第12話 資産運用をいたしますわ!
「……できましたわ」
基地内。
借り与えられた小さなノートパソコン。
その前で。
わたくしは静かに呟きました。
画面には大量の銘柄一覧。
株価推移。
市場ニュース。
為替。
ダンジョン関連企業。
軍需。
インフラ。
エネルギー。
「ふふ、ふふふ……」
笑みが漏れる。
見える。
見えますわよ。
未来が。
会社員時代。
昼休みに死んだ魚の目で眺めていた経済ニュース。
上司の説教を聞き流しながら読んでいた投資記事。
SNSで阿鼻叫喚になっていた株価暴落。
そして。
その後に来る爆発的成長。
「異世界転生で最強魔術師になった知識より、ブラック企業時代の積み立てNISA知識が役立つ瞬間がありますのね……」
人生わからないものですわ。
わたくしはカタカタと操作を進める。
買う。
売る。
仕込む。
分散。
短期。
中期。
リスクヘッジ。
そして。
「この世界、まだダンジョン関連市場が黎明期ですのね……」
つまり。
伸びしろの塊。
ダンジョン対策装備。
物流。
医療。
エネルギー。
警備。
通信。
魔物災害対応。
今後必ず必要になる分野が見えている。
しかも。
世界規模で。
「これは……勝ち確ですわね」
なお。
倫理的にはグレーどころか真っ黒寄りですわ。
でも世界が滅びかけてますから!
きっとノーカンですわ!
たぶん!
そんな感じで数時間。
気づけば。
借金百万円は。
「……三百二十万」
増えていました。
「は?」
自分で言って驚きましたわ。
いや。
確かに。
相場変動は覚えていました。
ですが。
ここまで綺麗に刺さるとは。
「怖っ」
未来知識こわいですわ。
しかも。
ダンジョン発生で市場全体が不安定。
値動きが極端。
つまり。
当たると大きい。
外すと死ぬ。
でも。
わたくし。
だいたい覚えてますのよね。
人間、ブラック労働してると現実逃避で経済ニュースばかり見始めるんですの。
嫌な知識の身につき方ですわ。
その時でした。
「……何をしてるんですか」
「ひゃいっ!?」
突然後ろから声。
振り返る。
瀬波。
なんですの急に!
心臓止まりますわよ!?
「ノックしてくださいまし!」
「しました」
「聞いてませんでしたわ!」
「でしょうね」
瀬波は画面を見る。
株価。
資産推移。
そして。
現在評価額。
「……増えてません?」
「増えましたわ!」
「なんで?」
「お嬢様の才覚ですわね」
「絶対違う」
失礼ですわね。
半分くらい努力ですわよ。
残り半分は前世知識ですわ。
ですが。
瀬波は本気で引いていた。
「いや待ってください……数時間ですよね?」
「ですわね」
「もう三倍?」
「ですわ!」
「怖……」
やめてくださいまし。
怪談みたいに言うの。
ですが。
瀬波は頭を抱えた。
「……本当に何者なんですかあなた」
その問いに。
わたくしは一瞬だけ言葉を止める。
何者。
異世界帰還者。
最強の魔術師。
怪物。
聖女。
悪役令嬢。
転生者。
色々ありますわね。
でも。
わたくしは軽く笑って。
「お嬢様になりたい一般人ですわ」
そう答えました。
瀬波は数秒沈黙し。
「……そうですか」
呆れたようにため息を吐く。
ですが。
以前より少しだけ。
声音が柔らかかった。
そして。
彼は机へ書類を置く。
「あと、上から通達です」
「あら?」
「あなたの監視兼補佐役、正式に俺になりました」
「まぁ!」
「全然嬉しくないです」
「セバスチャン就任ですわね!」
「違います」
即答。
ですが。
わたくしは上機嫌でした。
だって。
専属執事っぽいですもの!
「これからよろしくお願いしますわ、セバスチャン」
「瀬波です」
「セバスチャン」
「瀬波です」
「セバ――」
「瀬波です」
強い意志を感じますわね。
ですが。
まぁ。
悪くありません。
異世界では。
ずっと一人で積み上げてきました。
努力も。
力も。
孤独も。
全部。
でも。
この世界では。
こうして隣で頭を抱えてくれる人がいる。
……少しだけ。
ほんの少しだけ。
それが悪くないと思ってしまったのは。
きっと。
まだ誰にも言いませんけれど。
…………
「――というわけで」
数日後。
わたくしは自衛隊基地内会議室にいました。
長机。
並ぶ資料。
険しい顔の軍人。
官僚。
警察関係者。
そして。
わたくし。
「探索者育成機関を設立いたしますわ!!!」
高らかに宣言。
沈黙。
空気が重い。
なんですの。
もっとこう。
拍手喝采とかありませんの?
隣で瀬波が頭を押さえる。
「いきなりすぎてついていけてませんよ…」
失礼ですわね。
でもまぁ。
否定はできませんわ。
会議室正面。
制服姿の年配男性が咳払いをした。
統合幕僚監部所属の偉い方ですわね。
名前は確か。
東雲陸将。
「メリー・アストレアさん」
「はいですわ」
「まず確認します。あなたは現在、極めて危険性の高い特定監視対象です」
「言い方ァ!!」
「ですが同時に、人類側最大戦力でもある」
まぁ否定できませんわね。
現状。
この世界で高位魔物を単独討伐可能なのはわたくしだけ。
自衛隊でも中型個体相手が限界。
大型個体は都市被害前提。
ですが。
ダンジョンは増え続けている。
つまり。
人手不足。
絶望的に。
「そこで質問です」
東雲陸将が真っ直ぐこちらを見る。
「探索者とは何ですか」
「魔物と戦う者ですわ」
「それだけ?」
「違いますわね」
わたくしは少しだけ真面目な声音になる。
「人類が未知へ対抗するための適応者ですわ」
静まり返る会議室。
わたくしは続ける。
「この世界の人間は魔素を扱えないわけではありません」
完全には。
という意味ですけれど。
「才能差はあります。適性差もあります。ですが訓練次第で最低限の循環制御は可能ですわ」
ざわつく。
当然ですわね。
今まで。
魔素は“超常現象”扱い。
理論体系が存在しなかった。
ですが。
わたくしにはある。
異世界で積み上げた知識が。
「身体強化だけでも銃火器との連携効率は飛躍的に向上しますわ」
「……」
「対魔物戦闘は今後、長期化します」
ダンジョンは消えていない。
むしろ増えている。
つまり。
一時的対処では終わらない。
人類は変わらなければならない。
わたくしは机へ資料を置く。
徹夜で作りましたわ。
社畜時代を思い出しましたの。
死ぬかと思いましたわ。
「こちらが初期育成プランです」
瀬波が微妙な顔をした。
「……本当に作ったんですね」
「わたくし、やる時はやりますのよ」
「やらなくていい時にもやるから問題なんです」
失礼ですわね。
でもまぁ。
否定できませんわ。
資料には。
・魔素適性検査
・基礎循環訓練
・身体強化教育
・対魔物戦術
・素材運用
・危険区域管理
など。
かなり具体的にまとめてあります。
軍関係者達が真剣に読み始める。
空気が変わる。
それを見ながら。
わたくしは内心で息を吐いた。
……正直。
怖いですのよね。
知識を渡すの。
力を広めるの。
異世界では。
力を持つほど。
人から遠ざかった。
怪物扱いされた。
恐れられた。
利用された。
でも。
この世界は違うと。
少しだけ期待してしまっている。
「質問いいか」
一人の警察関係者が手を挙げた。
「もし一般人が力を持てば、犯罪利用される可能性もあるのでは?」
当然の疑問。
むしろ健全。
だからこそ。
わたくしは即答する。
「されますわよ」
空気が張る。
「力は必ず悪用されます」
魔法も。
権力も。
富も。
全部そう。
異世界で嫌というほど見ました。
「ですが」
わたくしは静かに続ける。
「だから与えない、では人類は滅びますわ」
魔物は待ってくれない。
ダンジョンは増殖する。
世界は変わった。
もう。
以前の常識には戻れない。
だから。
進むしかない。
東雲陸将はしばらく黙っていた。
やがて。
「……協会設立案を政府上層部へ提出する」
会議室がざわめく。
「ただし」
鋭い視線。
「あなたにも責任を負ってもらう」
「当然ですわ」
わたくしは笑う。
優雅に。
お嬢様らしく。
「わたくし、責任を取れないことは嫌いですの」
その瞬間。
瀬波が小さくため息を吐いた。
「……嫌な予感しかしない」
「失礼ですわね」
ですが。
その予感は正しかった。
数か月後。
探索者協会設立。
そして。
なぜかわたくしが会長就任。
さらには。
国家予算。
海外交渉。
探索者管理。
ダンジョン対策。
全部押し付けられることになるのですから。
「違いますわーーーーー!!!
わたくしは優雅にお紅茶を飲みながら不労所得で暮らしたかっただけですのにーーーーー!!!!!」
後の会長室での魂の叫びである。




