魔法陣が、空中で立体構造を形成していく。


 観測ドローン越しに見ていた研究員達が息を呑んだ。


「速すぎる……」

「術式構築が見えない……」

「並列演算……?」


 普通の魔術師なら数十秒を要する高位術式。それをメリーは呼吸するように組み上げていく。


「魔法とは、“イメージ”ではありませんの」


 赤い瞳が細まる。


「構造ですわ」


 次の瞬間。


 空中に浮かんだ術式が、一斉に収束した。


 光が走る。


 いや、違う。


 それは熱量を伴った超高密度魔素の貫通射だった。


 一直線。


 音を置き去りにした閃光が、突進していた魔物群をまとめて貫く。外殻ごと穿たれた獣型魔物が爆散し、後方ビル壁面へ巨大な熱融解痕を刻み付けた。


 だが終わらない。


 メリーの周囲へさらに十数基の術式が展開される。角度調整。軌道演算。敵性反応追尾。全てが同時並列で制御されていた。


「長距離術式で重要なのは、“命中精度”と“情報処理能力”ですの」


 次々と光が走る。


 一射ごとに魔物が消し飛ぶ。


 逃げ場がない。


 高速機動していた飛行型個体が、未来を読まれたように撃ち抜かれ、火花を散らしながら墜落した。


 観測している人々は呆然としていた。


 強い。


 その理解は以前からあった。


 だが実際に見ると、認識が変わる。


 これは戦闘ではない。


 支配だった。


 戦場そのものを一人で掌握している。


 そして何より、美しかった。


 無駄がない。


 術式展開の指先。視線運び。衣装の翻り。全てが洗練されている。暴力的な力のはずなのに、そこには妙な優雅さがあった。


 まるで舞台演劇を見ているようだった。


 だからこそ、人は目を奪われる。


『綺麗……』

『何これ』

『映画じゃん』

『いや現実かよ』

『術式が芸術作品なんだけど』


 配信コメント欄が流れ続ける。


 だがその時。


 ゲート内部から、さらに巨大な反応が現れた。


 重低音。


 アスファルトが軋む。


 現れたのは、全高八メートルを超える重装甲型魔物だった。全身を黒灰色の外殻で覆い、両腕が異常発達している。魔素反応も濃い。


 対物理特化個体。


 遠距離攻撃耐性持ち。


 周りの人々に緊張が走る。


 だがメリーはわずかに口角を上げた。


「では次」


 その瞬間。


 彼女の纏う空気が変わった。


 周囲魔素が、一気に収束する。


 身体強化。


 ただし常識的なそれではない。


 超高密度魔素循環によって神経伝達、筋繊維、骨格強度、空間認識能力を同時増幅。人間という器を、一時的に戦闘特化存在へ変質させる異常技術。


 地面が砕けた。


 次の瞬間には、メリーの姿が消えていた。


「――っ!?」


 観測する人達が反応できた頃には、既に彼女は魔物の懐へ潜り込んでいる。


 速い。


 速すぎる。


 重装甲型が腕を振り下ろす。ビルを叩き潰せるほどの質量攻撃。だがメリーは紙一重で回避し、その勢いのまま外殻表面を駆け上がった。


 赤いコートが翻る。


 長い髪が宙へ舞う。


 そして。


 掌底。


 ただそれだけだった。


 だが衝撃が異常だった。


 圧縮魔素を叩き込まれた装甲が内側から破裂し、巨大魔物の上半身が吹き飛ぶ。凄まじい轟音と共に衝撃波が周囲へ広がり、ガラス窓が連鎖的に震えた。


 それでもメリーは止まらない。


 着地。


 回転。


 蹴り。


 最小動作で魔物群を次々と粉砕していく。


 近接戦闘。


 だがそれは乱暴な殴り合いではなかった。


 洗練されていた。


 力任せではなく、重心制御と魔素流動を極限まで計算した技術体系。異世界で積み上げた実戦経験が、そのまま形になっている。


 美しい。


 恐ろしいほどに。


 人類最強の戦闘技術は、見る者の感覚を麻痺させる。


 そして最後に。


 ゲート内部が脈動した。


 大量反応。


 魔物群が雪崩のように出現を始める。


 周囲探索者達の顔色が変わった。


 数が多すぎる。


 だがメリーは静かだった。


 彼女はゆっくり空を見上げる。


 そして。


「最後に、“広域殲滅術式”ですわ」


 その声と同時に、世界が震えた。


 空間全体へ巨大術式が展開される。


 高層ビル群の上空。幾重もの魔法陣が夜空を埋め尽くし、赤金色の光が都市を照らしていく。観測ドローン越しでも分かる。これは桁が違う。


 研究員達の顔から血の気が引いていた。


「都市規模術式……」

「いや待て演算量がおかしい」

「一人で制御してるのか!?」


 メリーは静かに目を閉じる。


 異世界で積み上げたもの。


 戦い続けた時間。


 孤独。


 努力。


 死線。


 その全てが、この術式へ繋がっている。


 やがて。


 彼女はそっと扇子を閉じた。


「――焼き払いなさい」


 光が降った。


 無数の光条が豪雨のように地表へ降り注ぎ、魔物群を一瞬で呑み込んでいく。爆炎。衝撃。熱波。だが術式制御は完璧だった。人間側への被害は一切ない。


 ただ魔物だけが、綺麗に消滅していく。


 その光景は、まるで終末だった。


 だから誰も声を出せなかった。


 圧倒的だった。


 美しく。


 優雅で。


 そして恐ろしい。



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