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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
3章

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20/38

第20話 学術院設立しますわ!

 記者会見の翌日。


 世界は終わっていた。


 比喩ではない。


 インターネットが。


『【速報】魔法、実在』

『メリー会長「誰でも魔法を使える可能性があります」』

『魔核エネルギー関連株、世界的急騰』

『各国政府、緊急会議へ』

『探索者学校設立か』

『魔法講座まだ?????』


 SNSのトレンドは完全制圧。


 動画サイトには切り抜きが乱舞。


 “メリー構文”なるものまで発生していた。


『勘違いなさらないでくださいまし』

『わたくし、お嬢様ですもの』


 コメント欄が地獄だった。


『魔法少女より先にお嬢様魔術師時代来た』

『お嬢様構文で世界革命すな』

『この人だけ異世界ラスボス感ある』

『会長が配信始めたら世界終わる』


 終わりませんわよ。


 たぶん。


「終わりますよ」


「瀬波?」


「絶対終わります」


 探索者協会会長室。


 瀬波は死んだ目でタブレットを差し出した。


「現在、世界中で“自称魔法使い”が大量発生しています」


「うわぁ……」


「マンション屋上から飛び降りる配信者まで出ました」


「最悪ですわね!?」


「なお本人は“風魔法で飛べると思った”と供述」


「人類、知性をどこへ置いてきましたの!?」


 メリーは頭を抱えた。


 いやまあ。


 多少は予想していた。


 だが想像以上に人類が愚かだった。


 異世界でも似たようなのはいた。


 “火属性適性あるかも!”とか言って家を燃やした貴族子弟。


 懐かしい。


 いや懐かしくない。


「各国でも混乱が始まっています」


 瀬波は資料をめくる。


「ダンジョン資源を巡る企業買収。軍事利用議論。違法採取。非合法オークション。あと宗教団体が“救世のお嬢様”認定を始めました」


「やめてくださいまし」


「既に海外でメリー教の芽が」


「焼き払いますわよ」


「そういう発言が危ないんです」


 ですよね。


 メリーは真顔になった。


 世界は変わり始めている。


 しかも急速に。


 だからこそ。


 先手が必要だった。


「……育成機関、急ぎますわ」


 瀬波が顔を上げる。


「本気ですか」


「本気ですわよ」


 メリーは窓の外を見る。


 遠く。


 都市の上空。


 薄く歪んだ空間が見える。


 魔素濃度上昇による空間揺らぎ。


 一般人にはまだ見えない。


 だが確実に進行している。


「あと数年で、低濃度地域でも魔素活性が始まります」


「……」


「才能ある者は急増するでしょう」


 だが問題はそこではない。


「知識が足りませんの」


 魔法は本来、危険だ。


 感覚だけで扱えば暴走する。


 異世界でも、それで何万人も死んだ。


 術式暴走。


 循環破綻。


 魔素中毒。


 肉体変異。


 だからこそ体系化が必要だった。


 そして。


 それを出来るのは今のところ自分だけだ。


「会長」


 瀬波が静かに言う。


「……また、一人で抱え込むつもりですか」


 メリーの動きが止まる。


「別に、そういうわけでは」


「ありますよね」


「瀬波?」


「最近わかってきました」


 彼はため息を吐いた。


「あなた、“自分がやった方が早い”って思うと全部背負うでしょう」


「効率的ですもの」


「その結果、過労死寸前なんですよ」


「うっ」


 図星。


 異世界でも言われた。


 勇者にも。


 騎士団長にも。


 魔王にすら。


『お前、もっと人を頼れ』


 ――結局、最後まで出来なかったけれど。


 不意に。


 胸の奥が少し痛んだ。


「……会長」


 瀬波の声は、少しだけ柔らかかった。


「育成機関を作るなら、“後継”を作ってください」


「後継?」


「あなたがいなくても、人類が回るように」


 その言葉に。


 メリーはしばらく黙った。


 静かな沈黙。


 窓の外ではヘリが飛んでいる。


 世界は騒がしい。


 けれど。


 彼女の内側だけ、妙に静かだった。


「わたくしが、いなくても……」


 ぽつりと漏れる。


 それは。


 どこか現実感の薄い言葉だった。


 瀬波は気付かない。


 だがメリーにとって、“自分が死ぬ未来”はずっと曖昧だった。


 異世界で。


 何度も死にかけた。


 人間を辞めるほど力を積み重ねた。


 気付けば。


 生き延びることだけが当然になっていた。


 だから。


 “自分がいなくなる未来”を、真面目に考えたことがない。


「……変な顔してますよ」


「失礼ですわね」


「会長が難しいこと考えてる時の顔です」


「そんな顔ありますの?」


「あります」


 断言された。


 瀬波はコーヒーを飲む。


「まあ、急に全部は無理でしょうけど」


「……」


「少しずつ、人に任せてください」


 静かな声だった。


「世界じゃなくて、まず自分を壊さないでください」


 メリーは視線を伏せる。


 その言葉は。


 妙に胸に残った。


 だから誤魔化すように。


「そ、それより!」


 ぱんっと手を叩く。


「育成機関ですわ!」


「露骨に逃げたな……」


「うるさいですわよ!」


「で、具体的には?」


「当然、“お嬢様式英才教育機関”ですわ」


「嫌な予感しかしない」


「正式名称――」


 メリーは立ち上がる。


 ばぁん、と窓際で振り返った。


「『アストレア魔導学術院』ですわ!!」


「絶対ロクでもない施設だ」


「なぜですの!?」


「会長のネーミングセンスが終わってるからです」


「失礼ですわね!?」


「事実です」


「ぐぬぬ……」


 探索者協会会長室。


 朝から繰り広げられる不毛な応酬に、瀬波は既に慣れていた。


 なお外から見ると。


 “世界最強の女”と“日本探索者行政の実務責任者”が小学生みたいな口論をしているだけである。


 終わっている。


「しかし学術院、ですか」


 瀬波は資料へ視線を落とした。


「本当にやるんですね」


「当然ですわ」


 メリーは胸を張る。


「これから魔素適応者は増加します。ならば教育基盤は必須」


 現在の探索者育成は、実質的に現場叩き上げだ。


 才能ある者が偶然生き残る。


 その程度。


 体系だった教育など存在しない。


 だが魔法とは本来。


 知識だ。


 理論だ。


 積み重ねだ。


「感覚頼りでは必ず死人が出ますわ」


 静かな声だった。


「異世界でもそうでしたもの」


 瀬波は何も言わない。


 その沈黙だけで十分だった。


「ですので」


 メリーは指を立てる。


「優秀な人材を確保しますわ!」


「急に俗っぽくなったな」


「組織運営で最も重要なのは人材ですもの!」


 それは本心だった。


 異世界で嫌というほど学んだ。


 どれほど強くても、一人では限界がある。


 特に事務。


 事務は敵。


 書類は王女。


「わたくし、二度と“決裁書類三百二十七枚連続処理”はしたくありませんの……」


「そんな地獄みたいな経験あるんだ」


「異世界王国連合会議直前ですわ」


 遠い目。


「徹夜七日目ですわよ?」


「なんで生きてるんですか」


「魔素循環で脳を無理やり動かしてましたわ」


「人類のやることじゃない」


 でしょうね。


 メリーもそう思う。


「というわけで!」


 ばんっと机を叩く。


「アストレア魔導学術院・創設メンバー大募集ですわ!」


「軽いなぁ……」


「なお激務です」


「でしょうね」


「あとわたくし直属です」


「離職率が怖い」


「失礼ですわね!?」


 だが。


 実際問題。


 応募は殺到した。


   ◇


 三日後。


 探索者協会本部・特設会場。


 その光景に、瀬波は頭を抱えていた。


「……なんでこんなに来るんだ」


「そりゃ来ますわよ」


 メリーは優雅に紅茶を飲む。


「世界最先端の魔法研究機関ですもの」


 会場の外には長蛇の列。


 元探索者。


 研究者。


 軍関係者。


 企業技術者。


 果ては元アイドルや配信者までいる。


『メリー様に仕えたいです!』

『魔法学びたい!』

『人生変えたいんです!』


 熱量が凄い。


 というか重い。


「面接基準は?」


「能力だけでは決めませんわ」


 メリーは淡々と言う。


「知識欲。精神安定性。責任感。あと“自分の力に酔いすぎないこと”」


「……そこ重要なんですね」


「非常に」


 力は人を壊す。


 それをメリーは知っている。


 だからこそ。


 単純な才能だけで選ぶ気はなかった。


「あと事務処理能力」


「急に現実的」


「組織は書類で死にますの」


 切実だった。


 異世界でも。


 魔王討伐より予算会議の方が辛かった。


 本当に。


   ◇


 面接開始から六時間後。


 メリーは少しだけ疲れていた。


「次の方です」


 職員の声。


 入ってきたのは、一人の女性だった。


 二十代後半くらい。


 黒髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気。


 スーツ姿。


 どこか疲れている。


 だが。


「……ほぅ」


 メリーの目が細まる。


 見えた。


 魔素循環。


 非常に滑らかだ。


 しかも無意識制御に近い。


 訓練経験なしでこれは異常だった。


「お名前を」


「……橘 梓です」


 声は控えめ。


 だが芯がある。


「前職は?」


「民間企業で秘書を」


 その瞬間。


 メリーがぴくりと反応した。


 秘書。


 その単語だけで親近感が湧く。


 いや湧いてはいけないのだが。


「ほう。どのような業務を?」


「スケジュール管理、会議調整、資料作成、対外交渉補助、危機対応、接待、謝罪同行、深夜対応、休日待機、海外調整、契約補助、社内トラブル処理などを」


「万能ですの?」


「秘書なので……」


 妙に悲壮感がある。


 メリーは察した。


 あっこれ。


 ブラックだ。


 元社畜レーダーが反応している。


「……かなり過酷だったのでは?」


 その瞬間。


 橘梓の表情が、ほんの少し崩れた。


「……まあ」


 苦笑。


「社長が、少々」


「少々?」


「二世でしたので」


 あっ。


 駄目な予感。


「毎日夜中に呼び出されまして。“資料どこ?”とか“ネクタイ選んで”とか“彼女へのプレゼント考えて”とか」


「うわぁ……」


 メリーの顔が死んだ。


「あと機嫌が悪いと灰皿飛んできました」


「昭和ですの!?」


「女性社員への距離感も近くて……」


「セクハラですわね?」


「はい」


「労基は?」


「機能してませんでした」


「あーーーーーーーーー……」


 メリーは顔を覆った。


 知ってる。


 その空気。


 その地獄。


 前世の記憶が蘇る。


『佐藤さんこれ今日中ね』

『え?終電?甘えるなよ』

『休日?みんな頑張ってるよ?』

『若いうちは経験だから』


 殺意。


 いやいけない。


 お嬢様ですわ。


 淑女。


 エレガンス。


 灰皿投げる社長を空間転移で成層圏へ射出したくなる気持ちは抑える。


「……それで、退職を?」


「ダンジョン災害で会社が半壊しまして」


「うん?」


「社長が真っ先に逃げました」


「あっ」


「社員置いて」


「うわぁ……」


「その後、倒産しました」


「なるほど」


 妙に納得感がある。


 瀬波も横で真顔だった。


 なんというか。


 実に駄目な二世だった。


「それで、どうしてこちらへ?」


 メリーの問いに。


 橘梓は少し迷ってから言った。


「……あの会見を見て」


「会見?」


「“生き残る術を教える”って言葉」


 静かな声だった。


「なんだか、初めて“切り捨てられてない”気がしたんです」


 その瞬間。


 サロメリアは言葉を失った。


 不意に。


 昔を思い出す。


 異世界で。


 誰からも恐れられて。


 怪物扱いされて。


 それでも。


 たった一人、“必要だ”と言ってくれた人がいた。


 だから今も。


 ここに立っている。


「……橘梓」


「はい」


「あなた、うちに来なさいな」


 顔を上げる橘。


 メリーは静かに笑った。


「秘書経験者は貴重ですわ」


「え」


「あとブラック企業生存能力も高評価です」


「評価基準がおかしい」


 瀬波がツッコむ。


 だがメリーは真面目だった。


「あなた、魔素適性も非常に高いですの」


「……え?」


「訓練次第で相当伸びますわよ」


 橘は目を見開く。


 自分が。


 そんな側に立てるなど思ってもいなかったのだろう。


「学術院責任者補佐。そして探索者協会幹部候補」


 メリーは立ち上がる。


「わたくしの片腕として働きなさい」


 室内が静まり返る。


 橘梓はしばらく動かなかった。


 やがて。


「……本当に、いいんですか」


 その声は少し震えていた。


 メリーは即答する。


「ええ」


 優雅に。


 けれど力強く。


「努力できる人間を、わたくしは信じますわ」


 その言葉に。


 橘梓は、初めて少しだけ笑った。


 疲れ切った秘書の顔ではなく。


 未来を見た人間の顔だった。

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