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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
2章

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18/38

第18話 魔王サイドですの

魔王城。


その玉座の間は、本来ならば重苦しい威圧と静謐に満ちた場所である。


黒曜石の柱。


深紅の絨毯。


巨大な魔素灯。


空間そのものが、高濃度魔素によって歪んでいた。


並の人間なら立っているだけで発狂する。


そんな場所で。


現在。


空気が死んでいた。


物理的に。


「……もう一度、言いなさい」


玉座の上。


黒衣の少女が静かに言う。


銀混じりの淡い髪。眠たげな瞳。どこか気だるそうで、それでいて柔らかな空気感。


だが周囲の者は誰もその瞳を直視できなかった。


怖すぎるからである。


魔王エルシェラ。


魔族を統べる絶対君主。


世界最悪級危険存在。


その彼女が、静かに微笑んでいた。


笑顔なのに空気が凍る。


なんで?


「……追加の報告ですが」


側近の魔族が震える声を絞り出す。


「続報は変わらず……」


 


バキィ。


 


玉座の肘掛けが握力で砕けた。


側近たちが青ざめる。


やばい。


地雷踏んだ。


「……行方不明?」


エルシェラの声は穏やかだった。


穏やかすぎて怖い。


「はい……内偵が届けた王国側発表では、王女をかばい……」


「は?」


空気が震えた。


ただの一言。


それだけで。


魔素圧が爆発的に膨れ上がる。


側近たちが膝をつく。


床が軋む。


壁に亀裂が走る。


「王女をかばって?」


エルシェラが真顔になる。


「サロメリアが?」


「……」


「……」


沈黙。


誰も返事できない。


だって無理だ。


あの化物が?


王女をかばって大空洞に?


 


あり得ない。


 


エルシュラは知っている。


サロメリア・ディアローザという少女を。


 


最初に会ったのは、国境付近だった。


魔王である自分の前に。


単身で。


笑顔で。


紅茶セットを持参して現れた。


意味が分からなかった。


 


『初対面ですし、お茶会をいたしません?』


 


怖かった。


 


しかもその後。


普通に魔王城結界を突破。


親衛隊を無傷で制圧。


ついでに厨房でケーキ焼いて帰った。


なんなんだあの女。


 


だが。


だからこそ。


エルシェラは知っている。


あの女は、簡単には死なない。


むしろ周囲のほうが死ぬ。


 


「……詳細を」


エルシェラが低く言う。


情報部隊が慌てて前へ出た。


「は、はい! 勇者一行による深層探索中、突発的な高位魔物の襲撃が発生!」


空間投影術式が起動する。


ダンジョン深部の立体図。


巨大な空洞。


崩落地点。


「聖女サロメリアは、王女アリシアを庇い……」


「嘘ね」


即断だった。


情報部隊が固まる。


エルシェラは冷え切った目で映像を見る。


「サロメリアが“咄嗟の事故”に対応できないはずがない」


その通りである。


なにせあの女。


寝起きで暗殺者を返り討ちにした。


しかも寝ぼけながら。


 


『あと五分寝かせてくださいまし……』


 


とか言いながら。


怖い。


 


「それに」


エルシェラの目が細くなる。


「王女アリシア、だったかしら」


空気が冷える。


「あの女、前からサロメリアを警戒していたわね」


 


魔族側でも知られていた。


聖女サロメリアは異常だった。


強すぎた。


賢すぎた。


自由すぎた。


 


国家にとって。


制御不能な存在。


 


「……魔王様」


側近が恐る恐る尋ねる。


「まさか、人間側が……」


「断定はしないわ」


エルシェラは立ち上がる。


黒いドレスが揺れる。


「でも」


その紅い瞳が、冷たく細められる。


「サロメリアが泣くようなことをしたなら」


 


ゴゴゴゴゴ……。


 


魔素が軋む。


空間が悲鳴を上げる。


側近たちが青ざめた。


やばい。


完全にブチ切れモードだ。


 


「……軍を出す」


静かな声だった。


だが。


その場にいた全員が理解する。


止められない。


 


「魔王様!?」


「お待ちください!」


「全面戦争になります!!」


魔族幹部たちが慌てる。


だが。


エルシェラは淡々と言った。


「別に人間と戦争する気はないわ」


本当に?


ほんとに?


周囲がめちゃくちゃ不安そうな顔になる。


 


「目的は一つ」


エルシェラは玉座を降りる。


「サロメリアの確保」


「生存前提なんですね……」


「当然でしょう」


即答だった。


「サロメリアよ?」


そうだね。


否定できない。


 


「黒星騎士団を召集」


「えっ」


「深層突入部隊を編成」


「えっ」


「あと医療班」


「医療班?」


エルシェラは真顔だった。


「サロメリア、絶対無茶してるもの」


 


その場の全員が。


「あー……」


って顔になった。


 


めちゃくちゃ想像できる。


 


「絶対“これくらい平気ですわ!”とか言って血まみれになってるわ」


「あり得ますね……」


「内臓潰れてても笑顔で紅茶飲みそう……」


「あり得ますね……」


魔族側の評価が酷い。


でも事実だから仕方ない。


 


エルシェラは窓の外を見る。


遠く。


深層ダンジョン方面。


 


脳裏に浮かぶのは。


赤い髪の少女。


 


『魔王とは、本来もっと優雅であるべきですわ!』


 


とか言って。


勝手に魔王城改装案を作り始めた女。


 


『玉座の間、ちょっと暗すぎませんこと?』


 


うるさかった。


自由だった。


騒がしかった。


 


そして。


誰より孤独そうだった。


 


エルシェラは知っている。


サロメリアが、いつも笑って誤魔化すことを。


冗談で流すことを。


一人で抱え込むことを。


 


だから。


 


「……待ってなさい」


小さく呟く。


その声音だけが。


ほんの少しだけ。


弱かった。


 



深層ダンジョン周辺。


魔王軍先遣隊が到着していた。


黒い旗。


重装魔族兵。


大型魔獣。


その数、数千。


完全に戦争だった。


 


だが。


先頭に立つ将軍は、困惑していた。


「……なぜだ?」


部下が首を傾げる。


「どうされました?」


「魔王様だ」


将軍は真顔で言う。


「さっきから“サロメリアならもはや単独で帰還しているはず”とかブツブツ言っている」


「……」


嫌な予感しかしない。


「……」


 陣地にて椅子に座る少女は、ただ虚空を見つめていた。


 銀混じりの淡い髪。眠たげな瞳。


 幼さすら残る容姿でありながら、その場にいるだけで空間を歪ませるような圧力を放つ存在。


 人類最悪の敵。


 そう呼ばれる少女は、しかし今、ひどく弱々しかった。


「陛下……」


 側近の一人が恐る恐る声を掛ける。


 だが返事はない。


 リリスフィアはただ、ぼんやりと手元を見ていた。


 そこにあるのは、小さな紅茶缶だった。


 人間界のもの。


 しかも高級品でもない。


 平民向けの、安物。


 だが彼女はそれを宝物みたいに抱えていた。


『お紅茶は値段ではありませんわ。雰囲気ですの』


 ふと、声が蘇る。


 やたら自信満々で。


 妙に芝居がかっていて。


 なのに時折、信じられないほど疲れた顔をする女。


『わたくし、優雅なお茶会に憧れておりましたのよ』


 エルシェラは静かに目を閉じた。


 最初の出会いは最悪だった。


 人類最強の聖女。


 魔族殺し。


 怪物。


 そう聞いていた。


 だから警戒した。


 だが実際に現れた女は、開口一番こう言ったのである。


『魔王城って意外と湿気多いですわね』


 何を言っているんだこいつは、と思った。


 本気で思った。


 しかもその後。


『カビ対策されてませんの? ダメですわよ? 高貴なる城は換気が命ですの』


 勝手に窓を開け始めた。


 配下達が殺気立った。


 エルシェラ自身も呆然とした。


 なのにサロメリアは平然としていた。


 まるで。


 本当にただ、友人の家を訪れたみたいに。


「……ふ、ふふ」


 乾いた笑みが漏れる。


 思い出すだけで意味がわからない。


 あの女、本当に意味がわからない。


 勇者一行の一人で。


 人類側最高戦力で。


 なのに。


 魔王城に一人で来て。


 ケーキを持参して。


 普通にお茶会して帰った。


 頭がおかしい。


 本当に。


「……なのに」


 ぽつり、と零れた声は小さい。


「どうして……」


 空気が揺れた。


 感情に呼応し、魔力が漏れる。


 陣地の床が軋み、壁に亀裂が走る。


 側近達が青ざめた。


「陛下っ……!」


「……失せよ」


 静かな声。


 だが逆らえない。


 全員が即座に跪いた。


「一人にしろ」


 誰も逆らえなかった。


 やがて玉座の間から気配が消える。


 静寂。


 エルシェラはゆっくりと立ち上がった。


 窓の外を見る。


 空は暗い。


 魔界特有の赤黒い空。


「……サロメリア」


 その名を口にするだけで、胸が痛んだ。


 彼女は知っていた。


 サロメリアが孤独だったことを。


 人類に恐れられ。


 聖女として祭り上げられ。


 なのに誰も彼女自身を見ていなかったことを。


『わたくし、お嬢様になりたかっただけですのに』


 笑いながらそう言っていた。


 意味がわからなかった。


 世界最強の怪物が、そんなことを言うなんて。


 だが今なら少しわかる。


 あの女は。


 ずっと普通になりたかったのだ。


 普通に笑って。


 普通に友達を作って。


 普通にお茶会をして。


 普通に恋をして。


 普通に生きたかった。


 なのに。


 力がそれを許さなかった。


「……人間は愚かだ」


 静かな声。


「貴様らは、あれを怪物にした」


 自分達も同じだ。


 魔族もまた、サロメリアを恐れていた。


 だから彼女はどこにも居場所がなかった。


 人類にも。


 魔族にも。


 どこにも。


「……なのに」


 エルシェラは拳を握る。


「なぜ余を残していなくなるのだ」


 初めてだった。


 対等に話せる相手は。


 力で怯えず。


 立場で媚びず。


 平然と「変な帽子ですわね」とか言ってくる女は。


 なのに。


 死んだ。


 そう聞かされた。


 ダンジョン深層。


 底なしの大空洞。


 生存不可能。


 誰もがそう言った。


 だが。


「……信じられるか」


 エルシェラは知っている。


 あの女の異常性を。


 誰よりも。


 あの化物は、そう簡単に死なない。


 むしろ。


 死んでいた方が理解できるくらい無茶をしても、生きて帰ってくる女だった。


『わたくし、割と丈夫ですの』


 などと言いながら。


 山を吹き飛ばしていた。


 意味がわからない。


 本当に。


 意味がわからない。


 だから。


「――探す」


 静かに告げる。


 その瞬間。


 世界が震えた。


 周辺全体が揺れる。


 膨大な魔力。


 側近達が悲鳴を上げるレベルの圧力。


 だがエルシェラは構わない。

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