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お嬢様は本日も現実を無双する  作者: シロネル
2章

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第16話 勇者&王女サイドですわ

ダンジョンから戻った勇者一行を迎えた王都は、歓声ではなく困惑に包まれていた。


本来ならば。

王国最強戦力である勇者一行と、“聖女”サロメリア・ディアローザが深層到達を果たした快挙として、大々的に祝われるはずだった。


だが。


帰還した隊列の中に、赤い縦ロールの少女の姿はなかった。


「……サロメリア様は?」


「聖女様はどうされたのです!?」


兵士たちのざわめき。


民衆の不安。


その中心で、王女アリシアは静かに俯いた。


長い金髪を揺らし、沈痛な面持ちで口を開く。


「……深層部にて、モンスターの急襲があり、サロメリア様はわたくしをかばい…」


その一言で、空気が凍った。


「サロメリア様は……モンスターと共に大空洞へ落ちてしまわれました…」


悲しげな声音。

完璧だった。


誰もが息を呑む。


「そんな……」


「聖女様が……」


王女は唇を震わせる。


「わたくしも救助を望みました。ですが……あの深度です。生存は……」


そこで言葉を切った。


泣きそうな表情。


実に見事だった。


――少なくとも、外から見れば。


だが。


「嘘だ」


低い声が響いた。


勇者レオンだった。


銀色の鎧を鳴らし、王女を睨む。


「サロメリアが、あんな程度で死ぬわけがない」


空気が張り詰めた。


周囲の騎士たちが目を見開く。


王女はゆっくり視線を向けた。


「レオン……」


「俺は戻る」


即答だった。


「今すぐ救助隊を編成する。あいつは生きてる」


その声音には、確信があった。


レオンは知っている。


誰よりも。


あの少女が、どれほど異常だったのかを。


炎龍を笑いながら殴り飛ばし。


魔術学院の演習場を半壊させ。


禁書庫の古代術式を三日で解析し。


ついでに貴族令嬢らしく紅茶も完璧に淹れる。


意味が分からない女だった。


しかも本人は。


『わたくし、普通のお嬢様ですわ!』


と本気で言っていた。


怖い。


いやほんと怖い。


だが。


だからこそ。


死ぬはずがない。


「深層は危険です」


アリシアが静かに言う。


「再突入は許可できません」


「許可?」


レオンの目が険しくなる。


「仲間を助けに行くのに、許可が必要か?」


「貴方は勇者です」


王女は一歩も引かなかった。


「王国の象徴。感情で動いて良い立場ではありません」


「感情じゃない」


レオンは吐き捨てる。


「合理だ。あいつ以上の戦力は存在しない」


その通りだった。


サロメリアは規格外だった。


戦略級。


国家級。


いや。


もはや災害級。


そんな存在を見捨てるなど、本来あり得ない。


だが。


アリシアは静かに言った。


「……だからこそです」


レオンが眉をひそめる。


「彼女は危険すぎる」


王女の声音は静かだった。


「制御不能な力は、いつか国を壊します」


その言葉に。


レオンの拳が軋んだ。


彼は思い出していた。


深層へ向かう途中。


アリシアがサロメリアを見る目を。


恐怖。


警戒。


そして。


嫉妬。


「お前……」


「わたくしは王女です」


アリシアは言い切った。


「国を守る義務があります」


その瞬間。


レオンは理解した。


ああ。


こいつは。


サロメリアを、“人”として見ていなかったのだと。




凱旋の後、王女アリシアは、自室で一人座っていた。


窓の外には夕焼け。


彼女は静かに紅茶を口にする。


手が、少し震えていた。


「……これで、よかったのです」


誰に言うでもなく呟く。


サロメリアは危険だった。


強すぎた。


人間ではなかった。


だから。


だから――。


 


――なのに。


脳裏に焼き付いて離れない。


落ちていく赤い髪。


最後に見た顔。


 


『あら?』


 


驚いたような。


でも。


どこか納得したような目。


 


アリシアはカップを強く握った。


「……わたくしは、間違っていない」


その言葉は。


誰より、自分自身に向けたものだった。






「――サロメリア様が、王女殿下を庇って……」


王都中に、その話は瞬く間に広がっていた。


深層で発生した突発的な魔物の襲撃。


底の見えない大空洞。


王女アリシアを庇った聖女サロメリアが、魔物ごと落下した。


悲劇的な英雄譚。


あまりにも出来すぎた話だった。


だからこそ、人は信じた。


王都の教会では祈りが捧げられ。


広場では花が供えられ。


貴族たちは口々に“聖女の自己犠牲”を称賛した。


誰もが涙を流した。


 


ただ一人。


勇者レオンだけを除いて。


 


「……納得いかねぇ」


王城の訓練場。


木剣を振るう音が、荒々しく響く。


ガギィン!!


模擬用とは思えない衝撃に、訓練用人形が吹き飛んだ。


周囲の騎士たちが息を呑む。


レオンは止まらない。


振るう。


叩き込む。


壊すように。


「……勇者様」


副騎士団長が恐る恐る声をかける。


「少し、お休みになられては……」


「休んでる暇があるか」


レオンは吐き捨てた。


「サロメリアは生きてる」


断言だった。


副騎士団長が困ったような顔をする。


「ですが、王女殿下のお話では……」


「だから怪しいって言ってんだよ」


ぴたり、と木剣が止まった。


レオンの目が細くなる。


「サロメリアが、咄嗟の不意打ちで落ちると思うか?」


「……」


誰も答えられない。


無理だ。


あの女、普通に空飛ぶ。


しかも笑顔で。


「それに」


レオンは低く言う。


「あいつ、“庇う時の癖”がある」


「癖……ですか?」


「ああ」


レオンは思い出していた。


学院時代。


暴走した魔導炉から生徒を守った時。


魔獣災害で子供を助けた時。


サロメリアは必ず、最後にこちらを見る。


全員が逃げたか確認するために。


落下するところを王女以外、誰も目撃していなかった。


 


まるで。


 


“そう仕組まれたように”


 


レオンの胸の奥が、ざわつく。


「……クソ」


嫌な予感がしていた。


 


その頃。


王女アリシアは、謁見室で報告を行っていた。


「勇者レオンは再突入を主張しております」


王の表情が曇る。


「……深層か」


老王は疲れたように息を吐いた。


「現状、最深部付近は未踏領域。被害も大きい」


「はい」


アリシアは静かに頷く。


「加えて、ダンジョン周辺に魔族の動きがあります」


それは事実だった。


深層異変以降、魔王軍の斥候が周辺で確認されている。


目的は不明。


だが、タイミングが悪すぎた。


「サロメリア嬢を失った今、勇者まで危険に晒すわけにはいきません」


王は苦々しく頷いた。


「……うむ」


アリシアは表情を変えない。


完璧な王女。


冷静。


理性的。


国を優先する為政者。


誰もがそう見ていた。


 


だが。


 


袖の内側で。


彼女の指先は白くなるほど握り締められていた。


 


脳裏に蘇る。


暗闇。


咆哮。


崩れる足場。


そして。


サロメリアの顔。


 


『――あら』


 


驚き。


理解。


そして。


ほんの少しだけ。


寂しそうだった目。


 


アリシアは小さく息を呑む。


違う。


あれは必要だった。


サロメリアは危険だった。


あの女は、人類の枠を超え始めていた。


だから。


だから――。


「……殿下?」


側近の声で、我に返る。


「……なんでもありません」


微笑む。


完璧に。


何一つ乱れなく。


 


その夜。


レオンは一人、城壁の上に立っていた。


夜風が吹く。


遠くに見えるダンジョン山脈。


黒い穴のように口を開ける深層領域。


「生きてるんだろ」


ぽつり、と呟く。


返事はない。


だが。


レオンは知っている。


サロメリア・ディアローザという女を。


努力家で。


不器用で。


お嬢様に憧れて。


なのに誰より泥臭くて。


無茶苦茶で。


化物みたいに強くて。


でも。


本当は、誰より普通でいたがっていた女を。


 


「……迎えに行くからな」


低く呟く。


その時だった。


背後で気配が動く。


「誰だ」


剣に手をかける。


現れたのは、黒装束の密偵だった。


「報告します」


密偵は低く言った。


「深層方面に、魔王軍の大規模移動を確認」


レオンの眉が寄る。


「……数は?」


「推定、一万」


空気が凍った。


国家戦争級だ。


あり得ない。


魔王軍がここまで大規模に動く理由がない。


「目的は」


「不明です。ただ――」


密偵が僅かに迷う。


「魔王本人が出陣している可能性があります」


その瞬間。


レオンの背筋を、嫌な寒気が走った。


 


なぜだ。


 


なぜ魔王が動く。


 


まるで。


 


――サロメリアを探しているみたいじゃないか。

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