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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
2章

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第17話 メイド隊(バトルメイド)サイドですわ

ディアローザ公爵家。


その屋敷は、王都でも屈指の格式を誇る名門貴族の邸宅だった。


……のだが。


現在。


空気がめちゃくちゃ怖かった。


使用人たちは全員、壁際に避難している。


誰も物音を立てない。


立てられない。


なぜなら。


「――事件の詳細はまだ明らかにならないのですか?」


メイド長エレノアが、笑顔だったからである。


怖い。


圧が怖い。


「いえ……初期の報告から、変わりません……」


執事長が冷や汗を流す。


エレノアは静かに紅茶を置いた。


コトリ。


その小さな音だけで、周囲がびくりと震える。


「王女殿下を庇い、大空洞へ落下した、と」


「そ、そのようです」


「……なるほど」


にこり。


笑顔。


だが。


ディアローザ家古参使用人たちは知っている。


この顔は、“キレている時”だ。


しかも最上級に。


「お嬢様が?」


エレノアは静かに言う。


「“不意の事故”で?」


その場にいた全員が、心の中で思った。


無理だろ。


 


サロメリア・ディアローザ。


あの少女はおかしい。


 


幼少期からそうだった。


三歳。


魔力測定水晶を握り潰す。


五歳。


迷子になったと思ったら屋敷地下に魔素循環路を勝手に構築。


七歳。


誘拐犯を逆に捕縛。


十歳。


「お嬢様たるもの優雅に空を飛べませんと!」


とか言って飛行術式を独学完成。


怖い。


意味が分からない。


しかも本人は。


『わたくし、か弱い淑女ですの』


とか本気で言う。


どこがだ。


 


「……エレノア様」


若いメイドが不安げに尋ねる。


「お嬢様は、本当に……」


「死んでいません」


即答だった。


迷いゼロ。


「お嬢様があの程度で死ぬなら、この世の災害は全部解決しております」


ひどい評価である。


でも否定できない。


エレノアは立ち上がった。


スカートが翻る。


「救出隊を編成します」


「しかし、王命で深層再突入は禁止と……」


「知りません」


真顔だった。


「そもそも王命よりお嬢様のほうが優先です」


ヤバい。


忠誠心が重い。


 


だが。


それほどまでに。


サロメリアは、この屋敷の者たちにとって特別だった。


 


彼女は貴族らしくなかった。


使用人を見下さない。


努力を笑わない。


誰かが傷つけば放っておけない。


そして。


いつも、無茶をする。


 


だから。


放っておけないのだ。


 


「戦力を集めなさい」


エレノアが命じる。


「深層対応装備を準備。対魔物戦を想定します」


「はっ!」


メイドたちが一斉に動き出す。


その様子は、もはや軍隊だった。


実際強い。


ディアローザ家の使用人は、全員が戦闘訓練済みである。


なぜか。


サロメリアが巻き込むからだ。


 


昔。


屋敷地下で魔術実験が暴走した時。


メイドたちは泣きながら魔獣を殴った。


以来。


「護身術は必要ですわね!」


というサロメリアの謎理論で、全員鍛えられた。


結果。


王国騎士団より強いメイドが誕生した。


なんで?


 


「エレノア様」


執事長が声を潜める。


「王宮側は、再突入をかなり警戒しています」


「当然でしょうね」


エレノアは淡々と言う。


「お嬢様が戻れば、王国の勢力図が変わりますから」


使用人たちが黙る。


それは、皆理解していた。


サロメリアは強すぎる。


王家ですら制御不能。


だからこそ。


恐れている者もいる。


「……アリシア殿下」


誰かが小さく呟く。


エレノアの目が細くなった。


「断定はしません」


静かな声だった。


「ですが」


そこで一度区切る。


「お嬢様が“自分から落ちた”とは、わたくしには到底思えません」


空気が冷える。


誰も反論しなかった。


 


その夜。


救出準備が進む中。


王都に、新たな報が届く。


「――魔王軍、進軍中!?」


若いメイドが叫ぶ。


報告書を受け取ったエレノアの眉が僅かに動く。


魔王軍。


しかも大規模。


進行方向は――。


「……深層ダンジョン周辺」


部屋が静まり返る。


タイミングが良すぎる。


いや。


悪すぎる。


 


「まるで」


誰かが呟いた。


「サロメリア様を探しているみたい……」


 


その言葉に。


エレノアは静かに目を閉じた。


 


そして。


小さく吐き捨てる。


「……お嬢様を先に救出しなくては…」




ディアローザ公爵家には、昔から奇妙な噂があった。


――あそこの使用人はおかしい。


半分は正しい。


もう半分は、だいぶ控えめな表現だった。


 


深夜。


屋敷地下。


本来ならワイン貯蔵庫だった空間には、現在、大量の武装が並べられている。


長剣。


魔術杖。


投擲短剣。


対魔術障壁布。


携行型魔素灯。


さらには大型弩砲まで。


完全に戦争準備だった。


「第三装備庫を開放してください」


「了解しました!」


「回復薬の残数確認!」


「上級が十二、中級が三十六です!」


「少ないですね。増産します」


メイドたちが慌ただしく動く。


その様子を見た新人使用人が震えていた。


「な、なんでメイド屋敷なのに軍隊みたいなんですか……?」


隣の古参執事が遠い目をした。


「お嬢様のせいです」


「お嬢様のせいなんですか!?」


「はい」


即答だった。


 


サロメリア・ディアローザ。


ディアローザ家の令嬢。


王国最強の聖女。


そして。


屋敷を最も危険地帯に変えてきた元凶である。


 


「皆様! 本日は火属性魔術の実践訓練ですわ!」


『お嬢様、屋敷でやるのはやめてください!!』


 


「空間圧縮収納を試しますわ!」


『壁が消えましたぁぁぁ!?』


 


「魔素循環効率を上げれば、理論上お風呂が爆速で沸きますの!」


『浴場が吹き飛びました!!』


 


日常だった。


いや全然日常じゃない。


 


結果。


使用人たちは強くなった。


ならざるを得なかった。


 


「――エレノア様」


副メイド長のクラリスが地図を広げる。


「深層到達ルートですが、現在判明しているルートは三パターンです」


エレノアは視線を落とした。


深層ダンジョン。


王国最大の未踏破領域。


そこへ、たった数人で潜る。


普通なら自殺行為だ。


だが。


「問題ありません」


エレノアは静かに言う。


「お嬢様の生存を前提に動きます」


その言葉に、誰も疑問を抱かなかった。


 


生きている。


当然のように。


 


「というか」


クラリスが真顔で言う。


「お嬢様、仮に落下しても途中で飛んでません?」


「飛んでますね」


「ですよね」


冷静だった。


 


実際。


サロメリアは飛べる。


しかも長距離。


なんなら空中で魔術戦までやる。


聖女とは。


 


「ですが」


エレノアは僅かに目を伏せた。


「……問題は、お嬢様が“傷ついている可能性”です」


その場が静かになる。


皆、知っている。


サロメリアは強い。


圧倒的に。


だが。


無理をする。


他人を優先する。


平気な顔で、自分だけ傷つく。


昔からずっと。


 


幼い頃。


熱を出して倒れた使用人のため、夜通し回復術式を使い続けたことがあった。


翌朝。


本人は魔力枯渇で倒れていた。


なのに。


『お嬢様として当然ですわ!』


と笑っていた。


 


誰より優しい。


だから危うい。


 


「……急ぎます」


エレノアの声が低くなる。


「お嬢様は、助けを呼ぶのが下手です」


その言葉に、皆が頷いた。


 


すると。


地下室の扉が開いた。


入ってきたのは、ディアローザ公爵だった。


壮年の男。


威厳ある貴族。


だが今は、やつれて見えた。


「父上」


エレノアが頭を下げる。


公爵は室内を見渡した。


武装。


地図。


殺気立つメイドたち。


完全に私設軍隊だった。


「……止めても無駄だろうな」


疲れた声だった。


「当然です」


エレノアは即答する。


公爵は苦笑した。


少しだけ。


本当に少しだけ。


「似た者主従め」


その目には、深い疲労と。


そして、父親としての不安が滲んでいた。


 


公爵は知っている。


娘がどれほど異常か。


どれほど孤独か。


 


幼い頃から。


サロメリアは、ずっと一人で努力していた。


誰にも頼らず。


誰にも理解されず。


化物じみた才能と努力で、自分を鍛え続けていた。


まるで。


“そうしなければ生き残れない”みたいに。


 


「……あの子は」


公爵が静かに言う。


「強すぎた」


誰も否定できない。


「だが」


彼は続けた。


「本当は、ただのお嬢様になりたかっただけなんだ」


その言葉に。


メイドたちは静かに目を伏せた。


 


サロメリアは、ずっと憧れていた。


優雅で。


気高くて。


誰かに愛される、“本物のお嬢様”に。


 


なのに。


気づけば。


誰より戦場が似合う存在になっていた。


 


「連れ戻してこい」


公爵の声が低く響く。


「我が娘を」


エレノアは深く一礼した。


「必ず」


 


その時だった。


バンッ!!


勢いよく扉が開く。


飛び込んできた情報員が叫んだ。


「報告!!」


息を切らしながら。


恐怖を滲ませながら。


「魔王軍先遣隊、深層周辺に到達!!」


空気が凍る。


「さらに――」


情報員の顔が青ざめる。


「魔王直属親衛軍、“黒星騎士団”の旗を確認!!」


その場の全員が息を呑んだ。


魔王直属。


最強戦力。


国家滅亡級。


 


そんな連中が。


なぜ。


たかがダンジョン一つに?


 


エレノアはゆっくり目を細める。


そして。


小さく呟いた。


「……お嬢様」


頭痛を堪えるような声音だった。


「まさかとは思いますが」


 


――魔王とまた面倒な交友関係を築いてませんよね?

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