第19話 全世界へ解禁いたしますの!
日本探索者協会本部。
その地下に存在する特別会議ホールは、普段は国家級災害対策会議にしか使われない場所だった。
だが今日ばかりは違う。
世界中のメディアが集まっていた。
国内主要局。
海外報道機関。
配信プラットフォーム。
探索者専門チャンネル。
SNS同時接続数は、開始前の時点で既に二千万を突破している。
理由は単純。
――メリー・アストレアが表に出る。
それだけで世界が動くからだ。
「胃が痛い……」
瀬波卓郎は頭を抱えていた。
会見ホール裏。
臨時控室。
そこで彼は、資料の最終確認をしている。
「会長、本当にこの内容を全部公表するんですか」
「ええ」
即答だった。
ソファに優雅に腰掛けたサロメリア――メリー・アストレアは、ティーカップを傾けながら頷く。
「隠してもいずれ露見しますもの。むしろ主導権を握るべきですわ」
「それはそうなんですが……」
瀬波は資料を見る。
内容は、控えめに言って世界を変える情報だった。
魔素。
魔法。
魔物素材。
魔核エネルギー。
そして。
“人類は今後、誰でも魔法を扱える可能性がある”。
そんなものを発表すれば、世界は混乱する。
国家も企業も軍も宗教も市場も全部吹き飛ぶ。
瀬波の胃が死ぬ。
「わたくし、思うのですけれど」
「はい」
「文明とは結局、知識の共有ですの」
カップを置く音が静かに響く。
「火を隠し続けた者は、文明を作れませんでしたわ」
「……」
「もちろん危険ですわよ? 魔法は。最悪、人類は自滅しますもの」
さらっと怖いことを言うな。
「ですが、それでも前へ進むしかありませんの」
その横顔は静かだった。
お嬢様然とした微笑み。
だがその奥にあるものを、瀬波は少しだけ知っている。
この人は。
たぶん。
一人で背負い過ぎている。
「会長」
「なんですの?」
「……無理はしないでください」
一瞬。
メリーが目を丸くした。
それから。
「ふふっ」
柔らかく笑った。
「秘書が育ってきましたわね」
「誰のせいで苦労してると思ってるんですか」
「わたくしですわね」
「自覚あるんだ……」
あるのか。
あるんだな。
瀬波は遠い目をした。
その時だった。
『まもなく会見を開始します』
アナウンスが流れる。
空気が変わった。
メリーは静かに立ち上がる。
赤を基調としたドレススーツ。
優雅な立ち姿。
ただそこにいるだけで空間の格が変わるような存在感。
異世界の宮廷で培われた“本物”。
「参りますわよ、瀬波」
「……はい」
世界が変わる。
そんな予感がした。
◇
会見場は、静まり返っていた。
壇上へ姿を見せた瞬間。
フラッシュが爆発する。
だがメリーは一切動じない。
中央席へ腰掛ける。
足を組み。
優雅にマイクを整え。
そして。
「ごきげんよう」
第一声。
「本日はお集まりいただき感謝いたしますわ」
その声だけで空気が支配された。
記者達が息を呑む。
画面越しの視聴者達も、コメント欄で騒ぎ始めていた。
『圧がやべぇ』
『本物のお嬢様だ……』
『顔面つよ』
『会長美しすぎる』
『ラスボス感』
『紅茶飲みながら国家滅ぼせそう』
失礼ですわね。
半分くらい事実ですけれど。
メリーは内心でため息をついた。
「まず、結論から申し上げます」
会場が静まる。
「現在、世界各地で発生しているダンジョン災害は、単なる未知生物災害ではありません」
空気が変わる。
「世界そのものが変質し始めています」
ざわめき。
「原因は“魔素”です」
スクリーンに映像が表示される。
青白い粒子。
空間を漂うエネルギー。
観測データ。
魔物残骸の解析結果。
「ダンジョン発生以降、地球環境には未知粒子――わたくし達が“魔素”と呼称するエネルギーが拡散しています」
淡々と。
だが確実に。
世界を書き換える言葉を口にする。
「そして現在、人類の一部は既に無意識下で魔素を取り込んでいます」
会場がどよめいた。
「待ってください!」
即座に記者が立ち上がる。
「それはつまり、人間が変異しているということですか!?」
「半分正解ですわ」
メリーは頷いた。
「正確には、“適応”ですわね」
スクリーンが切り替わる。
自衛隊から協力者を募り、探索者として育成した探索者データ。
身体能力変化。
神経反応速度。
魔素濃度推移。
「探索者と呼ばれる方々は、既に魔素適応が進行しています。身体能力向上も、その副次現象ですわ」
「で、では魔法というのは……!」
「存在します」
即答。
会場が凍り付く。
「本来、魔法とは術式構築・演算・循環制御によって成立する現象改変技術です」
意味が分からない。
だがメリーは続ける。
「現在の地球では理論体系が未成熟なため、一部の方々が感覚的に扱っているに過ぎません」
「感覚的……?」
「ええ。例えるなら、原始人が偶然火を起こしている状態ですわね」
さらっと人類文明を煽るな。
瀬波は隣で真顔になった。
「今後、魔素環境はさらに濃くなります」
その一言で、会場が再び静まり返る。
「つまり」
メリーは静かに告げた。
「将来的には、誰でも魔法を扱える可能性があります」
世界が止まった。
数秒遅れて。
会場が爆発する。
「それは本当ですか!?」
「軍事利用は!?」
「人体への悪影響は!?」
「国家安全保障への影響は!?」
「ダンジョン資源について詳しく!」
「魔物素材とは何ですか!」
質問が乱れ飛ぶ。
だがメリーは微動だにしない。
むしろ少し懐かしそうだった。
異世界でも、最初は同じだった。
未知の力。
未知の恐怖。
未知の希望。
「順番に参りますわ」
彼女は指を鳴らした。
スクリーンが切り替わる。
映し出されたのは。
一振りの剣。
「こちらは下級魔物素材を利用した試作品です」
「……っ」
ざわめきが走る。
「現代合金では再現不能な硬度と魔素伝導性を持ちます」
「魔素伝導性?」
「魔法を通す適性ですわね」
次の映像。
銃弾。
衝撃。
だが刃は無傷。
『は!?』
『なんだこれ』
『軍隊泣くぞ』
『素材革命じゃん』
『え、文明変わる?』
コメント欄が地獄だった。
「さらに、魔核」
映像が変わる。
淡く光る結晶。
「これは魔物内部で生成される高密度魔素結晶です」
「エネルギー源……ですか?」
「ええ」
メリーは頷く。
「既存燃料を大きく上回る出力効率を確認しています」
記者達の顔色が変わる。
それが意味することを理解したからだ。
エネルギー革命。
軍事革命。
産業革命。
全部だ。
「なお」
メリーはさらりと言った。
「活用技術については、わたくしが提供可能ですわ」
会場が静止した。
瀬波は死んだ目になった。
言った。
この人、ついに言った。
世界の技術ツリーを一人で握ってる宣言をした。
「もちろん無償ではありませんわよ?」
にっこり。
「わたくし、お嬢様ですもの」
会場がざわつく。
「えっ利権!?」
「そこは金取るんだ!?」
「逆に安心した」
「お嬢様経済圏!?」
「勘違いなさらないでくださいまし」
メリーは少しだけ真顔になる。
「わたくしは人類を支配したいわけではありません」
静かだった。
「ですが、無秩序な独占は必ず戦争を招きます」
空気が変わる。
「ゆえに、段階的技術提供と国際共同管理体制を提案します」
その姿は。
どこまでも冷静だった。
怪物のように強く。
王のように理性的で。
そして。
どこか、酷く孤独だった。
「最後に」
メリーは少しだけ息を吐いた。
「わたくしは、探索者育成機関を設立します」
ざわめき。
「これからの時代、人類は変化を避けられません」
異世界で学んだ。
力なき者は死ぬ。
知識なき者は搾取される。
そして。
強すぎる者は孤独になる。
「だからこそ」
赤い瞳が、真っ直ぐ前を向く。
「生き残る術を、教えますわ」
会場が静まり返る。
その言葉には妙な説得力があった。
英雄の演説ではない。
救世主の言葉でもない。
もっと泥臭い。
実際に地獄を歩いてきた者の声だった。
◇
会見終了後。
控室へ戻った瞬間。
メリーはソファへ崩れ落ちた。
「つっっっっっっっかれましたわぁぁぁぁぁ……」
「お嬢様成分が蒸発してる」
瀬波は即座にツッコむ。
「いやだってめちゃくちゃ喋りましたわよ!? 二時間半!? 記者ってなんであんな無限湧きするんですの!?」
「世界が変わる発表だったからです」
「わたくしの喉にも配慮してくださいまし……」
ぐでぇ。
ソファに沈む姿は完全に社畜だった。
さっきまでの威厳はどこへ行った。
「紅茶いれますか」
「くださいまし……」
瀬波は苦笑した。
少し前まで。
この人は“危険人物”だった。
今でもそう思う。
もし暴走すれば、本当に世界が終わるかもしれない。
だが。
それでも。
「会長」
「なんですの?」
「……あの会見、たぶん世界を救いましたよ」
メリーは少しだけ目を瞬かせる。
それから。
困ったように笑った。
「でしたら」
彼女は静かに窓の外を見る。
東京の夜景。
無数の灯り。
人の世界。
「少しは、お嬢様に近づけましたかしらね」
その声は。
ほんの少しだけ。
寂しそうだった。




