第13話 大暴れいたしますわぁ!
東京湾沿岸部。
そこは、すでに戦場だった。
夜空を焦がす炎。
崩れた高架道路。
横転した車両。
逃げ惑う人々。
響き続けるサイレン。
そして。
海沿いに口を開けた巨大なダンジョン。
地下鉄入口ほどだった通常ダンジョンとは比較にならない。
まるで地面そのものが裂けたような大穴。
そこから。
溢れていた。
魔物が。
黒い外殻を持つ四足獣。
異様に長い腕を持つ人型。
甲殻類のような外骨格を持つ大型個体。
低級。
中級。
それらが濁流のように押し寄せている。
銃声が鳴る。
自衛隊の装甲車列が砲撃を放つ。
だが。
止まらない。
倒しても。
倒しても。
後ろから次が出てくる。
「後退!! 第二防衛ラインまで下がれ!!」
怒号。
悲鳴。
爆発。
まさしく地獄絵図。
その上空へ。
一つの光が現れた。
純白の魔法陣。
幾何学的紋様。
幾重にも重なる術式環。
そして。
そこから。
紅いドレスを翻しながら、一人の女が舞い降りる。
報道ヘリのライトが彼女を照らした。
縦ロールの髪。
悠然とした微笑。
異様なほど場違いな優雅さ。
戦場に。
たった一人だけ。
舞踏会から迷い込んだような存在。
「――下がりなさいませ」
その声は。
不思議と戦場全体へ響いた。
「ここから先は、わたくしが対処いたしますわ」
静寂。
一瞬。
誰も動けなかった。
なぜなら。
あまりにも自然に言ったからだ。
まるで。
「少々席を外しますわ」
くらいの気軽さで。
瀬波が無線越しに怒鳴る。
『総員後退!! 会長の戦闘領域から離脱しろ!! 巻き込まれるぞ!!』
現場が動き出す。
警察。
自衛隊。
消防。
一般人。
全員が必死に離脱する。
その中央で。
メリー・アストレアだけが前へ歩く。
コツ。
コツ。
ヒールが瓦礫を鳴らす。
魔物達が咆哮した。
一斉に襲い掛かる。
数十。
数百。
津波のような暴力。
それを前に。
メリーは。
笑った。
「ふふっ」
嬉しそうに。
楽しそうに。
心底気分が良さそうに。
「久々の全力戦闘ですわーーーーー!!!!」
瞬間。
大気が震えた。
彼女の周囲へ、膨大な魔素が渦巻く。
可視化された魔力光。
紅。
金。
白。
幾重もの術式が空間を埋め尽くす。
演算。
構築。
循環。
並列起動。
本来、一つ組むだけで天才級とされる高位術式。
それが数百。
同時展開。
現代人類には理解すらできない領域。
メリーは片手を掲げる。
「《焔華連装》」
空間へ巨大魔法陣が展開。
次の瞬間。
無数の火炎槍が夜空を埋め尽くした。
降り注ぐ。
轟音。
爆炎。
魔物群が蒸発する。
だが終わらない。
大型個体が突進。
戦車ほどの巨体。
外骨格が銃弾を弾いている。
メリーは前へ踏み込んだ。
地面が砕ける。
身体強化。
超高密度魔素循環。
人間を遥かに超えた膂力。
彼女の細腕が。
怪物の脚を掴む。
「よい、しょっ」
投げた。
大型魔物が宙を舞う。
重量数十トン。
それがビルへ激突。
崩壊。
その直後。
メリーは空中へ跳躍していた。
重力を無視したような挙動。
夜空でドレスが翻る。
美しい。
あまりにも。
戦場には不釣り合いなほど。
報道ヘリ。
避難所モニター。
世界配信。
誰もが目を奪われていた。
怪物を蹂躙しているのに。
その姿は。
まるで。
舞姫。
あるいは。
聖女。
メリーは笑う。
「おーっほっほっほっほ!!!!」
高笑い。
爆炎。
雷光。
氷結。
属性術式多重起動。
魔物の群れが消し飛ぶ。
だが。
彼女は常に笑顔だった。
一度も険しい顔をしない。
恐怖を見せない。
人々を不安にさせない。
それが。
異世界で叩き込まれた“聖女”としての振る舞い。
本当は。
ただ。
楽しいだけだった。
久々の全力。
制限なし。
遠慮不要。
政治配慮なし。
「ストレス発散ですわーーーーー!!!!」
超広域殲滅術式。
海上へ巨大魔法陣。
夜空が紅く染まる。
次の瞬間。
光が落ちた。
極大熱量。
圧縮魔素奔流。
海面そのものが蒸発し、巨大な水蒸気爆発が発生。
遅れて衝撃波。
魔物の軍勢が消える。
まとめて。
一撃で。
その光景を。
世界中が見ていた。
人々は理解する。
あぁ。
人類はまだ終わっていない、と。
あの存在がいる限り。
あの紅き聖女がいる限り。
だが。
誰も知らない。
当の本人は。
「うわっ、めっちゃスッキリしましたわ〜!」
くらいの感覚でしかなかったことを。
魔物の奔流は止まらない。
ダンジョン最前線。
裂けた大地の底。
赤黒く脈動する巨大空洞。
そこから次々と魔物が這い出てくる。
まるで世界そのものが膿を吐き出しているようだった。
だが。
その地獄の中央で。
メリーだけが優雅だった。
「ふふっ……よろしいですわ」
彼女はドレスの裾を摘み、軽く一礼する。
まるで舞踏会の開始。
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
踏み込み。
音速超過。
魔素による超高密度身体強化。
常人なら肉体が耐えきれず自壊する出力。
だが彼女は制御する。
完璧に。
大型魔物の懐へ一瞬で潜り込む。
漆黒の外骨格。
戦車砲ですら貫通しなかった怪物。
それへ。
細い拳を。
ただ一撃。
叩き込んだ。
「おーっほっほっほっほ!!!!」
轟音。
拳圧だけで周囲の空気が爆散。
大型魔物の上半身が消し飛ぶ。
肉片と外殻が雨のように降り注いだ。
しかし。
その背後からさらに十数体。
蜘蛛型。
飛竜型。
異形の人型。
一斉に襲い掛かる。
メリーは笑顔を崩さない。
むしろ。
楽しそうだった。
「よくってよ!! まとめていらっしゃいませ!!」
術式起動。
並列演算。
空間へ幾重もの魔法陣。
火炎。
雷撃。
重力。
風圧。
本来なら別系統である属性術式。
それを同時制御。
完全並列。
異世界でも彼女と“魔王”しか到達しなかった領域。
「《雷槍展開》」
紫電が空を裂く。
数百本。
いや。
数千。
光槍の豪雨。
飛行型魔物が次々と撃ち落とされる。
だが。
落下した死骸を踏み越え。
地上の群れが迫る。
メリーは片手を振る。
「《風刃輪舞》」
圧縮風刃。
不可視の斬撃。
空間そのものが切断されたように。
魔物の群れが輪切りになる。
血飛沫。
臓物。
肉片。
だというのに。
彼女のドレスには一滴も付着しない。
超精密魔素障壁。
汚れすら拒絶する完全制御。
優雅。
あまりにも。
周囲の自衛隊員達は言葉を失っていた。
「……なんだ、あれ」
「人間……なのか?」
「違うだろ……」
「でも笑ってるぞ……」
恐怖。
畏怖。
崇拝。
感情が追いつかない。
報道ヘリからの映像は世界中へ流れている。
SNSでは。
『本物の聖女』
『救世主』
『紅蓮の姫君』
そんな言葉が爆発的に拡散していた。
だが。
当の本人は。
「いやっほぉぉぉぉ!!!
久々の大規模戦ですわぁぁぁ!!!!」
めちゃくちゃテンションが上がっていた。
異世界では常に被害規模を気にしていた。
都市防衛。
民間被害。
政治。
勇者一行との連携。
王族への配慮。
面倒ばかり。
だが今。
周囲は完全撤退済み。
遠慮不要。
全力解禁。
それはつまり。
「ストレス発散し放題ですわーーーーー!!!!」
夜空へ魔法陣。
巨大。
超巨大。
海上全域を覆うほど。
瀬波が通信越しに叫ぶ。
『会長!! 待っ――』
遅い。
術式完成。
「《極大焔熱砲》」
世界が赤く染まった。
直後。
光柱。
極太の熱量奔流が海面を貫く。
蒸発。
爆発。
衝撃波。
津波のように押し寄せる暴風。
海そのものが抉れた。
そこにいた数百体の魔物が。
跡形もなく消滅。
遅れて轟音。
数秒後。
離れたビル群の窓ガラスが一斉に砕けた。
「あ」
メリーが固まる。
「やりすぎましたわ?」
『やりすぎです!!!!!!』
瀬波ブチギレ。
ですが。
その時だった。
ダンジョン内部。
最奥。
脈動。
巨大な影。
空洞そのものが震え始める。
メリーの笑みが消えた。
ほんの少しだけ。
空気が変わる。
魔素密度上昇。
重圧。
周囲の隊員達が息を呑む。
そして。
現れた。
高さ二十メートルを超える漆黒の巨人。
外骨格。
異常再生。
複眼。
全身から溢れる濃密な魔素。
これまでの魔物とは格が違う。
災害級。
異世界基準でも上位。
メリーは静かにそれを見上げた。
そして。
ふっ、と。
口元が緩む。
「……まぁ」
嬉しそうに。
心底楽しそうに。
「あなた、ちょっと強そうですわね?」
漆黒の巨人が咆哮した。
空気が震える。
いや。
空気そのものが押し潰されている。
魔素。
圧倒的な高密度魔素。
周囲にいた自衛隊員達が顔を歪め、膝をつく。
呼吸すら苦しい。
本能が理解してしまうのだ。
アレはダメだ、と。
人類が戦っていい存在ではない、と。
報道ヘリですら高度を上げ始める。
電子機器が異常を起こしていた。
ノイズ。
火花。
通信障害。
それほどの高濃度魔素。
だが。
その中心で。
メリーだけが静かに立っていた。
紅いドレスが夜風に揺れる。
長い縦ロールがふわりと踊る。
彼女はゆっくり首を傾げた。
「……あら」
漆黒の巨人。
その胸部。
脈打つ巨大な魔核。
術式循環。
身体構造。
再生能力。
一瞬見ただけで解析が進む。
並列思考。
演算開始。
異世界で数え切れないほど魔物を殺してきた経験が脳内で噛み合っていく。
「擬似魔王型ですのね」
誰にも聞き取れないほど小さく呟く。
異世界にもいた。
ダンジョン深層。
極限環境下で変異した超大型個体。
知能未満。
だが純粋な暴力の塊。
国家崩壊級。
勇者級戦力を要求される災厄。
それが。
現代日本のど真ん中へ出現している。
「なるほど」
メリーは笑う。
「そりゃあ世界も滅びかけますわね」
直後。
巨人が動いた。
轟音。
地面が爆ぜる。
巨体に似合わぬ速度。
一直線。
メリーへ。
だが。
彼女は避けない。
その場で。
静かに右手を上げた。
「《多重障壁展開》」
瞬間。
空間へ幾何学模様。
数十層。
超高密度障壁。
直後。
巨腕が激突。
衝撃。
超爆音。
周囲の道路が砕け飛ぶ。
ビルの壁面がひび割れる。
だが。
障壁は壊れない。
一枚たりとも。
メリーはそのまま微笑む。
「力だけなら大したことありませんわね?」
挑発。
巨人がさらに咆哮。
魔素が膨れ上がる。
周囲へ黒い奔流。
汚染。
腐食。
アスファルトが溶解し始める。
「うわぁ、汚いですわねぇ……」
メリーは眉をひそめた。
お嬢様ポイント減点ですわ。
美しくありません。
なので。
消します。
「《聖浄光》」
白銀の光が広がる。
汚染魔素を一瞬で浄化。
まるで夜明け。
報道映像越しに。
世界中の人々が息を呑んだ。
美しかった。
戦場なのに。
死地なのに。
その光景だけは神話みたいだった。
だが。
メリー本人は。
「ふふっ、これですわこれ!
やっぱり高出力術式ぶっぱは最高ですわね!」
めちゃくちゃテンションが上がっていた。
ストレス解消。
超楽しい。
異世界では被害考慮で禁止されがちだった大技祭り。
やり放題。
最高ですわ。
巨人が再び突撃。
今度は速い。
さらに速い。
地面を砕きながら拳を振り下ろす。
メリーは空中へ跳躍。
衝撃波が周囲数百メートルを吹き飛ばす。
その頭上で。
彼女は優雅に回転した。
ドレスが花のように舞う。
「《重力圧縮》」
見えない圧力。
空間歪曲。
巨人の身体が沈む。
膝をつく。
アスファルトが陥没。
だが。
耐える。
強引に持ち上がる。
「まぁ!」
メリーの目が輝いた。
「今のを耐えますの!?」
嬉しそう。
完全に強敵遭遇時のバトルマニアですわ。
巨人が口を開く。
黒い光。
超高密度魔素砲撃。
放たれる。
極太の破壊奔流。
その瞬間。
瀬波が通信で絶叫した。
『会長ォォォォ!!!!』
だが。
メリーは逃げない。
むしろ。
笑った。
「撃ち合いですのね!」
空中へ巨大魔法陣。
幾重もの術式。
超高速演算。
魔素圧縮。
周囲の空気が震える。
「《極光収束砲》」
白銀の奔流。
二つの超高出力が正面衝突。
世界が光に呑まれた。
轟音。
爆風。
夜空が裂ける。
海面が吹き飛ぶ。
雲が消し飛ぶ。
衝突点を中心に巨大な光球が膨れ上がる。
そして。
押し勝ったのは。
白銀。
メリーの砲撃だった。
巨人の右半身が消滅する。
肉。
骨。
外殻。
まとめて蒸発。
だが。
再生。
黒い魔素が蠢き、肉体を修復していく。
メリーはそれを見て。
静かに息を吐いた。
笑みが消える。
少しだけ。
異世界最強だった頃の顔になる。
「……なるほど」
夜風が吹く。
彼女の紅い瞳が細められる。
「それなりに、本気を出して差し上げる必要がありますのね」
メリーはゆっくりと地面へ降り立った。
ヒールが砕けたアスファルトへ触れる。
それだけで周囲へ魔素が広がる。
まるで世界そのものが彼女に呼応しているようだった。
漆黒の巨人は再生を続けている。
失われた右半身。
黒い肉が脈動し、骨格を形成し、外殻が覆っていく。
だが。
遅い。
メリーの目にはそう映った。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
高揚していた感情が少しずつ冷えていく。
戦闘の熱。
暴力の昂り。
異世界で何度も繰り返した感覚。
強敵との殺し合い。
命のやり取り。
積み重ねた研鑽をぶつける悦び。
――楽しい。
その感情を。
メリーは自覚してしまう。
そして。
少しだけ嫌になる。
「ほんとうに……」
ぽつり。
誰にも聞こえない声。
「わたくし、戦うの好きですわね……」
化物みたいですわ。
自嘲気味に笑う。
だが。
次の瞬間にはいつもの笑顔へ戻る。
笑っていなければ。
周囲が安心しないから。
「さて!」
ぱんっ、と両手を合わせる。
「第二ラウンドですわよ!」
漆黒の巨人が咆哮。
同時。
背後のダンジョン内部からさらに魔物が溢れ出した。
狼型。
昆虫型。
人型。
空飛ぶ異形。
数百。
いや。
千を超える。
瀬波の声が通信に響く。
『会長! 新たな群れを確認! 周辺避難が間に合ってません!』
「よろしくてよ」
即答。
迷いなし。
メリーは空を見上げた。
演算開始。
術式構築。
並列処理。
数百。
数千。
通常の魔術師なら脳が焼き切れる情報量。
だがメリーは止まらない。
異世界で。
赤子の頃から積み重ねた。
魔素循環。
術式演算。
並列思考。
努力。
努力。
努力。
ただ生き残るために。
ただ理想のお嬢様になるために。
積み重ねた結果が。
今ここにある。
「《広域殲滅術式――》」
空間へ。
巨大魔法陣。
幾重にも。
空一面を埋め尽くす。
報道ヘリから見下ろしたカメラマンが息を呑む。
まるで空が発光していた。
幾何学模様。
神秘。
美しさすら感じる超巨大術式。
「《流星雨》」
次の瞬間。
空から光が降った。
無数。
白銀の閃光。
流星群。
着弾。
爆発。
轟音。
魔物の群れが次々と吹き飛ぶ。
熱風。
衝撃波。
閃光。
夜の街が昼のように明るい。
だが。
不思議と。
被害は最小限だった。
魔物だけを正確に撃ち抜いている。
狂気的精度。
常識外れ。
それを。
メリーは片手間でやっている。
「おーっほっほっほっほ!!
逃がしませんわよーーー!!!」
めちゃくちゃ楽しそう。
報道映像には。
笑顔で大量破壊魔法を乱射する絶世のお嬢様が映っていた。
シュールですわね。
SNSは完全にお祭り状態だった。
『なんだあの人!?』
『笑いながらミサイル撃ってる!?』
『綺麗……』
『聖女だ……』
『いや破壊神だろ』
『ドレスで戦場飛び回ってるの意味わからん』
だが。
その最中。
巨人が動く。
再生完了。
さらに。
胸部魔核が脈動。
周囲の魔物達が。
変質を始めた。
「……あら?」
メリーの笑みが薄れる。
黒い魔素。
侵食。
強化。
周囲の魔物が急速進化していく。
異世界でも見た現象。
上位個体による群体強化。
つまり。
「あなただけ倒して終わりではありませんのね」
巨人が咆哮。
呼応するように魔物達が暴走する。
その瞬間。
メリーの空気が変わった。
笑顔はある。
だが。
瞳だけが冷たい。
異世界で“悪役令嬢”と恐れられた頃の顔。
「――少々、面倒ですわね」
彼女は片手を前へ出す。
指先へ魔素収束。
超圧縮。
周囲の空間が軋み始める。
瀬波が嫌な予感を覚えた。
『……会長?』
「瀬波」
『はい』
「この辺り一帯、あとで修繕費出しておいてくださいまし」
『待ってください』
「《空間断裂》」
世界が。
切れた。




