第14話 勝利の余韻ですわ!
音が消えた。
いや。
正確には。
“切断された”。
空間そのものが断ち割られたことで、衝撃も、音波も、熱すらも正常に伝播しなくなっていた。
漆黒の線。
細い。
あまりにも細い亀裂。
それがメリーの指先から一直線に伸びる。
巨人へ。
そして。
周囲一帯へ。
次の瞬間。
ずるり、と。
巨人の上半身が滑り落ちた。
遅れて。
背後の高層ビル群が斜めに崩れる。
海面が割れる。
地面が断裂する。
数百体規模の魔物が、一切の抵抗もなく両断された。
断面は焼けてもいない。
潰れてもいない。
ただ。
綺麗に。
存在そのものを線で消したように切れていた。
沈黙。
誰も理解できない。
報道ヘリ。
自衛隊。
警察。
世界中で配信映像を見ていた人々。
全員が言葉を失っていた。
そして。
当のメリー本人は。
「あっ」
可愛らしく口元を押さえた。
「ちょっと切りすぎましたわ?」
『ちょっとじゃないです!!!!!!』
瀬波、通信越しに絶叫。
「だって再生持ちでしたのよ!? なら核ごと空間切断するのが合理的ではなくって!?」
『合理性で都市を切断しないでください!!』
「言い方ァ!!」
びしぃ!と空中でツッコミポーズ。
ですが。
その瞬間だった。
ずるり。
切断された巨人の残骸。
その胸部。
巨大魔核。
まだ脈動していた。
黒い。
嫌な光。
そして。
周囲へ溢れ出す超高密度魔素。
メリーの顔から笑みが消える。
「……まだ、生きていますの?」
異常だった。
空間断裂を受けてなお活動する魔核。
ありえない。
少なくとも異世界基準では。
メリーはゆっくりと目を細めた。
解析。
演算。
思考加速。
そして。
気づく。
「……接続されてますのね」
ダンジョン。
地下深部。
さらに奥。
何かへ。
魔核が外部供給を受けている。
まるで。
向こう側に本体があるみたいに。
その瞬間。
メリーの背筋に。
ぞわり、と悪寒が走った。
異世界で何度か感じたことがある感覚。
“格上”。
理不尽。
世界の法則そのものが違う存在を前にした時の。
本能的恐怖。
漆黒の魔核が脈動する。
どくん。
どくん。
どくん。
周囲の魔素が震える。
そして。
ダンジョン最深部から。
“何か”がこちらを見た。
視線。
確実に。
メリーは息を呑む。
その感覚は一瞬だった。
だが。
はっきり理解した。
向こう側にいる。
何かが。
こちらを認識した。
私がそう感じた瞬間黒い魔核は崩れ去っていく
巨体も魔素へと還元されていった。
「…………」
夜風が吹く。
メリーは静かに立っていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「……嘘でしょう?」
その声には。
今までの戦闘で一度も見せなかった。
ほんの少しだけ。
怯えが混じっていた。
だが次の瞬間。
彼女はいつものように笑う。
笑って。
隠す。
「ふ、ふふっ! まぁ! よくわかりませんけれど!」
強がり。
瀬波にはわかった。
この人が。
今。
明確に警戒している。
「瀬波」
『……なんですか』
「このダンジョン、封鎖なさい」
『理由を聞いても?』
メリーは少しだけ黙る。
そして。
静かに。
「嫌な予感がしますわ」
その言葉に。
瀬波の背筋が冷えた。
この女が。
世界最強の化物が。
“嫌な予感”と言った。
なら。
それはきっと。
人類にとって終わりに等しい。
現場は封鎖された。
自衛隊。
警察。
政府直属危機対策室。
急遽編成された特別災害対応部隊。
日本という国家が持つ危機管理機能のほぼ全てが投入されていた。
だが。
現場中心部。
崩壊した市街地の中央。
そこへ立つ赤いドレスの少女だけが、場違いなほど静かだった。
夜風。
焦げ臭さ。
血の臭い。
崩れたビル。
燃える車両。
遠くで響くサイレン。
その全てを眺めながら。
メリーはぼんやりと空を見上げていた。
「…………」
瀬波が近づく。
「会長」
「なんですの」
「先ほどの件、詳しく説明してください」
メリーは少しだけ視線を落とした。
珍しく。
すぐには答えない。
「……説明できるほど、わたくしも理解できていませんの」
「それでも構いません」
瀬波の声は冷静だった。
だが。
内心は穏やかではない。
あのメリーが。
“わからない”と言った。
それだけで異常事態だ。
メリーはゆっくりと瓦礫へ腰掛けた。
ドレスの裾が汚れる。
だが気にしていない。
それほど珍しいことだった。
「異世界のダンジョンにも、似たようなものはありましたわ」
「似たようなもの?」
「えぇ。深層へ潜るほど、魔素は濃くなる。魔物は強くなる。そして時折……世界の法則そのものが歪んだような領域が発生しますの」
静かな声。
戦闘中とは違う。
どこか遠くを見るような口調。
「わたくしは、それを“深淵化”と呼んでいましたわ」
「公式名称ではないんですね」
「公式に定義できるほど生還者がおりませんもの」
さらっと怖いことを言う。
瀬波は眉間を押さえた。
「……それで?」
「深淵化したダンジョンは、まるで別世界と接続されたようになりますの。空間法則、魔素循環、生態系、時間流……何もかもがおかしくなる」
メリーは自分の指先を見る。
細く白い指。
その指先に。
わずかに魔素光が灯っていた。
「そして先ほど、わたくしは“向こう側”から視線を感じましたわ」
瀬波が黙る。
メリーが続ける。
「こちらを認識していた。明確に。“何か”が」
夜風が吹く。
崩壊した街。
赤色灯。
その中で。
メリーだけが異質だった。
「……異世界から?」
瀬波の問いに。
メリーは少しだけ笑う。
弱い笑み。
「わかりませんわ。ですが」
そこで言葉が止まる。
そして。
小さく。
本当に小さく呟いた。
「もし、繋がっているのだとしたら……」
その先を。
彼女は言わなかった。
言えなかった。
異世界。
勇者。
王女。
魔王。
落とされた大空洞。
最後に見たあの光景。
脳裏を過る。
もし。
本当に世界が繋がっているのなら。
あの世界の“何か”がこちらへ来る可能性がある。
あるいは。
こちらから向こうへ。
メリーは無意識に胸元を押さえる。
不安。
恐怖。
懐かしさ。
色んな感情がぐちゃぐちゃになっていた。
だが。
次の瞬間。
ぐぅ〜、と。
可愛らしい音が鳴った。
沈黙。
瀬波が無言でメリーを見る。
メリーも無言。
数秒後。
「…………」
「…………」
「お腹が減りましたわ!!!!」
急に元気。
シリアス終了ですわ。
メリーは勢いよく立ち上がった。
「いやですわもう! 全力戦闘後に難しい話とか脳の糖分が足りませんの! スイーツ! 糖分! あとお紅茶ですわ!!」
「切り替え早いですね」
「長く悩んでも仕方ありませんもの! メンタル管理は大事でしてよ!」
びしぃ!と指を立てる。
ですが。
瀬波は気づいていた。
空元気だ。
この人は。
不安になるほど。
よく喋る。
「……会長」
「なんですの?」
「一人で抱え込まないでください」
ぴたり、と。
メリーの動きが止まる。
瀬波は淡々と続ける。
「世界最強だろうが化物だろうが、限界はあります」
「……」
「少なくとも、現状報告くらいはしてください。我々はそのためにいます」
静かな声だった。
叱責ではない。
命令でもない。
ただ。
当たり前のように言った。
メリーは少しだけ目を丸くする。
そして。
ふっと笑った。
「……セバスチャン」
「瀬波です」
「ありがとうございますですわ」
その笑顔は。
いつもの胡散臭い高笑いではなく。
ほんの少しだけ。
年相応の少女みたいだった。




